19.芽吹いたのはいつ

ハルと真琴の中学時代の同級生とは俺も会ったことがある。
よく集まるという喫茶店の話も何度か聞いたことがあったけれど足を運ぶようになったのは一年くらい前だっただろうか。
ケータリングで飲んだコーヒーが美味かったからというのもあるけれど、もっと興味深い理由があった。


「あれ、凛くん一人って珍しいですね」
「真琴いなくて悪かったな」
「別にそういう意味で言ったんじゃないですよ、奥のお席空いてるのでどうぞ」

真琴の名前を出してみたけれどさらりと流されてしまう。
あいつ、脈ねぇんじゃないかなと本人にはとても言えないことを考えながらなまえの背中についていき席に座った。
コーヒーだけを注文したらすぐになまえが出してくれて「よかったら」と言いながらクッキーをくれるのもすっかり定番になっている。

「サンキュー」
「どういたしまして」

ふわりとなまえが笑う。
真琴が見たらデレデレしそうだ。

「なまえさ、」
「はい?」
「クリスマスどうだった?」
「えっ」

店はそんなに混んでいなくて、少しくらいの雑談なら問題なさそうだ。
クリスマス、俺たちは毎年恒例になっているライブを行っていたけれどなまえは用事があると言って来なかった。
真琴がいたら聞けねぇけどなまえがどんな相手と付き合っているのか偵察……なんて言ったら言い方が悪いだろうか。
驚いたようななまえの声は他の客には聞こえていないはずなのにしまったというようにトレーを持っていない手で口元を押さえている。

「どうって……」
「楽しかった?」
「うん…え、なんで?凛くん知ってるの?」
「は?デートだったんだろ、彼氏と」
「いや、あの……クリスマスは違う用事で」

あからさまに動揺したあとに、わかりやすくホッとしたように息をつく。

「用事?」
「はい……えっと別に普通に楽しかった、です」

慌てているのが隠せていないくせに普通に楽しかったってなんだ。
ぜってー何かあっただろ。

「あ、なまえちゃんのライブの話わたしも聞きたかったのよ」
「茜さん……!」
「ライブ?なんか観に行ってたのか?」

ちょうど近くのテーブルを片付けに来たらしい茜さんがライブというから思わず聞き返す。
俺たちのクリスマスライブはチケットが外れたのかもしれないけれど、他のグループの?と内心おもしろくない。

「あれ凛くんに言ってなかったの?」
「…はい……」

何か余計なことを言っただろうかと茜さんが眉を下げた。
どういうことだと目線でなまえに返事を促したら言いにくそうに口を開く。

「ライブ、実は観に行ってました」
「は?なんの?」
「STYLE FIVEの……」

なんでそんな気まずそうなんだ、っつーか普通に観に来るって言えばいいだろ。

「真琴くんに言わないでね」
「いやなんでだよ」
「CD、もらっちゃって」
「CD?ライブで先行販売した?」
「はい。自分で買える状況なのにもらっちゃったの申し訳ないなぁって」

ライブの物販で先行販売したCDは、身内に渡しても良い分っつーことで事務所からもらっていた。
それを真琴はなまえに渡していたらしい。

「ライブ行かねぇってなんで嘘ついたんだよ」
「えっと……」

困ったようになまえが目を泳がせたあとに俯く。
何か事情があると察した茜さんが気遣わしげに俺たちを見ているけれど他の客の会計に呼ばれてしまった。

「あっ茜さんすみません、お会計わたし行きます」
「大丈夫よ、凛くんもごゆっくりどうぞ」

茜さんがぽんっとなまえの肩に手を置いて戻って行く。
俺としてはありがたいけれど取り残されたほうは言葉を探すのに苦労しているようだった。

「そんな大げさな理由があるわけじゃないんだけど、」

こっちだって別に問い詰めたいわけではない。
単純に嘘をつかれた理由が気になるだけなのに眉を下げたなまえの表情に悪いことをしているような気になる。

「なんて言うか……」
「そんな言いにくいことなのか」

こくりと頷かれてこれ以上聞けねぇなと思ったら真琴くんには言わないでねともう一度言ったあとにごくごく小さな声で言われる。

「ずるいファンになりたくないなと思って……」

ずるい、に当てはまるのは真琴がCDを渡したことかと思ったけれどライブに行かないと言われたのはそれより前だ。

「そんなこと言ったら今凛くんとこんな風に話してるのもずるいんだけど」
「俺らがまろんに来てるのは俺らの意思だしずるいとかじゃねぇだろ」
「でも、」
「なまえがいて嫌なら来てねぇよ」

