25.かけらを集める


「今週もご覧いただきありがとうございました!」

一組ずつカメラが今日の出演アーティストを映して番組は終了した。
そのあとそれぞれ司会の方や共演者さんに挨拶をしてみんなでテレビ局を出る。
一旦帰ると時間がかかってしまうから途中でおろしてほしいことをマネージャーの西村さんに伝えると「いつものところでいいですか?」と聞かれて一瞬かたまってしまった。

「えっと、はい。お願いします」
「了解です」

いつものところ、と言うのは俺がまろんに行くときにおろしてもらうところのことで。
今日もそこで降りる。
だけど向かうのは違うところ。

「今から向かうから30分くらいで着くよ」と連絡をする。
……なんか彼女と待ち合わせみたいだな。
凛がデートってことにしておけなんて言うから変に意識してしまう。
すぐに既読がついて「先に入って待ってます」と返事が来て顔がにやつきそうになった。

なまえちゃんから「ここどうかな?」とあらかじめ送られてきていたお店のURLをもう一度開いて地図を見ながら歩くとまろんから歩いて数分のお店だった。
扉を開けるとチリンと鐘がなる。
店員さんの「いらっしゃいませ」の声に迎えられた。

「待ち合わせで先に着いてるみたいなんですけど」
「あぁ、なまえちゃんですね」

こちらにどうぞと案内してくれた店員さんは多分俺よりも少し年上の男の人。
キャップを深くかぶってメガネもかけているし、男性だと俺が芸能の仕事をしている人間だと気が付かない人も多い。
店員さんや客層も考えてお店を選んでくれたのかもしれない。
知らない男の人から聞く「なまえちゃん」という響きに少し引っかかりを感じたけれど、それよりもプライベートでなまえちゃんに会えるのだというドキドキのほうが勝っていた。

「あ、」

案内された一番奥の席。
メニューを見ていたなまえちゃんが顔をあげた。
いつも見せてくれる表情よりかたくて、まろんで再会した頃のことを思い出した。

「ごめんね、お待たせ」
「ううん。わたしも今来たとこだし、全然」
「……うん」

本当にデートみたいだ。
そんなことなまえちゃんに言えるはずもなくて「もう頼んだ?」と浮かんだ考えをごまかすように言う。

「まだだよ、真琴くんと頼もうと思って待ってました」
「ありがとう」
「ううん。真琴くんはカフェオレ?」
「うん。なまえちゃんはココア?」

うん、と頷いてメニューから顔を上げたなまえちゃんと目が合って一瞬だけふたりともきょとんとしたあとに吹き出した。

「メニューいらなかったかも」
「そうだね。いつもと同じだ」

胸がくすぐったい。
ライブ会場でも握手会でもまろんでもないところでこんなふうになまえちゃんと向き合っている、それだけなのに。

「あと10分くらいでラストオーダーなんだけど、他に頼むものなかったらオーダー聞きに来なくて大丈夫って言っちゃってもいい?」

そのほうが落ち着いて話せるかなぁと思って、と続けるなまえちゃんに思わず笑ってしまった。

「えっ」
「いや、本当なまえちゃんってすごいなと思って」
「何が?」
「色々考えてくれてありがとう」
「……コンプライアンスとプライバシー保護はとっても大切だからね」
「あはは、うん」
「笑い事じゃないんだけどなぁ」

なまえちゃんが俺のことを考えてくれていることが嬉しい。
思ったことは伝えたいなと率直に思った。

「ごめんごめん、嬉しくて。俺はオーダー飲み物だけで大丈夫」

照れているのか眉を下げてなまえちゃんが頷いた。



「真琴くん、変なこと聞いてもいい?」
「うん。なに?」

頼んだ飲み物をひとくち飲んだタイミングでなまえちゃんが不意に言った。

「ミューステって本当に生放送だよね?」
「えっ、そうだけど……なんで?」

俺たちがさっきまで出演していた歌番組は、放送開始から一貫して生放送だ。
番組を観ている人ならほとんどの人がそうわかっているはずなのにいきなりどうしたのかと首を傾げるとなまえちゃんが「だよね」と頷いた。

「さっきまで生放送で歌ってた真琴くんが目の前にいるって現実味ないなぁと思って」
「そういうもの?」
「うん。まろん以外で会うのもやっぱり変な感じする」
「無理言ってごめんね」
「ううん。ビックリしたけど一生の思い出に胸に仕舞っておこうと思ってます」
「そんなおおげさな」

今日聞きたかったことは、クリスマスのライブのことと彼氏とのこと。
並べてみたらそれだけだ。
こうやって店員さんとしてでもファンとしてでもないなまえちゃんと話すことは俺にとっても現実味はなかったけれど、面と向かって話すと俺もなまえちゃんの関係性を難しく考える必要なんてないのではないかと思えてくる。
だから一生の思い出なんて言わないでほしい。

