if.十七歳、君と

※本編24話の回想シーンの続きifです。
高二でレギュラーになったところ。




あー好きだな、と思ってしまって。
考えるよりも先に音になって口からするりと出てしまった。

「え?」と聞き間違いかのように首をかしげたなまえの声で我に返ったかのようにハッとした。

「俺いま声に出てた?」
「えっと……空耳じゃなければ?」

座り込んだままお互いに身をかためる。
先輩から引き継ぐようにレギュラーになって、部の状況とか自分の立場とか今後のことを考えて素直に喜べずにいた俺に声をかけてくれたなまえのことを好きだなとまた思って。
無意識のうちに声にしてしまったらしい。
思わず握りしめていた背番号2の真新しいユニフォームで顔を覆う。
空耳だと言い訳をするのはさすがに苦しいし、場の空気にあてられたなんてことも思われたくもない。
一瞬でいろんな葛藤がぐるぐると頭を駆け巡ったけれどここでなかったことにしていいのだろうか。
……いや、いいわけない。

「なまえ」
「……はい」
「いやそんな身構えないでくれると嬉しいんだけど」

もう後には引けない。
一年以上続く片想いの相手が俺の一言で顔を赤くして、そろりとうかがうようにこっちを見てくるんだから少しは期待だってしてしまう。

「俺、なまえが好きだ」

本当はいま伝えるつもりなんて全くなくて、いつか伝えられたらと思っていた。
同じ部活の選手とマネージャーという立場だから二年生の夏に告白なんてして気まずいことになったら嫌だからだ。

「励ましてもらったからとかじゃなくて一年の時から好きでした」
「……全然気付かなかった」
「うん。バレないようにしてたもん」

もんって、となまえが眉を下げて弱く笑った。

「俺と付き合ってくれませんか」

部活終わりのこんな汗だくのTシャツ、ぼさぼさの髪のときに体育館の外でなんてムードのかけらもない。
バクバクと心臓がうるさくて学校の裏にある山を全力ダッシュしたときみたいだ。

「わたしもスガのこと好き、です」

うるさい左胸を落ち着けようと深呼吸しようとしたとき、なまえがぽつりと言った。
ちょっともう一回言ってほしい。

「……ほんとに?」
「バレてなかった?」
「全然」

だってなまえはいつだって平等で俺に声をかけてくれるように他の部員にも気を配っていて。
マネージャーの鑑だなってくらい、勝手に焦ってしまうことがあるくらい、全くそんな素振りはなかったんだ。
「バレてませんでしたか」と照れくさそうに微笑むなまえにまた心臓が握られたみたいな感じがした。

「あー……やばい、めっちゃ嬉しいな」
「うん、わたしも」
「改めてこれからもよろしくお願いします」

自分から告白したくせに照れくさくていざ想いが通じ合ったらなんて言えばいいのかわからない。
やたらかたい言葉になってしまったなとまた恥ずかしくなっていたら、なまえが言いにくそうに「あの、付き合うのは……」と目を伏せる。

「え?」

ひとりで浮かれてしまったようでハッと我にかえる。
好きだけど付き合いたくないってパターンもあるんだろうか。
ごめんなさい、とかそういう類の言葉を覚悟していたらまだ赤い顔のままのなまえが自分の頬に両手をあてて言った。

「付き合うのは、みんなには秘密にしたいんだけど……スガはどう思う?」

あぁなんだ、そういうことか。
いや、なんだってことはないんだけどひとまず断られるわけではないようでほっとした。
公表するしないまでは考えていなくて、そもそも今告白するつもりもなかったからなんだけど。
秘密にしておきたいという気持ちもわかる気がする。

「部のみんなに気ぃつかわせたら悪いしなぁ」
「うん」

引退まで秘密となると一年以上あるけれどなまえの意見を尊重することが部のためにもなると思う。
わかった、と頷いて俺たちの彼氏彼女としての関係が始まった。




「なまえさん、みんなで坂ノ下行くんですけど一緒に行きませんか?!」

いつものように部活を終えて体育館の閉め時間までに慌ただしく片付けをしていたら田中がなまえに声をかけていた。
誘われたら断る理由がない限りなまえは行くだろうなとみんなわかっていて、案の定「行きたい〜!」と明るく返している。
ちなみに清水の参加率はなまえの三分の一くらいだ。

