8.

「本日はお集まりいただきありがとうございます」

急遽用意してもらったスーツを着たユーリが、いつもよりもかしこまった口調で言うとたくさんのフラッシュが光った。
衣装だけじゃなくて会場の準備やメディアへのアナウンス、関係各所への事前のすり合わせ…あっという間に手配してくれたマネージャーさんには頭が上がらない。

大会期間中ということもあり世界各国の記者さんが来てくれた。
競技の取材で忙しいはずなのに想定よりも多く集まった記者会見会場は満員だ。
ユーリとわたしの連名で、二人きりでの会見。
内容はほとんどの人が予想できているんだろう。
重々しい空気ではなくて記者さんたちも表情がにこやかに見える。

「僕たちから、みなさんにお伝えしたいことがありこのような場を設けていただきました」

ユーリがすぅ、と息を吸う。
僕たちなんてかしこまったような言い方して…昔のユーリは選手団での会見だろうが公の場だろうが普段と変わらない態度だったのに。
本当に大人になったなぁ。
ユーリもわたしも。

「僕たちは、ノービスの頃からずっと一緒に練習をしてきました」

結婚報告でもないのに大会期間中にこんな会見して、と言う声もあるかもしれない。
だけど詮索されてあることないこと言われたり他の選手に迷惑をかけたりなんてしたくない。

「交際しているのではないかと噂があったことは知っています。今までそのことについて話したことはありませんでした」

後ろ暗いことなんてなくて、わたしたちなりに大切にしてきた時間をこれからも続けるためのけじめ。

「……ただ、オリンピックでの競技を終えて。応援してくださっているみなさんに報告をしたいことがあります」

ユーリの隣で、ユーリのいつもよりも少し硬い声を聞いて、胸が締め付けられるみたいだ。
幸せな報告をするんだから泣きたくないなぁと思うのに鼻の奥がツンとしてごまかすようにユーリの方を向く。
それに気が付いたユーリが机の下でわたしの手を握ってくれた。

「僕たちは、結婚します」

何を話すか、何を聞かれたらどう答えるか、ある程度のことは話し合って決めていた。
だけど公の場で全世界の電波に乗るであろうカメラの前で結婚することをユーリが誤魔化すことなく言葉を紡ぐとフラッシュの光が一層強くなる。
一番言わなければいけないことを言い終えたユーリがわたしのほうを向いてくれて、二人で微笑みあったら拍手が起きて驚いた。

「まだ正式に籍は入れていなくてロシアに帰って落ち着いてからと思っていますが、誤解や憶測を生む前にお伝えしようと二人で話し合い決めました」

ここまでずっとユーリがマイクを握っていたけれど、わたしも自分の前に用意されたマイクを手に取る。

「お忙しいなかお集まりありがとうございます。この場でお話できることはなんでもお答えします……えっと、お手柔らかにお願いします」

へにゃりと我ながら上手く笑えなかったなと思うけれど袖に控えていた司会者…ミラのほうを見る。
場の空気がふっと緩んだのがわかった。




ミラにユーリからのプロポーズを受けたこと、記者会見をしたいこと、そして司会をお願いできないかと伝えたのはヤコフたちに報告してすぐのことだった。

「……ということなんだけど、お願いできないかな?」
「……」
「ミ、ミラ?」
「二人ともおめでとう〜!!」
「わっ」
「おい、」

何も言わないミラの顔を覗き込んだら、バッとユーリとまとめて抱きしめられる。

「もう〜付き合う前からやきもきさせて!」
「いや楽しんでただろ」
「なんでよ!応援してたのに!」

わたしの肩口にぐりぐりと押し付けていた顔をあげたミラは泣いていて、それがちょっとうるっとしているとかじゃない状態でこっちは笑ってしまった。

「笑うとこじゃないわよ、ちょっと!」
「ふふ、ごめん。嬉しくて」
「だってあのユーリが、誰がどう見てもなまえのこと大好きだーって顔に出てるのにぜんっぜん本人に伝わってなかったユーリが!」
「余計なこと言うなよババア!」
「ほらそうやってすぐ人にババアとか言うユーリが!」

