17.せめて歌にのせて

十二月二十四日、クリスマスイヴだ。
今日はライブのリハーサルしか仕事が入っていなくてみんな少しそわそわしていたような気がする。
スタッフさんも今夜は予定があるって人が多いんだろうな。

「まこちゃん、物販コーナー見に行こうよ!」
「え?もう設営できてるんだ」

お昼に用意されたケータリングを渚がすごい勢いで食べ終えたと思ったら声をかけられた。
普段のライブツアーでは楽屋の様子も撮影されていて、インタビューも合間にあるけれど今日はそれがない。
ファンクラブ限定のライブで、映像化される予定がないからだ。
会報用の撮影はあるけれどそれは明日の本番前にやるスケジュールになっていた。

ハルはマイペースにご飯を食べていて、怜と凛は進行の確認。
まこちゃん早く、と急かされて残っていたスープを飲み干した。

「おぉ〜やっぱりグッズかわいいねぇ」

見本としてショーケースに飾られている小物類やブロマイドを眺めながら渚が言う。
毎年このイベントはいつものツアーよりもグッズが少ない。
普段使いしやすいもののほうがいいよね、と冬ならではのブランケットやもこもこのスリッパが採用された。
それと、ファンクラブ限定のCD。

「見てみて、CDのジャケットやっぱりクリスマスっぽくしてよかったね!」

今回のイベントで先行販売をして、事後通販も行う予定のCDには俺が映画のために書き下ろした曲も入っている。
後々シングルにもカップリングとして収録されるけれど、クリスマス仕様のジャケットは一般流通はしないらしい。

「そうだね。喜んでもらえるといいな」
「絶対みんな買ってくれるよ!事務所の人が在庫たくさん用意しましたって張り切ってた」

各グッズとも購入の個数制限があってCDは一人一枚しか買えないことになっている。
欲しいと思った人が買えるといいねと渚と言い合っていたら、マネージャーの西村さんがやってきた。

「お疲れ様です、西村さん」
「お疲れ様です。グッズ見てたんですか?今回も良い感じですよね!」
「ですね。ありがとうございます」
「ねぇねぇ、CDにシークレットでサイン入れるってどうかな?」

俺と西村さんがひとことふたこと話しているあいだに渚が手のひらと手のひらをパンっと合わせて言った。

「サイン?」
「うん、五人のサイン!今から書くんでも数枚だけなら時間もかからないし」

どうかな?と渚が西村さんを見上げる。
マネージャーの一存では決められないだろうから目を丸くしたあとに「ちょっと確認しますね」とどこかに電話をかけに行ってくれた。

「渚らしいアイディアだなぁ」
「そうかな、嬉しくない?サイン入ってたら」
「うん、そうだね」

グッズ販売は明日の十時からだから用意する時間は問題ないしファンのみんなが喜んでくれて買うか悩んでいた子も手に取るきっかけになるかもしれない。
来場者全員が買ってくれても余裕があるくらい在庫は用意してもらっているから、今日中にお知らせができれば大丈夫だろう。
そのままグッズコーナーで渚と話し込んでいたら数分して西村さんが戻ってきて「サインの件、OK出ました」と親指を立てた。



