52.ファンファーレ

『さあ、間もなく始まります!東京オリンピック、バレーボール!日本対アルゼンチン戦!』
『注目のひとつはアルゼンチンでセッターを任される彼ですね』

昔の仲間と集まってテレビをつけると熱のある実況と解説者の声が流れた。
本当は会場にいたかったけれどさすがにチケットが取れなかった東京オリンピックの試合を観るために田中の家に集まっているのだ。

「大地ビールでいい?」
「おう、サンキュー。唐揚げもうすぐ揚がるぞ」
「既に美味いにおいがする」
「大地さん皿出しておきますね」

田中が気を回してくれるのに大地が礼を言うと、清水……今は田中だけど清水が田中と一緒に皿を並べてくれる。

「なんかいいな」
「は?何が?」
「こうやって集まれてみんなであいつらの試合観るってさ。高校生の時には想像もつかなかったけど」
「全員来れたらよかったっすけどね」
「旭と西谷はエジプトだろ?」
「え、北極に現地集合って言ってなかった?」
「どっちにしろビュンが過ぎる」
「なまえは会場だって」
「まぁそっか」
「すげーよなぁ、そこが一番まさかかもしれん」
「だな」

影山がいつか日本代表に選ばれる未来はなんとなく想像できていたし、日向は何をやらかしても驚かない。
妖怪世代と言われた俺らの代から今回のオリンピックに出場する日本代表チームに多く選出されたことも誇らしさでいっぱいだ。
だけど一番驚いたのは、多分みんな同じところ。



『名将ホセ・ブランコを代表監督に迎え、』

いよいよ始まるぞというタイミングでアルゼンチンチーム紹介映像が流れる。
現在世界ランキング四位だという強豪国で日本代表は二連敗中。
そんなことをアナウンサーが言ったあとに画面が見知った顔を映した。

『アルゼンチン代表のセッター、オイカワ』
「うお、及川映った!」
「そりゃ試合出るなら映るだろ」
「相変わらずいけすかねー顔っすね!」
「あっなまえ」
「なまえさん〜!日本代表のユニフォーム着てるじゃないですか!」
「はは、まじだ!」
「及川こういうの怒りそうだな」
「わかる、心狭そう」

アルゼンチンチームの代表が紹介され、及川の経歴のあとに観客席にいたなまえが映った。
スポーツ中継で映り込んだ人が綺麗だったなんてたまに話題になるけれど、カメラマンはどこまでわかって撮っているんだろうか。
おそらく会場にあるモニターにも同じ映像が流れていて、自分が映ったことに気が付いたなまえが慌てたように持っていたタオルで顔を隠した。
そのタオルは日向のもので、ということは着ているユニフォームは影山の背番号のものだろうな。
フェイスペインティングは日本とアルゼンチン両方の国旗を両頬にそれぞれしていたけれど。

何年か前にみんなで集まった時に付き合うことになったと報告を受けた。
その時にはもう及川は遠い外国の地にいて、及川となまえがそういう関係になるには簡単ではない決断があったんだろうと想像がついた。
結婚しないのかと本人に聞いたこともある。
そのときは驚いたような顔をしていたけれど、 中学の頃から浅からぬ縁のあった相手と成人してから付き合うことになって社会人になっても関係が続いているとなったら結婚とか意識すんのかなって思うだろ。

高校生のとき、俺はなまえのことが好きで。
一度好きになった相手のことはやっぱり今でも特別大事に思ってしまう。
未練がないって言ったら多分嘘になるし、なまえが幸せでいてくれないと嫌なんだ。
それが俺じゃない男の隣でも笑っていてほしい。

「なまえさん、恥ずかしそうにしてましたけど楽しそうでしたね」

うん、俺にもそう見えた。
及川がアルゼンチンに行くと教えてくれたときも遠距離恋愛でしんどそうにしていたときも、今にも泣き出しそうだった表情をしていたことを覚えている。
俺ならそんな顔させないなんてかっこつけたことを言えるわけもなくて、俺なりに背中を押せるよう言葉を探すのに必死だった。
いつだって俺の、俺たちのそばで支えてくれていたなまえは今じゃアルゼンチン代表選手のパートナーとして人生を共に歩んでいるなんて及川のことを羨ましいという感情はとうに飛び越えてしまった。

「うん。俺たちも会場行きたかったな」
「スガ、会場にいたら感極まりすぎて号泣するだろ」
「日向と影山が仙台で初めて凱旋試合したときすごかったらしいもんね」
「いやーだってあれは泣くだろ?」
「入部するのにも一苦労だったあいつらがプロだもんな」 
「それで日本代表」
「からのオリンピック」

