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「お弁当?」
「うん、なまえに作ってほしいなーって。駄目かな?」
「駄目じゃないけど…でも真琴のお母さん、毎日ちゃんと作ってくれてるでしょ
?」
「作ってはくれるんだけど、江ちゃんに駄目出しされたって言ったら絶対落ち込むからさ。なまえに作ってもらうって言ったら、母さんも気にしないだろ?」

なんて話したのは半分本音で、半分は建前。

今日の昼休み、江ちゃんによる水泳部員弁当チェックがあった。
みんな駄目出しされたし、俺はみんなに比べたら厳しく言われなかったんだけど、栄養が偏っているらしい。
たしかに、母さんは俺の好きなものばっかり入れてくれているからなぁ。
野菜が嫌いなわけではないんだけれど、育ち盛りの男子にはスタミナがつくもの!って思ってくれているんじゃないかな。
そんな母さんに、弁当に関して何か注文をつけるなんて申し訳ない気がする…っていうのも本音だけれど。

男だったら彼女の手作り弁当っていうか手料理が食べたいって思うのは至極当然のことだろう。


「駄目かな?」

もう一度念を押すように聞けば、「そういうことなら」っていつもの笑顔で了承を得られた。

「いつ作ってくればいい?月曜から?」
「あー…うん、なまえが大丈夫なら週明けからお願いしてもいいかな?」
「わかった!土曜日に江ちゃんが買い出し行くって言ってたからわたしも一緒に行こうかなぁ」
「え、そうなの?」
「うん。みんなに栄養バランスばっちりなお弁当を作るんだ〜って張り切ってたよ」

江ちゃんによる抜き打ち弁当チェックを受けて、みんなから「だったら江ちゃんが作ってくれ」という要望が出たものだから、たしかに江ちゃんは張り切っていた。

「真琴はとにかく野菜だね、でも体作るためにお肉もちゃんと入れたいし…あ、お弁当箱どうしよう。うちにあるのじゃ小さいし真琴用の買っちゃおうかな…」

ぶつぶつと独り言みたいに考え出すなまえを見て、かわいいなぁと思わず顔が緩む。

「真琴?…なにニヤニヤしてるの?」
「え?!俺そんな顔してた?」
「うん」
「なまえが俺の弁当のこと考えてくれてるのが嬉しくて、つい」

誤魔化すようになまえの丸っこい頭にぽんぽん、と撫でるように触れればふわっと柔らかく笑う。

「わたし、マネージャー向いてるのかも。誰かのために何ができるかなって考えるの、好きなんだよね」
「最初に誘ったときは渋ってたのにね」

嫌味ではなく、誘ってよかったなぁと当時の頑なな様子だったなまえのことを思い出しながらもう一度頭を撫でれば、拗ねるみたいにちょっと唇を付き出して「だって、」と言う。

「マネージャーなんてしたことなかったし、わたし泳げないし…」
「うん。引き受けてくれてありがとう」
「マネージャー、やってよかったなって思ってるよ」
「なまえ…」
「改めて言ったことなかったからなんか照れるね」
「抱き締めてもいい?」
「駄目でーす」

繋いでいた手をグイッと引き寄せたら、少し距離をとるように一歩後ずさりされて苦笑い。

高二の始めに水泳部を作ることになって、無理を言ってなまえにマネージャーになってもらった。
部員が多いわけではないし、江ちゃんがいたから実際なまえがいなくてもなんとかなったかもしれない。
マネージャーを頼んだのはなまえにそばにいてほしいっていう俺のエゴだと言われても否定はできなかった。

だから、なまえが「やってよかった」って思ってくれていることが素直に嬉しい。


「冗談だよ。それくらい嬉しいってこと」
「…真琴って草食に見せかけてそうでもないよね」
「えっそうかな?」
「うん、みんなの前では普通だけど。二人だと甘えるフリしてぐいぐい来る」
「そ、そんな風に思ってたの…」

おかしい、さっきまで良い話をしていたはずなのに雲行きが怪しくなってきてしまった。
そんな考えが顔に出ていたのか、なまえが吹き出して笑った。

「別に嫌なわけじゃないけどね。ゴールデンレトリーバーって感じでかわいいし」
「かわいいって。高三の男にそれはどうなの?」
「もちろん普段はちゃんとかっこいいなって思ってますよ」

ちょっと落ち込んで、自分の爪先あたりに視線を落として話していたら急にそんなこと言うもんだから、ビックリしてなまえのほうを見たら言った本人は涼しい顔をしている。

かっこいい、なんて。
出会ってから初めて言われたかもしれない。
言われ慣れてないから、なんて返せばいいのかわからなくて口籠ってしまった。

「今日ね、一年生に橘先輩と付き合ってるって本当ですかって聞かれたんだー。改めて聞かれたことってなくてビックリしちゃった」

…俺は、直接誰かに聞かれたことはない。
そもそも一年の頃から付き合っているし、特に隠しているわけでもないから周知されているものなのかなって思っていた。
それでもたまに告白されることはあるけれど、もちろん断るし、そのことをなまえに話したこともなかった。

「真琴優しいし、かっこいいし、そりゃモテるに決まってるよね」

なんてことないって顔で世間話をするようなテンションで切り出されたけれど、二年も一緒にいたら今なまえがちょっと落ち込んでいるということくらいわかる。
だから弁当作ってって言ったらやたら張り切っていたんだろうか。

「俺が好きなのはなまえだけどね」
「…真琴、抱き締めてもいい?」
「喜んで」

照れ隠しに言ったであろう言葉に満面の笑顔で返せば、「嘘だよ!さっきの真琴の真似ー」なんて言うから本当にかわいくてどうしようか。

明らかにパッと表情が明るくなって、頬に赤みがさしたなまえの小さな手をきゅっと繋ぎ直した。






この前、渚にバラされたけれど俺の片想いはそりゃあもう長くて。
今こうやって手を繋いでなまえの隣を歩いているなんて小学生の俺が知ったら驚くだろうな。


大切だから、俺が不安になることがあってもこの子を不安にはさせたくない。
告白された、なんて話をしたら妬いてくれるかなぁと意地が悪いことを思うこともあるけれど、それよりなまえが傷付いたら嫌だ。

最近たまに見せるどこを見ているのかわからない表情に気付いていないわけではないけれど、指摘すればなまえはきっと気にする。
…本人に自覚があるのかもわからないし、わざわざ揉め事になりそうなことを言う必要なんてない。
全部を知る必要なんてない。
なまえが隣で笑っていてくれればそれでいいんだ。





いつもみたいになまえを家まで送って、俺も自宅に着いてから「家ついたよ」って連絡を入れた。
普段なら一言でもちゃんと返事をくれるのに、シャワーを浴びて夕飯を食べて課題を片付け終わってもなまえからの返信はなかった。
週末は部活もないし、なまえには会えない。
どうしたんだろう、疲れて寝てしまったのだろうか。


開け放した窓から聞こえてくる風の音が妙に怖くて耳を塞ぎたくなった。


(2015.08.27.)


難産でした…。




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