18.君のもとへ

明日のクリスマスライブのリハーサルが全て終わっていつものようにみんなで車に乗り込む。
少し違うのは俺が「途中の駅でおろしてください」とお願いしたことだ。

「わかりました…けど、橘さんご予定あるんですか?」
「まこちゃんデートでしょ?!」
「渚!違うってば!」

西村さんが誤解するだろと訂正して運転席に座る西村さんの顔を見たら苦笑いだった。

「デートではなくても日が日ですし周りの目は気をつけてくださいね」
「はい……」

俺たちももう子供ではないから個人的な予定について口出しをされることはほとんどない。
「日が日ですし」というのがライブ前日ということとクリスマスイヴということの両方を指しているのは言われずともわかる。
渚はまだ何か聞きたそうにしていてそれを怜がなだめていて、ハルと凛は窓の外を見たり携帯に視線を落としたりと素知らぬフリをしてくれていた。

会場から少し離れた駅の近くで降ろしてもらって電車に乗った。
帽子をかぶってメガネをかければ意外と気付かれないし今日はイヴだからみんな一緒にいる人と楽しそうに喋っていて周りをうかがう様子はない。
数駅を通り過ぎて目的の駅で下車、改札を出ても駅を出ても誰にも気付かれるどころか目も合わずにここまで来れた。
まろんのある駅はクリスマスにわざわざ遊びに行くような場所はないからいつもと変わらない程度の人の流れでそれにもホッとする。

……なまえちゃん、いるかな。

すっかり日が落ちて暗くなった空を見上げる。
クリスマスイヴの東京は一年で一番晴れる確率が高いってこの前天気予報で言っていた。
雪が降るほど寒くはなくて、だけど吐いた息は白い。

「真琴くん?」

少しひそめるように小さく呼びかけられて一瞬空耳かと思った。
まさかそんな都合のいいこと、と振り返ったら会いたいと思っていた女の子が両手に買い物袋を持って立っていた。

「…なまえちゃん」
「やっぱり真琴くんだ。こんなとこでどうしたの?もしかしてまろん行くところだった?」

首を傾げて見上げられて、何かが込み上げるみたいに喉元がぎゅうとなる感覚がする。
会えるかなんてわからなかったのにどうしてこんなところにいるんだ。

「うん…なまえちゃんは?」

このまま彼氏の家でご飯を作るとか言われたらどうしようと思いながらも会話の流れで聞いてしまった。
内心でびくびくしていたらなまえちゃんが持っていた袋を少し上にあげてガサという音が鳴る。

「まろんの買い出しで。今からお店戻るよ」
「そっか、じゃあ…一緒に行こっか」

自然に言おうと思ったけれど少し言葉に詰まってしまった。
俺たちはまろんとイベント会場でしか会ったことがなくて、目的地がいつものまろんだからって外を歩くのは良いことではないんだろう。
再会した時にまろんから駅に送ると言ったら断られてしまったし。
今回もダメって言われたら落ち込む。
だって前とは違うんだ。
なまえちゃんのことが好きだと気が付いてしまった。

俺よりもだいぶ低いところにあるなまえちゃんの瞳がそろりとこっちを向く。
返事は、小さな声で「うん」とだけ返ってきた。

「えっ…いいの?」
「だって同じ場所行くのにわざわざ別々に行くのも変かなって…そんなに人いないし」

巻いているマフラーに口元を埋めるようにうつむいたなまえちゃんの声はくぐもっているけれど不思議なくらいはっきりと耳に届く。

「うん。じゃあ」

行こう、と一歩進むと隣に並んでくれる。

「荷物持つよ」
「いやいや、悪いです」
「俺両手空いてるよ」
「でも重いし」
「うん、重そうだから持たせて」

本当は両手にある袋をふたつとも渡してほしかったけれどさすがに遠慮されてしまうかなとひとつだけ。
なまえちゃんがおずおずと差し出した手から受け取った。
知り合ってから…というかなまえちゃんが俺のファンになってくれてからもう何年も経っているけれどこんなこともちろん初めてで右手と右足が一緒に出そうだ。
ドキドキと心臓がいつもよりも早く動いているのがわかる。

