ex. ねもはもある話

「明日、一緒に学校行こうぜ」

まさか自分がこんなことを誰かに言う日が来るとは思っていなかった。
なまえのことを好きになってから登下校を共にしたことは何度かあったけれど、偶然か運良く会えてということばかりだったのだ。
朝はそもそも登校時間が人よりも遅い。
間に合うように寮を出る日は、咲也と真澄と一緒のことがほとんどだからなまえを見かけても声をかけないかかけても挨拶だけ。
下校時はなまえが誰かしらといるからなかなかタイミングがなかった。

だから、きちんと誘わないとなまえと登校なんて叶わないとわかっていた。
なまえに早く会いてぇなと思っていたし「いつも長期休み終わるの嫌だけど、なんかこの春休みは長かったなぁ」なんて言われたからかスルッと口をついて約束を取り付ける言葉が出たのだ。
電話の向こう側でなまえが「寝坊しないでね」と言う声が嬉しそうで柄にもなく顔がにやけそうになった。



「……寝坊しないでって言ったのに」
「悪い、けどホームルームは間に合うだろ」
「そうだけど!やっぱり摂津くん起きてーって電話すればよかったね」
「モーニングコール?毎朝頼むわ」
「していいなら全然するけど」

俺から誘ったのに端的に言うと約束の時間に遅刻した。
だけど普段の俺からしたらめちゃくちゃ余裕のある時間に登校していて、周りの花学生が「摂津先輩だ、珍しい」なんて言っているのが聞こえてくる。
それと「みょうじ先輩と付き合ってるんだっけ」と言う声も。

「でも電話くらいで起きるのかなぁ、毎日寮の人が起こしてくれてるのに寝坊したんでしょ?」
「まぁな。けどなまえが電話くれたらぜってぇ起きるだろ」

なまえの通学カバンには、前に一緒に行った遊園地で買ったぬいぐるみのキーホルダーが付いている。
それを見ただけで少し頬が緩む。

「摂津くん寝起き良い?」
「良さそうに見えるか?」
「…電話しても寝ぼけてうるせーとか言われたらショックだからやっぱりモーニングコールはなしかな」
「なまえ、口悪いの似合わねぇな」

それ俺の真似?と聞いたら笑いながら頷くから、ぽんっと頭に手を置いて撫でた。
深く考えての行動じゃなかったけれどなまえの顔が少し赤くなって見上げられる。

「朝から心臓に悪い…」
「嫌だった?」
「嫌だったらやめてって言うよ」

あー……そっちこそ心臓に悪いってわかってねぇんだろうなぁ。
結局モーニングコールはしてくれないらしい。




「なまえ、どういうこと?!」
「おはよーまぁちゃん。えっなに?」
「何じゃなくて、他の学年まで騒いでるよ!摂津となまえが付き合い始めたらしいーって!」
「うん、そうだよ」
「聞いてない!!」
「今日言おうと思ってた」

だって春休み毎日塾だって遊んでくれなかったじゃん、となまえがクラスメイトと話をしている。
……話しているかもと思っていたのに言ってなかったのか。
教室に飛び込んできたそいつが俺の方を向いて眉をひそめる。

「…摂津」
「んだよ」
「……なまえのこと好きなくせに周り牽制するだけして告らないヘタレだと思ってた」
「は?」
「なまえめっちゃかわいいよね、わかる」
「おー…」
「わたしもなまえのこと大好きだから彼氏ができようが譲らないから」
「いや、お前も彼氏いんだろ」
「あはは、わたしもまぁちゃん大好き」
「ちょっとなまえ!今廊下でみんなウワサしてるんだけどー!」

………またうるさいのが増えた。
けどまぁ駆け込んできた友達を見て「みっちゃんまで」となまえが嬉しそうに笑ってるからいーか。




新学期初日は始業式と掃除、ホームルームだけで終わった。
今までならそれだけのために学校行くとか暇人のすることだろうと思ってた俺がしっかり最初から最後まで他の連中と同じように足並みを揃えていたことに担任が驚いていた。