思ったことを言っただけなのに「ありがとう」と返ってきた声が弱々しい。

「何かあったのか?話くらい聞くけど」
「凛くんに言うようなことは特にないんだけど……」
「俺らのライブ来ないって嘘つかなきゃならないことなら無関係じゃねぇだろ」

触れられたくないところに踏み込むような真似はしたくないけれど今にも泣き出しそうな顔をされたらこの話を終わりにできなかった。

「なまえ今日シフト何時まで?」
「……あと三十分です」
「そのあと用事は?」

店の閉店時間まではまだ二時間ある、もう年末だからかまろんの客足は落ち着いていて俺が勤務後のなまえと話していてとがめるような人もいないだろう。

「……ない、けど」
「じゃあ終わったら話そうぜ」

きゅっと唇を噛んだなまえがどうしようかと悩んでいるようだったけれど「はい」とだけ言って接客に戻って行った。
強引だった自覚はある。




「で?何がずるいって?」
「いきなり……?」
「まどろっこしく聞いてたら店閉まりそうだからな」

自分のぶんのカフェラテを持ってなまえが俺の前に座った。
凛くんもおかわりどうぞ、とコーヒーをくれたからありがたくもらう。

「いろいろ……真琴くんとか凛くんが来てくれて話してくれるのも、CDのことも。やっぱりファンっていう立場なのによくないなって」
「俺たちが来るの、なまえは負担か」
「そんなこと…素直に嬉しいなっては思うけど、真琴くんが良くしてくれると申し訳ないなっても感じちゃって……」
「真琴の優しさがしんどいっつーんならまぁわからなくもねぇけど」

真琴はなまえのことが好きだし、気にかけているし、叶わないなりにきっと優しく大事にしたいと思っているはずで。
真琴の本心を知らずにそれをファンとして受け止めるのは思うところがあるのかもしれない。
だからってなまえが離れていってしまうことになるなら真琴だって悲しむし、そうなれば俺だって黙って見ていることはできねぇなと思う。

「優しさがしんどい……?」
「違ったら悪い」
「ううん…そうなのなもしれないなって。真琴くん、わたしにもすごく優しくてそれがたまに苦しくなります」

両手に持ったカフェラテになまえが視線を落とす。
きゅっと唇を噛むなまえの顔はなんというか真琴が見たらまた想いが募りそうなもので、もしかしてとひとつの可能性が俺の中で浮かんだ。

「苦しい、ねぇ」
「……変ですよね」

弱々しく笑う顔を見て自分の眉間にシワがよるのがわかる。

「てかお前彼氏は?イヴもクリスマス当日も会わなかったのかよ」
「彼氏とは、別れて」

おい、聞いてねぇぞ。
いや俺に報告する義務なんてねぇんだけど。

「……理由聞いてもいいか」
「他に好きな人ができちゃったから」
「なまえに?」
「……わたしに」

目線を落としたなまえが手の中のカップを所在なさげに見つめている。
俺の方を見ずに言う声には抑揚がなく聞こえた。

「どんな奴?なまえの好きな男」
「……秘密」
「はぁ?」
「だって言っても知らない人ですよ」
「知らねぇから気軽に言えることもあんだろ」
「ていうか話がすり替わってる……」

すり替わってると言った声が嘘くさく聞こえたのはなんとなくだった。
さっき浮かんだ可能性は俺の願望にも近くて、深く息を吐いたのは自分で気持ちを落ち着けるためで落ちてきた前髪をかきあげる。

「違ったら悪いっつーか忘れてほしいんだけど」
「?はい」
「お前の好きな奴って真琴?」

たとえばここできょとんとされたり、いきなり何をと笑い飛ばされたら真琴には悪いけれど脈ねぇんだなとこの話は終わらせるつもりだった。
俺たちのライブに来ないのだってこいつの自由で、ファンとしての姿勢を正したいとか真面目なことを言うところも嫌いじゃねぇと思う。

だけど息をのむような表情をして、どう答えようか困っている目の前のなまえを見たらもしかしてという過程の話が現実味を帯びた。

「えっと……真琴くん…?」
「そう」
「STYLE FIVEのみんなのことは、うん、好きだよ」
「そうじゃねぇよ。男として」

これは俺が聞くことじゃないかもしれない。
もし俺の考えが当たっているなら、次になまえから出てくる言葉を聞くのは真琴であるべきだ。
なんと答えるべきかまだ迷っているみたいだけれど迷うのも目が泳ぐのも答えを物語っているみたいだった。

