19

金曜日いつもみたいに真琴と帰って、いつもみたいに分かれ道で手を振ってバイバイした。

毎日のように会って、話して、手を繋いで。
好きな人が笑いかけてくれるって幸せだなぁと、ふと思ったのは後輩の女の子から「橘先輩と付き合ってるって本当ですか?」なんて聞かれたからだ。
真琴がモテるんだろうなっていうのは知っていた。
高校に入学したばかりの頃から七瀬くんと橘くんがかっこいい!なんてよく話題にあがっていたし。
…わかってはいたんだけれど、直接聞かれたことで正直かなり落ち込んでいた。
真琴はわたしのどこを好きになってくれたんだろう。
愛されているなぁと実感することは多いけれど他の誰かが真琴に想いを伝えることで真琴がそっちを向いてしまうことだってあるかもしれない。
……なんてお付き合い二年目で思い至るとか、どれだけ真琴に甘えていたんだろう。

(お弁当、頑張って作ろう)

真琴の柔らかい笑顔を思い出して、よしっと改めて気合を入れた、ところで、


「……なまえ?」

後ろから呼び止められて振り返れば、人好きのする笑顔を浮かべた小学校の同級生…鴫野貴澄が立っていた。

「えっ貴澄だー!久しぶりだね!」
「やっぱりなまえだ、違ったらどうしようかと思ってしばらくストーカーしちゃった」
「なにそれ!貴澄全然変わってないね」
「なまえこそーって言いたいところだけど成長したねぇ。ちょっと時間あるなら話そうよ、ジュースくらいおごるし」

おごるって言葉につられたわけでは決してないのだけれど、久しぶりに会った友人ともう少し話したいなって思うのは至極当然のことで、自販機で買ってもらったお茶を持って近所の公園のベンチに座った。

貴澄は、昔から女心を妙に理解している子供で女子とも仲が良かった。
わたしはあんまり男友達はいなかったのだけど、貴澄は凛や宗介とも仲が良かったから必然的にわたしともよく話してくれた。

会うの自体は久しぶりなのにそんな感じが全くしないから不思議。

「家近いのに会わないもんだね、元気にしてた?」
「うん、元気だよー貴澄も元気そう…って、手どうしたの?!」
「あぁちょっと部活で。大したことないから大丈夫だよー」

貴澄の手には白い包帯がぐるぐる巻きにされていて、大丈夫ってヒラヒラ振られてもそれさえも痛々しい。

「部活ってバスケ?」
「うん、そうだよ。なのに手ぇやっちゃって、この時期に馬鹿だよねぇ」
「馬鹿ってことはないけど…」
「まぁもうほぼ治りかけだから」

柔らかそうな色素の薄い髪の毛が風に揺れて、ちょっと考え込むような表情もなんだか様になる。
昔から人懐っこくて整った顔立ちだったから女子から人気だったことを思い出す。
相変わらずモテそうだなぁ。


「中学の時はたまに会ってたけど高校入ったらめっきり会わなくなったよね、岩鳶行ったんだっけ?」
「本当だよね。うん、岩鳶。ちょっと遠くて登下校時間もかぶらないから偶然会うってなくなったよねー」

貴澄とは中学も別だったのだけど、家が近いからバッタリ遭遇なんてことも昔はよくあった。

「あ、そういえば岩鳶って。七瀬遙と橘真琴いるでしょ?同じ三年に」
「え?!知り合いなの?」
「同じ中学だったもん。ハルとはクラスも一緒だったし弁当一緒に食べたり真琴とも昼休みバスケしたり、仲良かったよ」
「そっか、みんな岩鳶中かぁ…けど貴澄とハルって意外な組み合わせかも…」

不思議な縁だねぇって笑いかければ貴澄も人好きのする笑顔。

貴澄はビックリするくらいコミュニケーション能力が高い。
誰とでもわけへだてなく仲良くできる奴だけれど、貴澄のハイテンションの相手をハルがするって想像できない。

「…わたし今、水泳部のマネージャーやってるんだ。真琴が部長で、ハルもいるよ」
「へぇ。中学のときは宗介が誘って断られたって言ってたけど」
「それ宗介から聞いたの?」
「うーん、聞いたっていうか聞き出したっていうか。中学あがったばっかりのとき宗介機嫌悪いこと多かったから問い詰めたっていうか」
「……、」

機嫌悪かった、とか。
それはわたしのせいじゃないと思うんだけどなぁ、って苦笑い。

「凛がオーストラリア行っちゃって寂しかったんじゃない…?」
「いやー宗介ってさ、あんなんだけど意外と素直でかわいいとこあるんだよ。なまえが水泳部のマネージャーになってくれないって嘆いてたもん」
「えぇ……」

中学が違ったから僕には言いやすかったのかもしれないね、と言う貴澄の顔をマジマジと見つめ返してしまった。

「宗介、なまえのこと大好きだったからさ」

あ、もちろん凛もそうだろうけどって言い足す貴澄に苦笑い。

「高校は東京行っちゃったからなまえも寂しかったんじゃない?」
「…寂しくなくはなかったけど。幼馴染なんてそんなもんじゃないかなぁ、いつまでも一緒ってわけにはいかないもん」