「真琴くん、まろん来るとき電車が多いの?」
「そうだね。マネージャーさんの車で来るときはあんまり近くで降りないようにしてる」
「そっか。気付かれちゃわない?」
「それが一回もないんだよね」
「えっ嘘だぁ」
「案外気付かれないよ」
「声掛けてこないだけじゃない…?」
「いや、そういう子はなんとなくわかるもん」
「でもわたし、真琴くんだってわかっちゃったよ」

何気ないやりとりのなかでも、なまえちゃんが俺のことを心配してくれているのかなと伝わる。
俺も、きっとなまえちゃんがどんな格好をしていてもなまえちゃんだって気付くと思う。
好きの種類が違ってもそんなところは同じなんだな。

「街で自分の好きな芸能人見かけたって話たまに聞くと羨ましいなぁって思ってたんだけど、」
「うん」
「まろんで会えるようになってこんな風に話せてるって真琴くん好きになった頃のわたしに言っても信じないだろうなぁ」

小さく噛み締めるように言う息が白い。
他に歩いている人は少なくて、街が静かだから俺となまえちゃんの足音がこつこつと小さく響く。
なまえちゃんの歩幅に合わせたのもあるし、意識してゆっくり歩いたまろんまでの道はいつもよりも時間がかかったはずなのにあっという間でもっと二人で話したかった。
寒いねって言う声がすごく好きでこれ以上望んじゃいけないのにな。

「わたし裏口から入るから、またあとでね」
「あ…うん。……待ってなまえちゃん」
「うん?」
「えっと、俺も裏口まで行ってもいい?」
「いいけど、なんで?」

なんで?と不思議そうにしていてそりゃあそうだよな、と苦笑いしてしまう。
ちょっと、とかなんとかごまかしながら裏口に移動してリュックから今日ここに来た目的のものを取り出した。

「これ、渡したくて」
「…CD?」
「うん。明日のライブで販売するんだけどなまえちゃん来ないって言ってたからよかったら」

本当はもう俺たちの楽曲には興味がなくなってしまった、なんてことはないと思いたい。
押し付けがましくならないように深い意味を持たせないように言葉を重ねる。

「ブックレットとかクリスマス仕様でかわいいんだ」
「ありがとう……けどこれイベント限定なんじゃないの?もらっちゃっていいの?」
「うん、なまえちゃんにもらってほしい」

驚いたように目を丸くさせたあと、眉を下げてはにかむように笑うこの笑顔がいつからか恋しくなってしまった。

「大事にするね」
「よかったら曲も聴いて」
「聴くよ、もちろん。STYLE FIVEの曲大好きだもん」

俺のソロ曲も入ってるんだけど、なんとなく今は言えない。
用意する時間がなくて物販用の飾り気のない袋に入れたCDはクリスマスプレゼントというには寂しいかもしれないけれどこれが俺の精一杯だった。
なまえちゃんが俺の渡した袋ごと大切そうに胸にぎゅっと抱きしめながらもう一度「ありがとう」と言ってくれる。
二人きりで歩いて、話をして。
こんな短い時間だったけれど十分すぎるくらいだった。





「なまえちゃんへ

いつも美味しいコーヒーありがとう。
まろんでの時間は俺にとって元気をもらえる大切な時間です。
なまえちゃんもこのCDを聴いて少しでも同じような気持ちになってもらえたら嬉しいな。
俺のソロ曲も入ってるからよかったら聴いてね。

橘真琴」


物販の在庫に混ぜるサインを書いたあとになまえちゃんへ書いたメッセージ。
気持ちがあふれないように悩みながら書いた。
家に帰ってブックレットを見たなまえちゃんはどんな顔をするんだろう。
喜んでくれるだろうか。
これ以上の何かが伝わっちゃいけないけれど、どこかで伝わってしまえばいいのにと思う自分もいた。
明日のライブでソロ曲を歌うときはきっとなまえちゃんのことを思い出してしまう。



(2021.12.30)


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