付き合い始めて早三か月。
季節は初夏から秋に向かっていて少しずつ空気が涼しくなってきた。
部内のみんなには相変わらず俺たちのことは秘密にしていて、もちろん一緒に帰ることもなければ昼休みだけでも二人で過ごすなんてこともしていない。
バレー部に秘密にしているのだから必然的に校内でも公表できず彼氏彼女らしいことは正直何もしていなかった。

「片付けパパっと済ませちゃお」
「はい!」
「あ、田中それ俺やっとくよ」
「えっでも」
「いいからいいから。清水があっちのネット片してたから手伝ってあげて」

田中となまえが転がっていたボールを拾って倉庫に片付けようとしていたから代わるよう声をかける。
不自然にならないように清水をダシにしてしまったけれど田中は嬉しそうに飛んで行ったから許してほしい。
なまえがちょっと驚いたように俺のほうをまじまじと見ていたけれど気が付いていないフリをした。
大きなボール籠をそれぞれ一台ずつ押して、並んで倉庫に向かう。
これだって部活の一環にすぎなくて、なんなら付き合う前からごく当たり前に日常的にやっていたことだけれど、二人きりになれるならほんの少しの時間でも嬉しいのだ。
我ながらいじらしい。

「……スガ?」
「ん?」

なるべく平静を装って涼しい顔を心がけていたら隣で籠を押していたなまえがジトっとした目で俺を見ていた。

「さっきの、田中だから良いけど他の人がいるときやめてね」
「田中ならいいんだ」
「だってあれは本人も嬉しそうだったし。潔子も助かるだろうし」

ぶつぶつと唇をとがらせながら言っているけれど、なんかその言い方がかわいくて思わず笑ってしまう。

「笑うところあった?」
「いや、ごめん。かわいいなと思って」
「……ありがとう?」
「どういたしまして」
「スガも坂ノ下行くんだよね」
「おう」
「そっか……たまには二人でどっか行けたらいいのにね」

籠を倉庫のなかにきっちり並べるように収めて、戻って別の片付けもしないといけないし最終下校時刻も迫っていた。
のんびり話す時間はないけれどめったに二人になることってないし珍しくそんなことを言われて一時停止してしまう。
抱きしめたくなるからやめてほしい。
いや、嬉しいけど。
平静を装って会話を続けるけれど心臓はさっきよりも早く動いている気がする。

「休みの日も部活ばっかりだからなぁ」
「うん。秘密にしようって言ったのわたしなんだけど」
「まぁなまえが秘密にしたい気持ちもわかるつもりだから」
「なんか、せっかく好きって言えたのに寂しいなぁ……とか、思ってしまうときがありまして」
「……は?」
「自分勝手なのはわかってるんだけど」

寂しいって、言った?
恥ずかしそうに視線を伏せていて耳まで赤くなっている。
だからっておおっぴらにするつもりは今のところないから、今度部活が早く終わるときにどこか遠出してデートに誘おうと心に決めた。




「飛雄」となまえが呼び捨てで呼ぶ後輩が入ってきた。
天才セッターなんて呼ばれているすごい奴で中学が一緒だったらしい。
同じく入部した日向もなまえに懐いているし、月島と山口にももちろん同じように気を配るから必然的になまえが俺や他の上級生と接する時間が少し減った。

「スガ?なんかあった?」

だけどこうやってひとりひとりの変化に気付いて声をかけてくれる。
それが俺だけにじゃないことくらいわかっているけれど。
なまえの問いかけの答えで何もないといえば嘘になるけれど、今部活の時間にマネージャーとして接してくれているなまえに言うようなことは何もない。
影山とか日向に妬いてました、なんて言えるわけがない。

