if.赤い糸のはしっこ

※どの大会でどこの学校が当たるかは公式設定を気にせず読んでください。



最初は本当、全然、全くなんの興味もなかった。
高一の大会で烏野と当たったときベンチで悔しそうにしてたことはなんとなく覚えているけれど別にそれだけ。
会場で話したことだってないし名前も知らない。
他校のマネージャーなんてそんなもんだ。

初めて話した時だってろくに挨拶もしなかった。
煽るだけ煽って怒ったような足取りで去っていく後ろ姿を見て笑っていたら青根が困ってたっけな。
だけど今思えばマネージャーなんて煽る必要はなかった。
シカトすればよかったと後から気が付いたけれど、そのあと顔を見るたびに声をかけてくれるようになったから話してよかったなと思い直した。

他校のマネージャーなんてそんなもん、と思っていたのに自分の行動と思考がちぐはぐだった。
我ながら気分屋だとは思うけれどなまえさんに会ったあとに「機嫌良い?」とうちのマネージャーの滑津に言われて妙に納得した。

だけど自分のちぐはぐさの答えに気が付いたと同時にゲームオーバーみたいな気持ちにもなった。
だってぜってぇ相手にされない。
話してる時の顔でわかる。
あれは完全に後輩に向ける視線と言葉だ。
俺はなまえさんの学校の後輩ではないけれど。

試合会場で何度か会って練習試合をした。
俺は主将になって正直いっぱいいっぱいだったし、なまえさんだって最後の春高を前に他校の選手に構う暇なんてない。
それだけの関係。
もう会う機会もないし連絡先だって知らない。
次の大会では卒業してしまったなまえさんは会場にいない。
いつのまにか姿を探すようになった自分に「もっと早く気付けよ」と思ってももう遅い。

もう会えないのかもしれないと思っていたけれど高校三年にあがった県大会。
烏野の応援席にいたなまえさんはジャージではなくて髪の毛をゆるく巻いていて、諦めていた感情がふつふつとふくらむのを感じた。
伊達工と烏野はライバル校であることは変わらないけれど、だけどなまえさんの口から「頑張って」がまた聞きたいなんてらしくないことを思って敵陣に足を運ぶなんてどうかしている。


「なまえさん」
「二口くん!わー久しぶり」
「お久しぶりです、なんか雰囲気違いますね」
「え?」
「ジャージじゃない服はじめて見ました」
「あぁ、さすがにね。ジャージ楽だったなって大学生になって思った」

大学に進んだのかということも初めて知った。
周りにいる烏野応援団の人たちがめちゃくちゃ見てくるけど今は気にしてられなくて「ちょっと良いですか」と連れ出した。
烏野の試合が始まるまでまだ時間があってよかった。
さすがに手を引くことはできなかったけれど「どうしたの?」とのこのこ付いてきてくれるなまえさんを見てこの人ナンパとか付いていくタイプなんじゃないかと心配になる。

「なまえさん大学って地元?」
「うん、地元だよ」

応援席からロビーに移動するときになんてことないフリして聞いたらさらっと大学名も教えてくれた。

「まじっすか、うちから近いです」
「えっそうなんだ、じゃあ会うことあるかもね。二口くんいたらすぐ気付きそう」

どういう意味で、と聞きたくなってやめた。

「俺もなまえさんいたらすぐ気付くと思う」
「あ、そういえば応援席にいたのよくわかったね」
「探してたんで」

それなりに人通りもあるけれど会場内で人がいないところを探すほうが難しい。
外に出る時間まではさすがにないし、ロビーの邪魔にならないところで立ち止まった俺のことを他校の選手や応援に来た人が横目で通りすぎていく。
なまえさんが「え?」ときょとんとした表情で見上げてくる。
本当に理由とか心当たりがありませんって顔をされてむかついた。

「……会いたかったんで」
「えっと、ありがとう?」
「はい」

少しの沈黙が二人の間に落ちて、その数秒ですら惜しいのに何を言えばいいのかわからなかった。
わからないのにこんな風に連れ出して困らせて、無意識に握る拳に力が入る。

「なまえさん」
「うん?」
「烏野と当たるまででいいんで伊達工の応援してほしいです」

なんか早口になった、我ながらダサい。
言われたほうはやっぱりきょとんとしている。

「うん、もちろん。伊達工と当たるの決勝だもんね」
「はい。今年こそ勝ちます」
「そこは譲れないけど」

軽口みたいにそんなことを言い合ったらふっと肩の力が抜けた。
良くも悪くもなまえさんがいつも通りだったからだ。
いつもと言えるほど親しくもないけど。

「勝ったらご褒美くれませんか」
「えっなんの……?万が一うちが負けたら悔しくてライバル校の主将にご褒美は嫌だけど」
「……なまえさんのそういうとこ好きです」
「どういう流れ?なにそれ」

怪訝な顔をしてすぐに力が抜けたみたいに笑う、そういうとこ。
こんな風にしか言えないけれど察してくれるほど自分に向いている好意に敏感じゃないらしい。

「とにかく。試合観てて」
「うん、応援するね」

そろそろ戻らなければ誰かが探しに来かねない。
なまえさんが戻る烏野応援席と俺が向かわなければいけないサブコートは逆方向だ。

「なまえさん、連絡先」
「うん?」
「教えてください。飯行きましょ」
「え?うん、いいけど」

あんま良さそうな顔には見えないっつーか、多分戸惑っている。
揺さぶってやろうとかまでは思っていなかったけれど試合を観るときに少しでも今までと違う感情を持ってくれたらいいのにと思う。
俺の携帯をなまえさんに渡して連絡先を打ち込んでもらう。
なまえさんの手の中にあると携帯がデカく見えるような気がする。

「ありがとうございます」
「ううん」
「じゃーそろそろ行きます」

俺より二回りくらいは小さそうな手を振るなまえさんに手を振り返す。
それだけで顔の筋肉が変に動きそうだった。

「あっ二口くん」
「はい」

まだ話したいという気持ちを振り切って足を踏み出したら俺の心情なんて知りもしないくせになまえさんに名前を呼ばれる。
すぐに振り向きたかったけれど一拍置いたのは今あんま顔見られたくねぇなと思ってしまったからだ。

「頑張ってね、試合。応援してる」

烏野と当たるまでは、と付け足されたけれど今はこれで十分すぎるくらいだった。



(2022.12.01.)
二口くんお誕生日おめでとうでした!(大遅刻)


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