「またこういうふうに誘ったらもう来てくれない?」

我ながらずるい聞き方だなぁ。
なまえちゃんは小さく「え、」とこぼして返事に困っている。

「また、があるの?」
「俺はあったらいいなぁって思う」
「……今日は何か聞きたいことがあるって言ってたよね」
「うん。クリスマスのことなんだけど」

返事をにごされたことには気が付いたけれどなまえちゃんから切り出してくれたのだから本来の目的を話す。
クリスマスのこと、と俺が言うと丸い瞳がかすかに揺れた。

「なまえちゃん用事あるって言ってたよね」

小さく頷いたなまえちゃんに「実は俺たちのクリスマスライブ、会場の様子を事務所のカメラが撮ってたんだけど」と伝えるとカップを持つ手にきゅっと力が入ったようだった。

「それで、なまえちゃんに似てる子が映ってて。もしかして……と思って」

いや、ごめん、もしかしてとかじゃなくて。
なまえちゃんを見間違えるはずなんてない。

「なまえちゃん、ライブ来てくれてたよね?」

確信を込めた俺の言葉を聞いてなまえちゃんが押し黙ってしまった。
お店のBGMと他のお客さんの声が妙に大きく聞こえる。
問い詰めたいわけではないから重たくならないようにと思うけれどどう聞いたらいいのだろう。

「来てくれて嬉しかった。用事あるって言ってたのに」
「ごめんね、本当は行ったのに黙ってて。真琴くんせっかくCDくれたのに」
「CDは俺が渡したかっただけだから。ライブ楽しんでもらえたかな」
「それはもちろん!すっごく楽しかった」
「やっと笑ってくれた」

難しい顔させちゃったのは俺だけど。
なまえちゃんが今度は眉を下げて弱く微笑んだ。

「ライブ来てくれたのは本当に嬉しかったんだ。それで、聞きたかったことはまた別であって」
「うん」
「デートだったんじゃないのかなって、クリスマス」

彼氏と別れたんだって?と聞くのはさすがにデリカシーがなさすぎる。
どうして知ってるんだと言われたら凛から聞いたと言うしかないけれど、なまえちゃんと凛の関係が悪くなるような聞き方にならないように気を付ける。

「最初はその予定で、だけどやっぱりスタファイのライブ行きたいなって友達に話したらチケット譲ってくれるって人がいて」

言いにくそうだけれどぽつぽつと話してくれる。
目が合わなくてこっち向いてくれないかなと思う。

「元々彼氏とは距離置いてたし、クリスマス会うのもやっぱりやめようってなって。結局別れちゃったんだけど」

別れちゃったとなんてことのないように言うけれど、もう吹っ切れているんだろうか。
どっちからどんな話をして別れたのかなんて想像もつかない。
凛とか旭だったらもっとうまく相談に乗れそうなのに。
うまくいっていないんだろうなというのは前にまろんでなまえちゃんから話を聞いてなんとなく察していたし、クリスマスは俺を……いやSTYLE FIVEを優先してくれたのかと都合良く思ってしまう。

「けどライブ行けてよかった。真琴くんのソロ曲すっごく素敵で、生で聴けて感動した」
「なまえちゃん泣いてたもんね」
「えっ」
「映像に映ってて、俺のソロのときのなまえちゃん。もちろん偶然だけど」
「えー……そっか、それでわたしがライブ行ったのわかったんだね。めちゃくちゃ恥ずかしい……」

映ってたよと伝えたらなまえちゃんが両手で自分の顔を覆った。
顔を隠そうとしても耳まで赤くなっている。

「嬉しかったよ、俺の曲でなまえちゃんが感動してくれたのかなって。最近曲の感想とかなまえちゃんから聞く機会なかったから」
「あ……そうだよね。ファンレターとか書かなくなっちゃったから」

昔はファンレターとか握手会とかでいろんなことを伝えてくれた。
その頃はこんなふうに長く話せなかったから俺の言いたいことを話す時間はなくて。

「曲はちゃんと全部聴いてるんだよ、CDも買ってるし。ドラマとか映画も観てる」
「なまえちゃん、もしかしてもうスタファイのこと好きじゃなくなっちゃったのかと思ってた」
「そんなわけないよ」

今まで怖くて言えなかったことも不思議と言えた。
そんなわけないと言ってくれて十分すぎるくらいなのに、なまえちゃんが次に言った言葉に一瞬頭が真っ白になった。

「真琴くんのことも、大好きなままだよ」

なんて、とはにかまれて何も言えない。
ありがとうとか俺もだよとか深く考えずにそう言えたら良いのに。
アイドルとしてなまえちゃんに向き合っていたなら言えたかもしれない。
だけどなまえちゃんの大好きと俺の気持ちは違うものだから。

「それで、真琴くんが聞きたかったことってクリスマのこと?」
「うん」

あとは彼氏とのことだけれど、それはさっき聞けた。

「わざわざ外で会いたいって言うから何かなって身構えちゃった」
「あー……ごめんね、突然」
「ううん。ビックリしたけど全然」
「さっきも聞いたんだけど、」

うん?となまえちゃんがココアを飲みながら相槌を打つ。
さっきまでよりも少し空気が軽くてお互いに力が抜けたような感じがする。

「また誘ってもいいかな、なまえちゃんのこと」
「えっ」

なんで、と声になってないくらい小さく聞き返された。

「前みたいに握手会とかないし、まろんで話せるけどなまえちゃんはバイト中だから気兼ねなくってわけにもいかないし」
「それは、そうだけど」
「もっと話したいなって。ずっと思ってた」

ダメ?と問いかけた声と表情は我ながらずるいものだったと思う。
困ったように眉を下げたなまえちゃんが「次はやっぱり凛くんのことも誘いませんか」とごくごく小さな声で言った。
その顔が真っ赤で、俺のことが大好きだと言ってくれたさっきの言葉を思い出して頬がゆるんでしまいそうだった。



(2023.08.14)
10周年おめでとうございます!


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