「いや……うん」

だけど涼しい顔をしてなんでもないとなぜか言えなくて、そう言った俺になまえが眉を下げた。

「なまえが最近一年にかかりっきりだから」
「え?」
「羨ましいなって。影山のことなんて呼び捨てだし」
「飛雄は中学の後輩だから……」
「うん。わかってるんだけど」

情けなさすぎて顔を見れないし、俺の顔も見ないでほしい。
三年になった俺はある程度自分のことは自分でできるし、手がかかるのは一年のほうなのは理解できる。
嫉妬したなんて言えないと思っていたけれど俺の今の態度で十分伝わってしまったらしい。
顔を俯けていたらぽんっと頭に何かが乗っかった。
乗せられた何か、なまえの手が優しくぽんぽんと俺の頭を撫でた。
そろりと目だけでなまえのほうを見たらやっぱり眉を下げていたけれど、口元はゆるく口角があがっている。

「なんで笑ってんの……」
「え?拗ねてるのかわいいなぁと思って」
「……嫌じゃないの、俺けっこう理不尽に妬いてると思うんだけど」

うん?と首をかたむけたかと思ったら今度はゆるゆると髪を梳かすように撫でられる。
俺、多分汗で髪の毛ぎしぎしだと思うんだけどな。

「不謹慎?っていうのかなこういう時、わかんないけど嬉しいと思っちゃった」

ごめんねって言うくせに顔は全然笑っていて、かわいいのはそっちだろ。
まだ俺の髪で遊んでいた手を取って指を絡ませる。
これくらいしかできなくて、だけどこれだけのことで胸の奥がじんわりあたたかくなった気がした。
きゅっと繋いだ手に力を込めて弱い力で引いたらすんなりとなまえの身体が傾く。
体育館の外、扉の向こう側からは部員たちの声がするし下校時刻までまだ少しあるから他の生徒だって通るかもしれない。
ほんの一瞬だけなまえの背中に腕を回した。
怒られるかもなぁなんて思ってすぐに離したのに「もう終わり?」なんて言うのはずるい。

「……人が我慢してるのに」
「わぁ、すごい溜息つかれた」
「今度ちゃんと二人のときにさせて」
「うん」

膝の上にあった小さな手をそっと握る。
なまえがそんなことを言うからほんの少し気がゆるんで、隣合っていた肩に弱くもたれかかった、その時。
バンッと大きな音がして体育館の扉が全開になった。

「わぁ〜〜?!」
「日向?!」
「え、びっくりした……」

いつものように階段を全飛ばしする勢いで飛び出してきた日向が俺となまえに気が付いてキキーッと急ブレーキのごとく止まった。
咄嗟のことで俺もなまえも手を繋いだままだということを忘れて振り返ったら、日向が俺たちの顔と手を交互に見て口をパクパクさせるから慌てて離す。
今更遅いなんてことは後で気が付いた。
日向は混乱したような表情で顔を真っ赤にさせて「す、すみません!」と体育館のなかに駆け戻って行く。
俺となまえは呆気に取られていたら、体育館の中からまたデカい声が聞こえてきた。

「スガさんとなまえさんが!外で!」
「おいバカ日向!」
「今はやめとけって言ったんだけどなぁ」

田中がいさめて旭がのんきに答えていてこれはまずいと立ち上がる。
二人で体育館に戻ろうと足を踏み出したものの、次に聞こえた月島の声で俺もなまえも動きを止めることになった。

「誰がどう見ても付き合ってるってわかるでしょ」

今更何を、と日向のことを鼻で笑うように言っているではないか。
……今まで部員たちにバレないように気をつかっていたのはなんだったんだ。
まだ入部して数ヶ月の月島にもバレていた。
横で固まっているなまえのほうを見ると顔を真っ赤にさせている。

「……なまえ?」
「誰がどう見てもだって」
「あー、うん」

ならもうコソコソする必要もないし、朝練のとき寒そうななまえにジャージ貸したり、昼飯一緒に食べたり、部活のあとふたりきりで帰ったり。
そういうことをしてもいいってことだよな。
「どうしよう」と動揺しているなまえをよそに、俺はこっそり日向に感謝してしまった。



(2022.07.20)

スガさん派だったみなさまへ。



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