24.不器用だって笑うかな

連絡先をなまえちゃんに渡した日、なかなか連絡が来なくてずっとそわそわしてしまった。
中学生じゃあるまいし。
仕事をしているときはさすがに集中していたけれどそれ以外の時はずっと鳴らない携帯が気になって仕方がなくて、こんなこと初めてだ。

次の日の朝、目覚ましの音で起きてまどろみながら携帯で時間を確認したらメッセージの通知が来ていて一気に目が覚めた。

「真琴くんで合ってますか?」とだけ届いた通知は、メッセージ画面を開いてみてもそれしか書いてなくて。
なんだかそれがなまえちゃんらしくて笑ってしまう。
連絡が来たらなんて返そうかってずっと考えていたけれどこれにはすぐに「うん、真琴です。なまえちゃん?」と返すことができた。
寝起きはあんまり良い方ではないけれどバッチリ目が覚めてベッドから出る。
仕事があるときはマネージャーである西村さんに起きたら連絡をすることになっているから、西村さんにも「起きました」と連絡を入れたら「早いですね!」と返事がきて笑ってしまった。

出かける準備を手早くして、西村さんが迎えに来てくれた車に乗り込むともうハルが乗っていた。

「ハルおはよ」
「おはよう」
「今日のロケ楽しみだね、海飛び込んじゃダメだよ」
「……海は泳ぐところだろ」

今日は千葉の方へのロケで、海の近くにも行くらしいと打ち合わせで聞いたハルは目を輝かせていた。
海は泳ぐところではあるけれど今の季節の水温を考えてほしい。

「海は美味しい海鮮が食べられるところでもあるかな」
「鯖……」
「うん、鯖もあるといいね」

毎日食べてるんだろうにこういうときに口元を綻ばせるハルは子供みたいだ。
思わず笑ってしまったらジッと見られる。

「なに?」
「真琴何か良いことでもあったか」
「え、」

ハルになら話してもいいと思うけれど、まさかマネージャーさんが運転している車内で恋愛の話なんてできるはずがない。
……いやでもこういうことってマネージャーにも報告したほうがいいのかな。
まだそんな段階ではないけれど、バックミラーに映る西村さんの顔をこっそり見たら運転に集中しているようだった。

「良いこと……うん、今度話すよ」

ハルにも聞いてほしいと素直に思うからそう伝えたら表情は変えずに頷いてくれた。
詮索はしてこないけれど話したくなったらいつでも聞いてくれるんだろうなと思う、ハルのこういうところに救われる。




今度まろんではないところで話したいというお願いはすぐに叶えられることになって、今日が約束の日だった。
仕事が詰まっていたから連絡先を渡した日からまろんには行けていなくて少し久しぶりな気がする。
ヘアメイクをしてもらっている間も携帯が気になってしまうのだから我ながら浮き足立っているなと思う。
女の子と連絡を取っているなんてことがメイクさんにバレたらまずいから、もし通知が来ても画面は見えないように裏返しに置いておいたらちょうど通知音が鳴った。

……素知らぬフリをしたけれどそわそわして仕方ない。
なまえちゃんからかもわからないのに、ここ最近携帯ばっかり気にしてしまう。
準備が終わって通知を確認したらやっぱりなまえちゃんで、それだけで心臓をぎゅっと握られたみたいだった。
きっと今日の待ち合わせのことだろう。
今メッセージの内容を見たら顔に出さない自信がないからメイクが終わってから返そうと通知だけ消して携帯はカバンにしまった。

「橘さんなんか肌調子いいですね。スキンケア変えました?」
「えっ……いや何も変えてないです」
「そうなんですか、いつも綺麗ですけど今日はより一層もちもちしてる感じします」
「そういうのわかるものなんですか?」
「毎日人の肌触ってますからね」

肌がもちもち、という感覚はよくわからないけれど褒められたから自分の手の甲で少し頬を触ってみる。

「化粧のりよくてメイクし甲斐があります」
「いつもありがとうございます」

メイクが終わったらしく前髪を留めていたピンと肩にかけられていたタオルを外しながら「こちらこそ」と返事をされた。
化粧のりとか正直よくわからないけれど、疲れてたり睡眠時間が取れないときは肌に出ることもある。
お正月にゆっくり休めたからだろうかとメイクが施された自分の顔をまじまじと鏡越しに見て、たしかにいつもよりも艶があるような気がしなくもない。

