16.沁みる

新作映画の情報が解禁され、俺が出演することと役どころも発表された。
予告映像で歌っているシーンが使われて解禁日にはテレビでたくさん流れたし宣伝のために出演した番組や取材でも歌について聞かれることが多い。

「作詞も橘さんご自身がされたんですよね」
「はい。STYLE FIVEの橘真琴として歌う曲の作詞をしたことはあったんですけど、役として歌うことを考えての歌詞作りは苦労しました」
「恋愛映画の歌ですが、参考にしたものはあるんですか?」
「原作の小説を何度も読んだり、妹に恋愛漫画をおすすめしてもらったり。あと知り合いにちょっと話を聞いたり…」

インタビュアーさんがにこにこと俺の話を聞きながらメモを取っていて、変なことを言わないようにしないとなんて新人みたいなことを思う。

「恋愛についての歌詞って照れくささもあるんですけど、映画で演じている役柄の気持ちの代弁でもあるので観ている方の心にスッと入るようにシンプルなメッセージが伝わるよう気を付けました」

役柄の気持ちの代弁、と言ったけれど半分本当で半分は嘘だ。
なまえちゃんのことを想いながら書いたところもある。
歌うたびに思い出してしまいそうだけれど、我ながらいい歌詞が書けたと思う。
メンバーにも事務所の人にも褒められてちょっとだけ複雑な気持ちになった。

「今回は恋愛についてたくさん聞きたいなと思っているんですが」
「えっ……エピソードとかないですよ?」
「やっぱりこの職業だとお付き合いとか難しいですもんね」
「はい…なのでこの歌詞書くのもかなり苦戦しました」

そうなんですね、とインタビュアーさんが朗らかに笑う。
あくまでも雑誌の読者さんやファンの方に楽しんでもらうためのものだから、本当に俺の恋愛について知りたいわけではないだろうから質問もやんわりとしていて助かる。

「理想のデートとかありますか?」
「うーん、季節ごとにその時しかできないこと楽しめるのっていいなぁと思います」
「わかります!この時期だとしたいことは?」

この時期に、デートでやりたいこと。
最近はすっかり寒くなってきて、なまえちゃんと再会してからもう一年も経つんだなぁと思う。
インタビューが世に出るのは12月らしいからそのことも考慮して答える。

「スノボ…はプライベートでなかなか行けないからなぁ。家でのんびりお鍋とか」
「おうちデート、いいですね」
「あっ本当ですか?よかった」

何鍋が好きですか?とか自炊についてとかなんてことないことを聞かれたあとに「クリスマスのご予定は?」と定番の質問。
毎年聞かれるけれど毎年同じように答えている。

「今年もファンクラブ限定のイベントです」
「毎年恒例のイベントですね。年々規模が大きくなってるとか」
「そうなんです、ありがたいことに」
「個人的なご予定はないんですか?」

笑顔で聞かれてちょっと答えに詰まる。
予定はない、これは本当。
だけど頭に浮かべたのはやっぱりなまえちゃんの顔で、誰と何をして過ごすんだろうか。
彼氏とは仲直りしたのかな。

「地元にいた頃は家族とメンバーのハルとパーティーしてたんですけど、個人的な予定……ないんです」
「お忙しいですもんね」
「そうですね、おもしろい話できなくてすみません」




「で、今日はなんで落ち込んでたよ」
「…インタビューで聞かれる恋愛とかクリスマスのネタがなさすぎる……」

俺の様子に気が付いた凛に呆れたように聞かれ素直に答えたら笑われた。

「話が広がらないのが申し訳なくて……」
「まぁ嘘つくわけにもいかねぇしな。うまいこと記事にしてくれるだろ」

うん…と返した声が我ながら弱々しい。
視線をカフェオレに落としたまま凛と話をしていたら、お店の奥から「おはようございます」と柔らかい挨拶が聞こえてきた。
この一年で情けないくらい焦がれてしまうようになった声。

キッチンのほうへ顔を向けたら出勤してきたなまえちゃんとぱちりと目が合った。
少し距離があるし他のお客さんもいるから話しかけることはできないけれどこれだけのことで嬉しくなる。