貴澄の目を細める笑い方になんだか居心地が悪くてお茶を一口飲んだ。
ゴクッて大袈裟に喉が鳴ってしまってなぜか焦る。

寂しくなくはない、だなんて。
高校にあがったばかりの頃は寂しくて宗介のこと、凛のことをよく思い出していた。
それを過去のことだと思えるのは岩鳶高校での生活が楽しくて充実しているからだ。
無意識にペットボトルを握る手に力が入っていたようで、手元からベコッという鈍い音が聞こえた。

「なまえと宗介、さっさと付き合えばいいのにーって思ってたんだけど、結局そんなことにはならなかったんだよね?」
「な、に言ってるの?なるわけないじゃん、貴澄なに言ってるの?!」
「あはは、動揺してる」
「してませんっ」

あぁなんかすごいデジャヴ…江ちゃんにも同じようなことを言われたなぁ。
貴澄が残念そうに「なんだーつまんないのー」って言っているのは聞こえないフリ。
つまんないってなんだ。
小学生の時からモテモテだった貴澄とは違って、こっちは碌に男友達もいなかったっていうのに。
そう言ったら「なまえに男友達がいなかったのは宗介と凛が睨みきかせてたからだよ」なんてニヤつきながら言われるから溜息しか出ない。

「男女の幼馴染なんて、そんないいものじゃないよ。同性の幼馴染だったら大人になっても仲良くしてられたのかもしれないけど。実際江ちゃんとはまだ仲良しだし」
「まぁまぁそんな拗ねないでよ。二人がくっついたらいいのになってみんな思ってたってことなんだからさ」
「…そんなこと言われたって困るんだけど」


そう、男女の幼馴染なんてそんなにいいものではない。
小さい頃から兄妹のように育ってきて、一緒にいることが当たり前だったのにいつの間にか周りにからかわれるようになって、なんとなく一緒にいられなくなってしまった。

わたしが男の子だったら、今でも宗介と仲の良い幼馴染でいられたのかな。
凛が言うみたいに、お互い一番の理解者でいられたのかな。


「僕この前、宗介に会ったんだよね。こっち戻って来てるの知らなかったからビックリした」
「あ、そうなんだ…。凛には会った?」
「えっ凛も帰って来てるの?!」
「凛も宗介も鮫柄通ってるよ、なんか目付き悪くなってオーストラリアから帰って来たんだけど、凛も水泳部の部長」
「そっか、相変わらずなまえたちは仲が良いんだね。なんか安心したよ」

小学校のときの印象が強いらしい貴澄はこう言ってくれたけれど、仲が良いのかって聞かれたら微妙だと思う。
凛とは変わらず話せるけど、宗介の顔を見ると息が詰まりそうになる。
返事が出来ずに苦笑いで返した。


一瞬の沈黙。

そのあとに貴澄が放った言葉に自分の耳を疑った。


「…宗介、こっち戻って来たのは怪我と関係あるの?」
「……なんのこと?」


怪我?

そんなの知らない。
宗介本人もなにも言ってなかったし、凛だって。
岩鳶SCでのリレーのときも合同練習のときだって普通に泳いでいた。

怪我なんて、そんなのありえないって頭では思っているのに。

なのに。

心臓がドクドク鳴る。
動悸が止まらない。






この前、先週の土曜日に手の怪我で病院行ったんだ。
ほら、あの駅前のでかいとこ。
そしたら宗介がいて、肩抑えてボーッと廊下のベンチに座ってて。
もちろん声かけたんだけど様子がおかしくてさ。
怪我の程度とかは知らないんだけど、もう何年も怪我と付き合ってるみたいな感じだったし、リハビリルーム入って行ったし…簡単な怪我ではないのかなって。






貴澄の話、しっかり聞かなきゃって耳は傾けていたけれど、わたしがよっぽど情けない泣き出しそうな顔をしていたのだろう。
「なまえ?大丈夫?」と肩を軽く揺さぶられた。

「あ…ご、ごめん。わたし何も知らなくて……」

宗介がこっちに帰って来たのは進学先が決まったからだって、再会した日に聞いた。
ぽつりぽつり、と決しておしゃべりではない宗介と、ショッピングモールのスタバで空白の二年間を埋めるように話したことが脳裏に浮かぶ。

どうして気付けなかったんだろう。

そのあとだって何回も会ったのに。
妙に気恥ずかしくて、勝手に動揺したり気まずくなったりして、そんなことしなければ宗介の異変に気づくことができたかもしれないのに。

自分のことばっかり考えていたことが情けない。
宗介の怪我ってなんだろう。
大した怪我じゃないといいけど。
次に会ったときに聞いたらちゃんと教えてくれるだろうか。


貴澄に送ってもらって自宅に帰って、その日はすぐにベッドに入ったけれどなかなか眠りにつけなかった。


(2015.09.10.)

貴澄と宗介の病院のくだりは公式でもありましたがかなり捏造してます。



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