if.君との景色

※「十七歳、君と」とも違う世界線だと思って読んでください。
本編35話の出来事です。





「あのさ、正月に話したことなんだけど」

春高準決勝、鴎台との試合のあと不思議なくらい穏やかな気持ちになれた。
なまえと宿のベランダで並んで寒いねと言い合って、外にある自販機に飲み物を買いに行ってくれた大地たちが一向に帰ってこないと笑い合った、そんななんてことない時間。
そりゃあ試合の結果は悔しいしもっとみんなとバレーしたかったし、なまえとだってずっと一緒にいたかった。
だけど時間は有限で、高校生活は三年しかなくて、こんなにも何かに夢中でいられた時間はもうすぐ終わる。

「……うん」

正月に話したことと言ったら思い当たることは俺もなまえもひとつだけで、切り出した俺の言葉に一瞬かたまったなまえに悪いことをしたような気持ちがわいた。
だけどなまえの顔が赤くなったのは寒さのせいじゃないとわかるから、やっぱり今話したいなと思う。

「春高が終わったら伝えるつもりだったのにごめんな」
「ううん。前も言ったけど嬉しかった」
「そっか」

嬉しい以外の感情は聞かないほうがいいんだろうか。
なまえはいつも良くも悪くも平等だった。
俺のことを気にかけてくれる瞬間もあればそれは俺以外の部員に向けられるときもあって、そんなところが好きで同時に苦しかった。

「明日宮城戻ったら二ヶ月くらいは会わないよなぁ」
「え?」
「授業もうないだろ、俺たち」
「あ……そっか、うん、そうだね」

なまえだって受験生なのにまるで気が付いていなかったかのように呆けた顔をしているから笑ってしまった。

「なんかいっぱいいっぱいで。春高のあとのスケジュールもちろん把握してたけど……スガにそんなに会わないのはじめてだね」
「俺たち夏休みも冬休みもずっと部活してたもんな」
「ね。楽しかったなぁ、バレー部」

楽しいだけじゃなかったけれど、やっぱり楽しかった。
疲れた身体と頭で自分でも考えがまとまらない。
ただ思うのはやっぱりこのままただの部活仲間の立場から抜け出せないのは嫌だということだった。

「大会前に言うことじゃないってわかってたけど、なんかもう自分のなかでたえられなくて」
「うん?」
「なまえのことが好きだってこと」

一度伝えてしまったのだからもう怖いものなんてない。
ごく自然に口をついて出た言葉になまえが顔を赤くさせて「なんで今またそんな、」と焦っている。
こんな顔させてるのが自分なんだと思うと左胸のあたりがそわそわと落ち着かないけれどなまえの慌てぶりを見たらなんだか妙に冷静な気持ちになれる。

「……いつから?」
「いつからなまえのこと好きだったか?」

わざと言い直すようにして聞いたら拗ねたように眉を寄せた、そんな顔されてもかわいいだけなんだけど。

「いつだっけなぁ」

最初から印象はよかったけれど、明確なきっかけがあったのかと聞かれるとそういうわけでもない。
少しずつじわじわと積もっていつの間にか胸の真ん中にいた。

「告白しようって決めたのは高二のインハイ予選のあと」
「えっ」

そんなに前から……?と小さくつぶやく。
好きになったのはもっと前だよと思うけれど、多分なまえのことを想っている男は他にもいて、今俺の頭に浮かんでる奴は中学の時からずっと好きなんだろうな。

「レギュラーになったときに言ってくれた言葉が嬉しかったから」
「わたし何言ったっけ……」

本人は覚えていないだろうなぁと思っていたから驚かない。
なまえにとっては部員に声をかけることは当たり前のことで気に留めることでもなかったんだろう。
だけど、俺はなまえに背中を押されたんだ。

「覚えてないならいいんだけど。好きになったのはもっと前だし」

ぎゅっとなまえが唇を噛んだ。

「わたし、」
「うん」
「スガのことは他のみんなより多分特別っていうか、気になってて」
「……うん」
「それを自覚したのは三年生になってからなんだけど」

三年になってからと言ったなまえが目を伏せる。
この三年間いろんな表情を見てきたと思うけれどいまなまえが何を考えているのかは顔を見ただけではわからなかった。

「飛雄たちが入ってきて、スガとっていうか三年生と話す時間減ったなーって思ってたんだけど気が付いたら?ふとした時に?スガが隣にいてくれるなっても思って」
「気付いてたんだ」
「うん」
「なまえが言ったとおりでさ。ちょっとでも話したいなとか俺のほう見てほしいなって思ってたから」
「……すごいストレートに伝えてくれるんだね」
「今更隠してもしょうがないからね」

照れたように視線をふせたなまえに正直に話したら「そっか」と今度は顔をほころばせた。

「卒業したら理由がないと会わなくなるだろ」
「……そうかな」
「多分。俺は理由がなくても会いたいけど」
「うん。わたしも」

なかばやけくそ気味に好きだということをいろんな言葉を重ねて伝える。
好きという一言だけでは、到底伝えきれるものではないなと思うから。
一方通行かなと思っていたのに、なまえから返ってきた「わたしも」の言葉に思わず「は?」と我ながら情けない声が出た。

「わたしも。会いたいよ」
「……それはみんなでってこと?」
「……どう思う?」
「いやここまで来てそこぼかすのはやめて」

夕暮れどきのベランダ、少しずつ夕陽が傾く。
答えを聞くのが怖くて伝えるだけ伝えては逃げたけれど、今なら聞ける気がした。
肩を並べて隣り合わせで柵にもたれかかっていたけれど意を決してなまえのほうへ向き直る。
東京にいるなんて思えないくらい辺りが静かで自分の心臓の音がすごくて、月並みな表現だけれど口から心臓が出そうだと思った。

「なまえ」
「はい」
「返事、聞かせてほしい」

意外とこうやって真正面から顔を見合うことってない気がする。
見上げてくる瞳とか少し冷たい風に吹かれてる髪の毛とか、きっと俺のことで頭をいっぱいにしてくれている表情にあぁやっぱり好きだなとまた思う。

「わたしも」

スガが好き、と小さく伝えられた声に泣きそうになる。
たった一言だけど同じ気持ちだとわかっただけでさっきまで冷たく感じていた冬の風が心地良く感じた。
東京らしくない風景だって、古い宿のベランダだって、着ているのが練習でくたくたになったジャージだって。
なまえが一番欲しかった言葉をくれるならなんだってよかった。


(2022.11.21)


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