26.平行線の交点

「……というわけなんだけど、今度凛の家で集まらない?」
「どういうわけだよ」

はぁ、と溜息が出たけれど真琴は眉を下げているくせに口元はゆるゆるだ。
「なまえちゃんが俺と二人よりは凛がいたほうがいいみたいで」と補足されたけれど、皆まで言わなくてもわかっている。
そう言ったなまえの気持ちまで理解できてしまうのだから板挟みだ。

「せめて真琴の家にしろよ」
「それも言ってみたんだけど……緊張するから無理って」
「つまり俺の家は緊張しないっつーことか」

いや、まぁいいけど。
てか緊張するから無理だとなまえが言ったのか。
少し前までだったら緊張以前の問題で、ファンがアイドルの家に行くなんて絶対にありえないとそもそも拒否されていただろう。
ファンとアイドルである前に、好き合っている相手同士なのだと考えたらもっとシンプルなのにと何度思ったかわからないことをまた思った。

「まぁまたまろん以外で会う約束できたんならよかったじゃねぇか」
「うん」

ありがとうと笑った顔がめちゃくちゃ緩んでいて写真に撮ってなまえに見せてやりたい。
早くくっつかねぇかな。

「会う日、俺出掛けててやろうか」
「えっいやいいよ。凛の家だし、なまえちゃんも凛と話せたら嬉しいだろうし」
「ふーん?」
「……なに?」
「俺がなまえと話すの嫌なくせにと思って」

わざと意地の悪い言い方をしたら真琴がムッとしたような顔をする。
基本穏やかだし怒ることはそうそうないからこういう顔は珍しい。

「嫌だけど。でもだからって凛と話さないでほしいなんて言えないしさすがにそこまでは思ってないよ」
「まぁ片想いの相手が男と話してんのはおもしろくねぇよな」
「凛は好きな子とか気になる子いないの?」

恋愛体質でもないくせに真琴がそんなことを聞いてきて吹き出しそうになった。
雑誌の取材とかで恋愛のことを聞かれることはあるけれど、メンバー同士でこういう話をすることは本来なら滅多にない。
俺と真琴がこんな話をしていることも、ハルしか知らない。
渚が後から知ったら「どうして教えてくれなかったの?!」とうるさそうだなと思った。
真琴の問いかけには「いねぇよ」とだけ返したら「そうだよね」と頷かれた。
わかってんなら聞くな。



「お、お邪魔します」
「おーどうぞ。なまえ、スリッパそれ使って」
「えっ女物のスリッパ………」
「彼女とかじゃねぇからな、妹とか母親が来た時用」

真琴となまえのために自宅を提供するとか我ながら良い奴だと思う。
玄関に用意したピンクのスリッパを使うように言ったらギョッとした顔をされたから本来の用途を伝えると「出た、凛くんの家族エピソード」と返ってきた。
こういう時にこいつ本当にスタファイが好きなんだなと思う。
コートは玄関で預かってコート掛けに、カバンは適当に置いてと伝える。

「手洗ってもいいですか?」
「ん。洗面所そこ、タオル出しといた」
「わ、これもご家族用だ」

なまえが使うだろうかと置いておいた猫柄のタオルも普段は江が使っているものだ。
……なまえが俺の彼女だったらシスコンとか言われるところかもしれない。

「真琴ももう来るってよ」
「あ、うん。少しだけ遅れるって聞きました」
「俺しかいなくて悪いな」
「いやいやいや……凛くんいてくれて本当にありがたいしお家まで入れてもらってなんかバチが当たりそうです」
「バチ」

相変わらずだなと復唱すると神妙に頷かれた。
真琴の家は緊張するから嫌だと言ったらしいけれど、俺の家だからリラックスできるっつーわけでもねぇよな。
洗面所から廊下を進んでリビングに通す。
なまえが全部広くてホテルみたい」と目を丸くした。
ソファに座るよう促してコーヒーを出す。

「まろんと逆だな」
「松岡凛さんにコーヒーを出してもらえる人生……」
「なんだそれ」
「凛くんも真琴くんも自分がそう思われる対象ってもっと自覚した方がいいと思います」

いただきます、とコーヒーに口をつけて美味しいという言葉とともに小さく息を吐いた。
緊張してんだろうなと思う。
俺も自分のマグカップを手に、L字型に配置しているソファのなまえと斜めに位置するところに座った。