「……」
「…なに?」
「いや、恋してんなぁと思って」

凛の言葉に肯定も否定もしない。
顔に出てるかなぁと自分の頬に思わず手を当てたら「女子か」というツッコミが入った。




「なまえさ」
「はい?」
「クリスマスどっか行きたいとこある?」
「え、」

持っていたカップを落とすところだった。
茜さんからサービスです、と言ってクッキーを持ってきてくれたなまえちゃんに凛が声をかけたのだ。

「り、凛?」
「真琴がインタビューで話すネタないって悩んでんだよ。デートで行きたいとことかねぇ?」

さっきの俺と凛の会話から派生したにしてもぶっ飛びすぎじゃないだろうか。
どんな答えが返ってきてもちょっとダメージがありそうでなまえちゃんのほうを見ることができない。
代わりに凛のほうを見る目がジトッとしたものになるのは仕方がないと思う。

「ちょっと凛……」
「クリスマスにデートで行きたい場所?」
「そーそー」

一瞬だけ考えるように首をかしげる。
考え事をしているときの癖みたいで、たまに見るこの仕草も好きだなと思う。

「うーん…友達は遊園地とかちょっと遠出して温泉とかって子もいるけど…」
「クリスマスに温泉って渋いな」
「ですよね」

凛が意外そうに言うと柔らかく笑って、でも…と眉を下げた。

「特別なこととかしなくていいなって思います」
「へー。イベントごととかあんま興味ねぇの?」
「興味ないわけじゃないけど、特別な日に一緒にいられるってだけで嬉しくないですか?」

なんて、と恥ずかしそうにはにかむ。
こんな表情をしながら頭に浮かべているのは彼氏なんだろう。
かわいいな、好きだな、と思うのにひどく胸が苦しくなる。

「あ、でもイルミネーションとか見るのはやっぱりちょっとクリスマスって感じで好きです」
「だってよ、真琴」
「いや俺に振らないでよ……」
「お前がクリスマスのエピソードがねぇって言ってたんだろ」
「そうだけど」

情けないから何回もなまえちゃんの前で言わないでほしい。

「てかなまえ、今年はクリスマスのライブ当たったのか?」
「え?」
「ライブ。毎年やってる俺らの」
「えっと、今年は別の予定があって…」
「あー……そうか」

なまえちゃんが眉を下げて言いにくそうに告げた言葉に凛も返事に困ったように返す。
…デート、だろうなぁ。
外れてしまったと言われたら一枚くらいチケット用意できるな、なんて思っていた頭にガンと石でも落ちてきたみたいだ。
もし用意できても俺にそれを渡す勇気があるかも、なまえちゃんが受け取ってくれるかもわからないけれど。

クリスマスに、ライブでも良いから会えたらいいなと思っていた。
彼氏よりも俺たちのこと……俺のこと、優先してくれないかなって、そんなことを思っていた。
会うと言ったってステージの上と客席で、俺が客席にいるなまえちゃんを見つけられるかなんてわからないし言葉を交わすことだってできないけれど。
少しでも同じ時間を共有できたらいいのに。
昔みたいにアイドルとファンという関係性しかなくて、握手会に会いに来てくれた時だったらそれを伝えられたかもしれない。
彼氏よりも俺のこと見に来てほしいって、アイドルの俺が言うなら多少くさくてもカッコが付いた気がする。
だけど今、なまえちゃんに会いに来ている俺はただの橘真琴というひとりの男でしかない。
クリスマスの予定も自分では聞けないなんて、本当に情けない。

イヴならまろんに来れば会えるかな。
ライブ前日だからリハーサルが入っているけれど終わるのはそんなに遅くなかったはずだ。
……会いに来てもいいかな。
クリスマスだからって何かを期待なんてしていないし何かを起こそうとも思わないけれど、少しでも会いたいと思ってしまう。

なまえちゃん、彼氏と少し距離を置いていると言っていたけれど仲直りしたんだろうか。
もし別れたとしても俺にチャンスがあるわけではないし、なまえちゃんが悲しい思いをするのは嫌だと思う。
難しいなぁ、ままならないって多分こういうことだ。

少しずつ寒くなる空気も煌びやかに装飾される街のにぎやかさも、嫌いじゃないはずなのに身に沁みるように痛い。



(2021.10.17)


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