下校時は偶然会えたらっつーことが多かったけれど今日は朝同様に約束をしていた。
我ながら浮かれてんなとは思うけれど、付き合ったばっかだし春休みろくに会えなかったぶん一緒にいたい…とまではなまえには伝えていない。

「なまえ、帰ろーぜ」
「うん」

ペアのぬいぐるみキーホルダーがついたカバンをなまえが肩にかける。
近くにいたクラスメイトたちに「また明日」とそれぞれ挨拶をして、生温かい視線に見送られ教室を出たところで知らない女子に声をかけられた。

「あの、摂津先輩…!」

先輩、と呼びかけられたから後輩だろうけれど声を聞いてもピンとこない。
誰だとは思うけれど、こんな風に待たれる経験は一度や二度じゃねぇし要件も察してしまった。

「お話があって、少しだけ時間もらえませんか?」

消えそうな声で言われて少し前の俺ならそんな時間はねぇと無視をした。
だけど劇団に入ってから無下にできなくなったら呼び出しが増える悪循環。
隣にいたなまえを見下ろすと丸い目をぱちぱちと瞬きしてその後輩を見たあとに俺の視線に気付いてこっちを向いた。

「…行ってきていいよ」
「は?」
「話、終わったら連絡して。どこかで待ってるね」

眉を下げて笑ったなまえに後輩が泣きそうな声でありがとうございますと言って、なまえはううん、とかそんなことを返して教室に戻った。
友達のところに行ったんだろう。
その態度に思うとこがねぇわけじゃなかったけれどここでうだうだ言っても仕方ない。
「どっか移動する?」と聞いたらあまり人通りのない、屋上に続く階段を指定されたけれど教室の前で待たれてそこまで一緒に移動してんだから人通りとか関係ねぇなと他人事のように思った。

話というのは案の定で「好きです」と告白をされた。
受け入れることはないけれど、好きな奴に好きだと言うことの怖さはわかる。
なんと返せば傷付かねぇんだろうと思ったのは多分初めてだ。

「…悪ぃけど、彼女いるから」
「さっきの……みょうじ先輩とやっぱり付き合い始めたんですか?」

やっぱりと言われたからもう他の学年まで話が回っているらしい。
知ったうえで告白なんてすげぇなと嫌味ではなく思う。

「そう」
「そう、ですか……。聞いてくださってありがとうございました」

ぺこ、と頭を下げられたあとに「みょうじ先輩にも謝っておいてください」と言われた。
伝えたかっただけなのでスッキリしました、とも。
一緒に階段を降りるわけにも行かねぇからパタパタと足音を立てて去っていく後ろ姿を見送った。




ふぅ、と溜息が出たのは無意識で、呼び出しにも告白にも慣れたつもりだったけれど気持ちがわかるようになってしまったぶん肩に力が入っていたのかもしれない。
教室に戻るとなまえの姿はなくて移動したらしい。
制服のポケットから携帯を取り出して、発信履歴の一番上にある名前をタップした。

『もしもし?』
「なまえ?俺。待たせて悪い」
『ううん、もういいの?』
「ん。迎え行くわ、今どこ?」

電話の向こう側からざわざわと音がして、掛け声のようなものが聞こえる。
校舎内ではなく外にいるんだろうか。

『今ね、みっちゃんとグラウンド。サッカー部のとこいるよ』
「……わかった」

なんでそんなとこいんだよ、と言わなかった自分を褒めたい。
サッカー部のとこ、というのは校舎を出てグラウンドに続く外階段だろう。
みっちゃんとなまえが呼ぶクラスメイトの彼氏がたしかサッカー部だったから、見学しながら一緒に待っていたこともわかる。
待たせたのは俺のせいだけど気に入らねぇなと思うと足取りが荒くなって不機嫌を隠さずに階段を降り、廊下を歩いて下駄箱に向かった。

