23.今はまだ

「凛くん、わたし何かしたかな……」
「いやいきなりなんだよ」
「真琴くんがおかしくて」

飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
むせてしまってなまえが心配そうに大丈夫かと聞いてくるけれど勘弁してほしい。
たしかに真琴のなまえに対する態度は変わっただろうけれど、その反応がこれってどうなんだ。

「…おかしいって何が」
「なんか、呼び出しを受けまして」

呼び出し。
真琴が勇気という勇気を総動員して誘ったであろうに、呼び出しと思われている。

「呼び出しって?」
「話したいことがあるみたいなんだけど……ていうかもっと色々話したいって」

何言われるんだろうと目線を伏せていて表情が少し不安げで、そんな心配するようなことはないはずだ。

「あと、」
「ん?」
「連絡先、聞かれた」
「おー……よかったじゃねぇか」
「え?」
「好きな奴から連絡先聞かれるって嬉しいもんじゃねぇの?」

好きな奴、と俺が言った途端になまえの顔が赤くなる。
眉を下げて困ったような表情だけれど真琴を好きな気持ちに変わりはないらしい。

「うん。嬉しいけど素直に喜んじゃいけないような気もして」
「困るなら困るって言えば?」

そんなことなまえが言わないことはわかったうえで言ってるんだけど。
なまえは呼び出しなんて言ったけれどそんな不穏な用件ではないことはなんとなく察しているんじゃないだろうか。

「困るけど嬉しいって思っちゃう自分に困ってる」

なんだそれ、そういうこと言うのは真琴の前にしてくれ。
両想いなのにめんどくせぇなと次の言葉を言えずにいたらそろりと上目遣いで見てくる。
だからそういうのは真琴の前で……いやもういいけど。

「来週の金曜に二人で会うことになったんだけど、凛くんも来ませんか…?」
「いやなんでだよ。そこは二人で会えよ」
「真琴くんも凛は来ないと思うって言ってた……」
「よくわかってんな。どっか行くのか?デートじゃねぇか」

デート、と俺が言ったら眉をぎゅっと寄せる。
どういう感情なのかわからないけど多分自分でも説明できない気持ちなんだろう。

「デートじゃないよ。近くの喫茶店行って話すだけ」

世間一般じゃデートだと思うけどということは言わないでおいた。
恋愛的な発想に結びつけてしまったらなまえは真琴と二人で会うことなんてしないんだろう。
真琴がようやく少し踏み出したんだからなまえのガードももうちょい緩くすればいいのに。
それがこいつの良いところなんだけど。

「なるほど、喫茶店に呼び出し?」
「うん」
「まぁ二人で外で会うってたしかに緊張するよな。真琴の話がなんにせよ楽しんでこいよ」

多分悪い話じゃねぇだろ、と付け足した。
なまえが前向きな気持ちで次の金曜を迎えられるようにとあたりさわりのないことを言ったつもりだけれど、なまえはぱちぱちと目を瞬かせている。

「なんだよ」

なんか変なこと言ったか?と聞いたら今度はふわっと笑う。

「凛くんって良いお兄ちゃんなんだろうなぁと思って」

良いお兄ちゃんかどうかは知らないけれど意味もなく身構えてしまった数秒前の俺を殴りたい。
こいつ、人当たりいいのはわかってたけどわりと無自覚の人たらしなんじゃねぇの。
なまえみたいなファンにまっすぐ応援されたら真琴が好きになってしまうのも無理はない話かもしれないなんてことを思ってしまった。



「真琴、来週の金曜デートだって?」

歌番組収録前、楽屋で真琴と二人になるタイミングがあったからストレートに聞いたら真琴が椅子から転げ落ちそうになった。
座ってる状態から落ちそうになるなんて器用な奴だな。

「な、なんで、知って……」
「なまえに聞いた」
「まろん行ったの?」
「そう」
「……凛、最近一人でよく行ってるよね」
「あーまぁたしかに。時間つぶすのにちょうどいいんだよな、立地的にも」

気兼ねなく入れて何を頼んでも美味いし、真琴とハルのおかげで良い店を知れてよかったなと思う。

「そんな目で見なくてもなまえ目当てとかじゃねぇよ」
「別にそんなこと一言も言ってないけど」
「まぁたしかに行ったときにいれば話すけど」
「凛〜……」
「そんな顔しなくてもとらねぇよ」
「とるとらないとかじゃないけど……なまえちゃんは物じゃないし…」

読んでいた雑誌を机に置いた真琴の声が自身なさげに小さくなっていく。
真琴は人の背中を押すのは得意だけれど自分のことになると途端に足踏みをして後先を考えるところがある。

「けどなまえちゃんが凛のこと好きになったらどうしようとは思う」
「はぁ?いやねぇよ、さすがにねぇよ」

突拍子もなさすぎて同じことを二回言ってしまった。
後ろ向きにも程がある。

「だって凛かっこいいし」
「おーサンキュ」
「なまえちゃんといつのまにか仲良くなってるし」
「前よりはな。けど男友達と彼氏って別だろ。俺この前なまえに良いお兄ちゃんって言われたぞ」
「……お兄ちゃんは嫌だなぁ」

自分がそう言われるところを想像したらしく苦い表情になる。
お互い想っているのにそれを知らずに不安がっていてまどろっこしい。

「何言われるのか不安がってたからあんま重い空気にならねぇようにな」
「そっか……うん、ありがとう」
「てか来週の金曜ってまた収録だよな。終わったあと会うのか?」
「うん。ちょっと遅くなっちゃうんだけど予定がなかなか合わなくて」

来週の金曜は生放送の歌番組に出演することが決まっていた。
まだ公表はされていないからなまえが知ったら驚くだろう。
真琴も多少は緊張しているだろうけれど口元がゆるゆるとにやけそうなのを堪えているようにも見える。

「なまえに言うのか」
「何を?」
「好きだって」

真琴が近くに置いてあったペットボトルを倒して、それが楽屋によくある菓子類の入ったカゴに当たりガシャンと大きな音がした。

「凛?!」
「動揺しすぎだろ」
「だって……いや、言わないよ」
「ふぅん?」
「さすがにまだ、そこまでの勇気はないというか

「まだってあたりがもう手遅れ感あるな」

俺も自分で何を言っているのかわからない程度に日本語がおかしい気がしたけれど真琴は「俺もそう思う」と笑った。



(2022.11.17)
橘真琴くんお誕生日おめでとう!



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