「てかよく二人で会うのも俺の家来るのもOKしたな。心境の変化?」
「……うん、それはいまだに葛藤がすごい」
「でも真琴の歩み寄りを受け入れたわけだろ」

つーか好意、と言ってやりたい。
なまえはどこまでわかっているんだろうか。
本当は伝わっているのにそんなはずないと自分に言い聞かせているような気もする。

「……なんかね、わたし真琴くんとSTYLE FIVEが本当に大好きなんだけど」
「おう」
「真琴くんのこと男の子として好きになるなんて絶対にダメって思ってた。でも凛くんに話聞いてもらって、あぁ悪い事じゃないのかもしれないなって」

悪い事なわけねぇだろとすぐに言えたらいいけれど、アイドルとファンの恋愛は本当は良い事とは言えない。
俺だって最初は真琴に釘を刺すような言い方をしてしまった。
だけど真琴となまえ、両方の気持ちの変化を知ってしまったら反対なんてできるわけがなかった。
好きになってしまったものは仕方がない、そう思えるのはなまえの言う"葛藤"もわかっているからだ。

「わたしが勝手に好きなことは否定しなくてもいいのかなって思えるようになりました」

ふにゃふにゃと顔を緩ませながら言うなまえはかわいい。
メンバーであり親友でもある真琴の好きな相手に対して俺まで同じような感情を持つことはぜってぇないけれど、つい最近まで彼氏がいたし放っておいたら「新しい彼氏ができました」なんてことがないとは言い切れない。
なまえが真琴への気持ちを前向きに捉えられている間に、二人の関係を進めたほうがいいと外野ながら思う。

「俺は、なまえのことはもうファンとして見てないっつーか」
「えっ」
「あーいや俺らのこと応援してくれてるのはめちゃくちゃ伝わってんだけど」

ピシリとかたまったなまえを安心させるようなるべく柔らかい空気感になるよう言葉を選ぶ。

「真琴のこと好きっつーのは、なまえだから肯定したいと思ったんだよな」
「……と言いますと?」
「なまえは真琴のことを人として、男としてすげぇ好きになったんだなって伝わった」

返事に困ったように口をつぐむ。
真琴に会うために塗ったであろうリップの色がいつもと違うなと気付いたけれど言葉にはしなかった。

「一線引きたい気持ちはわかるつもりだし俺らもそうあるべきだと思うこともあったけどなまえはちげぇんだよ」

どう言葉を重ねたら真琴と向き合う気持ちになってくれるのだろうか。
そんなことを思っていたらローテーブルに置いていた携帯が鳴った。

「……真琴からだ。もう着くってよ」

丸い瞳が泳いで、膝のうえに置かれていた小さな手がぎゅっとスカートを握っていた。



「ごめんね、遅くなって」と言いながら現れた真琴は、いつもならば勝手知ったるという感じで俺の家にあがって来るくせに今日はひとつひとつ確かめるような動作で、なまえはなまえで俺の背中に隠れるようにしているし。
本当なら腕でも引いて真琴の前に突き出してやりたいところだけれど下手に触れたら真琴にもなまえにも怒られそうだから、「おい」と声をかけるだけにとどめた。
ひょこ、と真琴がいる玄関に顔を出したなまえの表情は俺からは見えなかったけれど真琴がむずがゆいような嬉しいようななんとも形容しがたい表情をするからなんとなく想像がつく。
……てかマジでなんで俺の家なんだよ。
なまえには言ってねぇけど真琴の家も同じマンション内にあるんだからそっちでよかったし俺がいないほうが進展するだろ。

「なまえちゃん、こんばんは」
「こんばんは真琴くん。お仕事、だよね?お疲れさま」
「うん。ありがとう」

なまえちゃんもお疲れさま、と言い合う二人に挟まれる俺。
もう何も言うまい。
真琴にもコーヒーを出してソファに座ろうかと思ってやめた。
キッチンに用があるふりをして席を外してやるあたり俺はやっぱ世話焼きなのかもしれない。
渚に「凛ちゃんって本当お兄ちゃん属性だよね」と言われるだけあるなと自分で思った。



(2023.11.17.)

まこちゃんお誕生日おめでとう!


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