「みんな〜!このCDにサイン書くことになったよ〜!」

渚と俺、西村さんが控え室に戻ったら三人が何事かと目を丸くした。

「サイン?」
「うん!物販で先行販売するCDにサインしていいよってニッシーが!」
「発案は葉月さんですけどね」

ニッシーこと西村さんが謙遜したように笑ってCDを机に置いた。

「CDに五人全員のサインを入れて、限定十枚だけシークレットということで在庫に混ぜることにしました」

ファンの方には明日まで秘密にしてくださいね、と補足が入る。
「あとこれは元々お渡しする予定だったんですけど、」と紙袋をまた机に置くと今度は重たそうな音がした。

「みなさんの分のCDです。限定ジャケットなので身内の方とか業界の方とか、配る方は近しい人だけにしてください」
「はーい!」

紙袋のなかにはCDが入っていて、それぞれ持ち帰っていいとのことでご丁寧に持ち帰り用の紙袋が五枚入っている。
渚が元気に返事をして俺たちも後に続いた。

休憩中に失礼しました、と西村さんが出て行ってから早速サインを書いたけれど十枚だけだからあっという間に手が空いてしまった。

「まこちゃんはこのCD誰に渡すの?家族でしょ、彼女さんでしょ、あとはー…」
「ちょっと待って渚…?」
「えっなぁに?」
「彼女って誰のこと?」
「知らないけど。あっこれから彼女になる予定の子?」
「いや、だから」
「え〜誰かはわかんないけど、最近まこちゃん絶対何かあったよねって怜ちゃんと話してたんだよ。ねっ怜ちゃん!」
「渚くん…それは真琴先輩から話してくれるまでは黙っていようと話したじゃないですか…」

渚だけじゃなくて怜まで、なんのことだかわからないけれど勘違いをしているらしい。
彼女なんていないし、彼女になる予定の子だっていない。
…何かあったというのは否定できないけれど、とにかく渚が言うようなCDを渡す相手なんていない。

「でもさぁ、凛ちゃんとハルちゃんは知ってるみたいなのに僕と怜ちゃんは知らないのって寂しくない?」

そう言うと渚が首を少し斜めに傾けて上目遣いで俺を見た。
ファンのみんなが見たら間違いなく黄色い悲鳴があがるだろう表情に俺の背筋には冷や汗がつたいそうだ。
凛は苦笑していてハルは呆れた顔を一瞬したけれどサインを書くために椅子に座る。
ハルのマイペースさがありがたかった。

「えっと、彼女はいないよ。しばらくできる予定もないかな」

ハッキリと否定しても納得した様子はないけれど、本当のことだ。
好きな子ならいる。
だけどこの先俺となまえちゃんが恋人同士になることはないだろう。
自分で考えて落ち込んだ。



みんなでCDにサインを書いて、自分が持ち帰る分を袋に詰めたらすぐに後半のリハが始まる。
渚と怜がデュエットコーナーの進行確認で先に呼ばれた。
楽屋に残った俺たちもいつ呼ばれてもいいようにしているけれど、目の前にあったCDを手に取ったのはなんとなくだった。
パカ、と音を立ててジャケットをあけると真新しい歌詞カードとぴかぴかの円盤が収まっている。
歌詞カードは限定盤らしくクリスマスパーティーをひらいている俺たちがポーズを決めていた。
集合のショットはパーティー中のわいわいとした雰囲気の写真で、ソロカットはクリスマスデートをテーマにそれぞれ撮影をした。
いつもよりも綺麗めな服を着てプレゼントの箱を手に微笑んでいる写真の自分と目が合う。

(……デート、かぁ)

なまえちゃんは明日、多分彼氏とデート。
どんな服を着て、どんな髪型で、どこに行って何をするんだろう。
特別なことはしなくていいと言っていたから写真の中の俺みたいな男と並んで歩くのは、きっとなまえちゃんの理想のデートではない。

だけどやっぱり会いたいな、なんて思ってしまうんだ。
クリスマスは毎年仕事、恒例になっているライブがあって前日のイヴもリハーサル。
仕事が入るようになるまでは家族と過ごしていたから彼女や好きな女の子と過ごすなんて発想はなかった。
誰かにこんな風に会いたい思うこともなかった。
ただのなんてことない一日だと言ってしまえばそれまでだし俺が会いたいと思っていることなんてなまえちゃんは知らない。

……クリスマスだからとかじゃないんだ。
いつでも、ふとした時に。
会いたいなぁとか、何してるかなぁとか、誰といるんだろうかとか。
頭に浮かんでしまう。
これを恋って言うんだ。

控え室にかかっている時計を見上げて、残りのリハーサルスケジュールを手元の資料で確認する。
予定通りに終わればまろんの閉店時間には余裕で間に合う。
なまえちゃんが出勤しているかは聞けなかったけれど、行くだけ行ってみよう。
このCDを渡して、ソロ曲を聴いてほしいと伝えたらどんな顔をするだろうか。
いつもみたいに少しはにかんで頷いてくれたらそれだけで良いと思える気がする。
歌詞に込めた想いを伝えることはできなくてもそれくらいは許してくれるかな。


(2021.12.19)


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