全員分のヘアメイクが終わってメイクさんが控室を出て行くと隣の鏡台に座っていた凛が読んでいた雑誌から顔を上げた。

「真琴。お前顔」
「えっなんかついてる?」
「いや、一人で百面相してた」
「……実はなまえちゃんから連絡来て」
「そんなことだろうと思った」

はぁ、とわざとらしく凛が溜息を吐く。
反対隣に座っていたハルが「なまえってなまえか」と驚いた様子もなく聞いてきた。

「うん、まろんの。ハルにもちゃんと話そうと思ってたんだけど……」
「好きなんだろ?付き合うことになったのか」
「えっいやまだ告白もしてないよ」

好きなんだろ、とハルにためらいなく言われたことにも付き合うことになったのかと話が何段か飛んだことにも驚く。

「やっぱりハルにもバレてたんだ……」
「真琴となまえが話してるの見た知り合いはほとんど気付いてるんじゃねぇの」
「隠す気あったのか」
「凛もハルも容赦ない」
「まぁもう開き直ったんならいいだろ」
「開き直ったわけじゃないけど」

ただもう自分に嘘がつけなくなってしまっただけだ。
俺の言いたいことなんてきっとハルにも凛にもわかってしまっていて、なまえちゃんへの気持ちを否定されないことに安心する。

「今日この後デートだってよ」
「いやだからデートじゃないってば」
「二人で会うんだからもうデートってことにしとけよ」

凛が半ば呆れたように言うけれど、それができたら苦労しない。

「俺は、そうならいいなって思うけど。なまえちゃんは俺のことそういう風には思ってないから」
「あー……まぁいきなり発展しろとは言わねぇけど、意外と踏み込んでみたら変わるもんもあるだろ」
「そういうもの?」
「多分な。俺もそんな経験あるわけじゃねぇからわかんねぇけど」
「職業柄仕方ないだろ。真琴も凛も」
「うん、そうだね」
「ハルもな」
「わざわざ付け足すな」

凛がからかうような表情で言うとハルがむっと唇を尖らせた。




「続いてはSTYLE FIVEです」
「こんばんは!」
「よろしくお願いします」

司会の森田さんがいつものトーンで俺たちの紹介をしてくれて、それに続くように元気よく挨拶をした。
何回出させてもらっても生放送の歌番組は緊張する。
だけど新人の頃みたいにガチガチになることはさすがにもうなくて程良い緊張感だ。

「年末年始はゆっくりできた?」
「はい、年明けまでお仕事はあったんですけど終わってからみんなで実家に帰りました」
「メンバー全員、地元が一緒なんですよ」

帰りの電車でみんなで駅弁を食べた話や、地元に帰っても結局ハルの家に集まってオフの日も会っていた話をする。

「幼馴染しか知らないエピソードとかある?」
「凛ちゃんが実家の猫ちゃんに懐かれない話はみんなもう知ってますもんね〜?」

森田さんの問いかけに渚が首を傾げながら言うと観覧のお客さんから笑いが起こった。

「真琴先輩は野良猫からもモテモテです」
「怜ちゃんがモテモテって言うのなんか違和感あるね」
「なんでですか?!僕だって若者らしい言葉くらい使います」
「ん〜若者らしい言葉でもないけど、そういうところだよねぇ」
「はいはい脱線するからその先は楽屋でやろうな」
「真琴が野良猫と近所のおばあさんにモテてる話だろ」

怜と渚の話を凛が軌道修正して、ハルが情報を追加した。
同じグループのメンバーながらトークが淀みなくて笑ってしまった。

「たしかに橘くんは万物にモテそうだよね」
「万物ですか?」
「たしかにこの前真琴にだけてんとう虫とまってたことあったよな」

あはは、と笑っていたらアシスタントの女性アナウンサーさんが曲振りに入る。

「今日披露いただく曲はそんなモテモテな橘さんが歌詞に携わっているんですよね」
「モテモテではないんですけど、はい。僕が出演している映画の主題歌なんです」

作詞を全て担当したソロ曲とは別で、歌番組で既に何度か歌わせてもらっている映画の主題歌。
映画が無事に公開されて大ヒット御礼として特別バージョンを今日は披露することになっていた。
……大ヒットって自分で言うのも恥ずかしいけれど。
イントロの前に俺が演じたキャラクターのセリフを言うパートを作ってもらえて、曲中には映画の映像が流れることになっていた。
喜んでもらえるといいな。
画面の向こうのファンの人や映画を観てくれた人、少しでも気になってくれていた人にも届いたら嬉しい。
そういえば、なまえちゃんは映画観てくれたんだろうか。
恋愛映画といっても俺は二番手の役でなまえちゃんに見られたくないようなシーンはなかった。
自分から観てほしいと言うのも観てくれたか聞くのもなんか違う気がして聞けていなかったのだ。
……今日このあと会えるんだから、勇気を出して聞いてみようかな。


スタンバイをして、背筋を伸ばす。
どうかなまえちゃんが番組を観てくれていますように。
役を通してでもセリフと歌詞に乗せてでも、届いてほしいと思う。

「聴いてください」

俺のそのセリフを合図に始まったイントロは、切ないのに明るくてなまえちゃんを好きになってから知ったいろんな感情がないまぜになったみたいな音色だった。



(2023.04.09)



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