階段に座り込んでいる小さな背中で髪が揺れている。
今日は巻いてんだな、と朝言ったら「摂津くんとの初登校なので巻いてみました」と言われてすげーかわいいと思った。
サッカー部のとこにいるなんて言われて内心むかついたけれど、本当にそこにいるだけで目線はグラウンドを見ていなかった。
時間つぶしのためにいるだけ。
それがはたから見てわかっただけで自分の機嫌が落ち着いてきて、これだから劇団ではガキ扱いされんのかもしれない。
ほんの数秒、ゆるく巻かれた髪が風に吹かれるのを見ていた。
隣を歩く正当な理由ができたのだからその場所もなまえの視線の先も誰にもやりたくねぇな。

「なまえ」
「摂津くん!おかえり」
「おう、悪かったな」
「告白〜?モテるのはわかるけどなまえのこと泣かせたら殴るよ」
「うるせぇな」
「こわ!なまえ泣かされたらすぐ言うんだよ?!」
「あはは、うん、わかった」
「いや泣かさねぇから。帰ろうぜ」
「摂津くん、こう見えて優しいんだよ。じゃあまた明日ね」

なまえが立ち上がってスカートを軽く払う。
また明日と返事が返ってきてそいつはすぐに視線をグラウンドにやった。

「こう見えてってなんだよ」
「見た目不良だもん」

けらけらと笑うなまえの手を取ってきゅっと弱く握る。
まだ学校の敷地内だけれどなんだかすぐに触れたい気分だった。

「優しいってみんな知ったらもっとモテちゃうね」

怒ってるわけでも悲しそうなわけでもない。
だけど握り返してくれる弱い手の力とか伏し目がちなまつ毛とかから伝わってくるものがある。

「関係ねぇよ。なまえだけだし」
「うん」
「…ちゃんと彼女いるからっつった」
「そっか、ありがと」
「そしたらみょうじ先輩にも謝っておいてくれってよ」
「え?」

意外そうに目を丸くしてやっと俺の方を見た。
なまえの指の隙間に俺の指をするりと絡ませる。

「伝えたかっただけだって。だからそんな不安そうな顔すんな」
「バレましたか」

弱く笑ったなまえにバレバレだと返す。
平気な顔されるのも微妙だけどなまえのことしか考えてねぇのに不安げにされるのも不本意だった。

「心配しなくてもなまえのことすげー好きって言っただろ」
「…うん。わたしも摂津くんのことすごく好き」
「だから愛されてんなって思っとけよ」

くさいことを言ったなと少しだけ恥ずかしくなっていたら繋いでいた手をなまえに引っ張られてぎゅっと腕に抱きつかれた。
さすがに驚いて足が止まる。

「なまえ?」
「……わたしの愛も伝わった?」

さっきまで瞳を不安げに揺らしていたくせに今はそんなことを言って見上げてくるのだからずるいと思う。

「おー……てかここで抱き締められたくなかったら離して」
「似たようなことしちゃったけど」
「なまえのは子供がじゃれてるみてぇなもんだろ」
「えっうそ……ドキッてしなかった?」

なまえの腕の力が緩んで、適正な距離に身体が離れる。

「好きな女にんなことされてしないわけねぇだろ」

こつん、と痛くない程度に額を小突いたら触れたところに手を置いて「そっか」と顔をほころばせた。

「好きな人が自分のこと好きってすごいよね」
「あー…」
「え、なに?」
「そういうかわいいこと言うの二人だけのときにしろよ」

離してと自分で言ったくせに繋いだ手を引いて抱き締めたくなる。
全部言わなくとも俺の言いたいことが伝わったらしいなまえは嬉しそうに照れくさそうに眉を下げた。

「今度は二人のときに言うから、そしたら抱き締めてね」

………だから、二人のときに言えって。



(2021.10.29)



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