「嘘つかなくていいからな」
「………凛くん、引かない?」
「おう」
「絶対に誰にも言わない?」
「言わない」
「絶対?」
「絶対」
「……わたし、」

なんでそんなに泣きそうな顔をするんだ。
見てるこっちが苦しくなる。
そんな表情で言うことじゃねぇだろ。

「真琴くんのこと好きになっちゃって、」

どうしよう、と言った拍子にぼろっとなまえの目から涙がこぼれた。

「おい、大丈夫か」
「ごめんなさい……」
「なんで謝んだよ。あー…悪い、ハンカチ俺が使ったのしかねぇ」

リュックからポケットティッシュを出して渡したら「凛くん、几帳面って本当なんだ」と鼻をぐすぐす鳴らしながら言う。
俺が泣かせたみてぇで内心焦りがやばい。

「なんでわかっちゃったんですか?わたしが、真琴くんのこと……」

好きって、と自分で言ってめちゃくちゃ苦しそうにするからあぁこいつずっとひとりで抱えてたんだなと思った。
わかったっつーか半分そうならいいのにと思ってしまったからだけれど、なまえには「なんとなく」とだけ返す。

「応援してたアイドルのこと本当に好きになっちゃうなんてバカみたいって思わない?」
「思わねぇよ。……なまえはアイドルとしての真琴を好きになったわけじゃねぇだろ」
「アイドルとしての真琴くん……」
「それはそれで応援してくれてたんだろうけど」

うまく言えねぇけど、アイドルとファンって立場でしか会わないならなまえに真琴を好きと言われても俺だってこんな気持ちにはなってない。
真琴はこいつが好きで、なまえも真琴を好きならふたりの想いを尊重したいと思ってしまう。
本人同士だけじゃまとまりそうにもないから余計に。
好きになってしまって苦しいなんてファンとしての在り方に真面目すぎんだろ。

「なまえはここで普段の真琴を見て好きになったんだろ」
「……うん」
「だったら引いたりバカみてぇなんて思わねぇ」

もちろんアイドルしてる真琴くんも好きなんだけど、ってそんなこと付け足さなくても知っている。

「この前、クリスマスイヴにね、真琴くんに会ったんです」
「まろんでだろ?」

クリスマスイヴ、ライブのリハ後に真琴が一人でマネージャーの車から降りてどこかに出かけていた。
まろんに行ったというのは後から真琴に聞いたけれどそのときにCDも渡したんだろう。

「駅でたまたま会って、まろんまで一緒に来て」
「へぇ」
「自分のなかで真琴くんとの距離感がおかしくなってて」

それは真琴のせいもあると思うけれど黙って聞く。
ぽつぽつとこぼすように話す声は涙まじりで他の客がいなくなっていてよかったなと思う。

「そもそも、彼氏と……別れちゃったんですけど、その人と付き合おうと思ったのも真琴くんが理由で」
「どういうことだよ」
「ちょっと前に真琴くん共演者の子と噂になったときに、あぁやっぱりそうだよなって」

ぎゅっと唇を強く噛む。

「わたしも真琴くんばっかり見てないでちゃんと恋愛しないとダメだって思って。そのとき告白してくれた人と付き合ったんです」

最低ですよね……と話す瞳にまた涙が溢れて慌てて拭っている。
ということはなまえもその頃から真琴のことを恋愛的な意味で好きになっていたということだろうか。
自分で自分の想いにフタをして結局苦しさが増してるとか、聞いているだけでしんどい。

「真琴くんも凛くんも優しいけど、やっぱりまろんのバイト辞めようかなとか考えてて。真琴くんが次来てくれたらどんな顔したらいいかわかんないです」
「別に辞めなくていいし真琴にもいつも通りでいいんじゃねぇの」

さすがに真琴もなまえのことが好きだから大丈夫だなんて言えないし、両想いだから全部解決ってわけでもねぇ。
自分で選んでこの仕事をしているし自由に恋愛をできないことを嫌だと思ったことはないけれど、ままならなすぎて俺までモヤついてしまう。

「今の話、秘密にしてくださいね、絶対」
「わかってる」

もし今この瞬間に真琴が店に来たら、俺がなまえを泣かせていると勘違いされるだろうか。
そしたら全部話して無理矢理でもおさまるところにおさめてやるのに。
なんて、そんな出来もしないことを考えてしまった。


(2022.02.19)




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