この会話何回目?と清水がツッコんでくれて笑いが起きる。
あぁ心地良いな。
試合開始のアナウンス、会場にいるなまえはきっと両手でぎゅっとタオルか応援用のバルーンを握りしめているんだろう。
俺は日本が勝ちますようにと思っているけれどなまえはどうだろう。
どっちが勝っても多分「良い試合だった」って笑うんだろうな。






「それでは本日のMVPに選ばれたトオル・オイカワ選手にお話を伺いたいと思います!」
「いや、トオル・オイカワって言いにくくないですか?及川徹でいいですよ」
「そうですか……?」
「はい。ここは日本ですしそのほうが親しみを持っていただけるかなと。あわよくば日本選手よりも僕のほうが活躍してたなと思ってもらえたら嬉しいですね」
「なるほど、それではこの場では及川選手と呼ばせていただきますね」
「はい、よろしくお願いします」

因縁の対決、なんて思っているのは俺と日本代表の数人だけかもしれない。
あとはテレビの前にいる中学や高校時代の仲間たちとか?
会場に来てくれているのはなまえくらいだ。
それぞれ仕事とかあるしそもそもチケットを取るのも大変らしいからこの場にいない旧友たちに対して薄情だとかは思わない。

オリンピックが東京で行われると決まった時、身体の中から震えるような思いがした。
その場に立ちたい、コートで戦いたい。
アルゼンチンに発つことはもう決めていたから2020年に自分がどこにいるのかなんてわからなかったけれど目指すところは変わらないのだと思えた。
周りの理解を得るのは大変かもなと思っていたけれど、アルゼンチンの国籍を得ることを話したとき家族も近しい人も驚きこそしたけれど誰一人反対しなくてなんだか泣きそうになった。
どこにいても俺は俺だし、バレーボールが好きだった。

「アルゼンチン代表である自分を誇りに思いますし、同時に生まれ育った日本でこの舞台に立つことは自分一人では叶えられなかったなとも思います」
「日本のファンにメッセージをいただけますか?」

ひとつ頷いてぐるりと会場を見回す。
歓声をくれるのは日本とアルゼンチンのファン、どちらもだった。

「みなさん、試合は楽しんでもらえましたか?」

問いかけると大きな拍手が返ってくる。
あたたかいなぁと思うと自然に笑顔になれた。
試合の疲れなんて吹き飛ぶ、なんならもう一試合したっていいな。

「僕もすごく楽しかったです」

関係者席がかたまって座っている方に目をやるとアルゼンチンのユニフォームを着ている人たちのなかに真っ赤なユニフォームの日本人がひとりだけ混ざっているのがここからでもわかった。
日本代表のユニフォームを着て、日本代表の応援タオルを持っている。
俺が拗ねるのわかってるくせに。

「母国開催のオリンピックに出場できてこうしてみなさんからあたたかい拍手をもらえることを本当に嬉しく思います」

オリンピックに出ること、世界で戦うことはひとつの目標だった。
その過程に叶わなかった夢もあるけれど得たものもたくさんある。
出会ってきた全部に意味があったのだと、意味あるものにするのだと前を向いてきた。

「日本代表のメンバーは高校時代に対戦したことがある選手もいて。負けたり勝ったり、負けっぱなしだったり」

日本代表のベンチのほうへ目を向けると各々ストレッチをしながらだけど聞いてくれているようだった。
穏やかな関係じゃない奴ばっかりなのに清々しい気持ちになるんだから不思議だ。

「悔しい思いもたくさんしてきたけれど支えてくれた人がいたからここまで来れました」

信じてるよ、といつも試合前にチームメイトに声をかけてきた。
同じように仲間たちからの信頼も得てきたつもりだけれどなまえには信じてほしいなんて簡単には言えなくて、俺のわがままについてきてくれたことに感謝してもしきれない。
一生かけて絶対幸せにする。
本人には恥ずかしくて今までこんなに大きな気持ちの半分も伝えて来なかった気がするけれど。

「家族や妻にこの場を借りてお礼を言わせてください」

くさいかなぁと我ながら思う。
客席に目を向けるとタオルで口元を隠しているなまえが隣に座っているチームメイトの奥さんに肩を抱かれていた。
あれは泣いてるだろうな、俺も泣きそうだ。

「信じてくれてありがとう」

たくさんの歓声が身体を包んだ。
まるで祝福のファンファーレみたいでこんな夢みたいな幸せなことってないな。
なまえも同じように感じてくれたら嬉しい。
だからどうかこれから先もずっと俺の隣にいて同じ景色を見てほしい。
愛してるよの言葉は、ふたりきりのときに伝えるから。



(2022.07.20)

お読みいただきありがとうございました。
及川さんお誕生日おめでとうございます。



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