付き合い始めたときも報告したらすごく喜んでくれたけれどここまでではなくて。
ぽろぽろと流れる涙を拭ってあげたら「なまえもすっかり大人になって」なんて言うから「親戚のおばさんみたい」と言ったら頬をつままれた。

「司会なんていくらでもやるわよ、なんなら結婚式の司会もする。その代わり洗いざらい聞かせなさいよ」

もう一度ぎゅうっと強くわたしたちを抱きしめてくれたミラの背中にわたしも手を添えた。





「司会を務めます、ミラ・バビチェヴァです」

ミラがよそゆきの笑顔を浮かべて挨拶をする。

「二人とはわたしが現役のスケーターだった頃にリンクメイトとして過ごしてきました。二人が答えにくいことにはどんどんカットインしていこうと思います!」

それでは質問のある方は挙手をお願いいたします、とミラが言うと一斉に手があがる。
最前列のセンターにはミラが現在勤めているテレビ局の記者さんが座っていて、ミラが真っ先に指名した。
忖度だということは会場全体がわかっていたと思うし、ミラも「ではそちらの方から」と言いながらちょっと笑っていてわたしも笑ってしまう。

…なんか、いいなぁこういうの。
自分たちが幸せを感じているのはもちろんだけれど、集まってくれた人たちや周りの親しい人たちから祝福が伝わってくる。
ミラのおかげもあり会見はあたたかい空気に包まれて進行した。



「最後にひとつ、お願いです」

付き合う経緯やプロポーズの言葉、定番の質問のほかに今後の競技についてやお互いの好きなところ直してほしいところなんて質問もあった。
時間はあっという間に経って締めの挨拶に入る。

「今回会見を開いたのは、応援してくださっているファンの方や支えてくださっている皆様にいち早くお伝えしたいと思ったからと、大会に参加している他の選手へ迷惑をかけたくないと考えたからです」
「答え切れなかったご質問は取材の申込みをいただければできるだけ応えるつもりでいます。なので、他の選手たちがいる場ではわたしたちについての質問はお控えいただければと思います」

せっかく和やかな雰囲気だったのに最後にこんなおかたいことを言わなければいけないのは心苦しいけれど伝えるべきことだから。
椅子からユーリと一緒に立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。

「改めて、本日はお集まりいただきありがとうございました」
「今後とも応援よろしくお願いします」

一瞬シン、としてしまった会場に大きな拍手が起こる。
フラッシュもたくさんたかれおめでとうの声があがってユーリと顔を見合わせた。
ミラに手招きをしてスリーショットも撮ってもらったら「この写真も使ってくださいね!」なんて、ちゃっかりしている。
ミラとぎゅうと抱き合った写真を撮られたあとにどこかから「ユーリ選手とのハグもお願いします!」と声が飛んできて、なんと言って断ろうか一瞬迷っていたら手首をぐいと掴まれた。
広い胸板に顔を押し付けられる、誰にってユーリにだ。

「ちょっと、ユーリ!」
「んだよ」
「〜〜っメイク崩れる……」
「崩れてねぇから大丈夫」

すごい数のシャッターが押されているのにユーリは平然とわたしの頬を撫でる。

「婚約会見で他の奴とハグして俺のこと放置とかありえねぇだろ」
「他の奴って、相手ミラだよ」

ユーリがごくごく小さな声で言うから、わたしも記者さんたちには聞こえないように返事をしたのに近くにいたミラが全部マイクを通してバラすからその内容もニュースになったことは言うまでもない。

夢みたいな数日間。
きっと一生忘れないなぁとユーリと手を繋いで袖にはけながらどうしようもなく胸がいっぱいになった。



「ユリオ!なまえ!」
「えっ」
「なんで二人がここにいんだよ」

会見を終えて袖にはけたところで声をかけられて振り向いた先に銀髪が揺れた。

「ヴィクトルに勇利くん、わざわざ来てくれたの?」
「ヴィクトルが会見近くで見たいー!って騒ぐからさぁ」

メガネに前髪をおろしてオフモードの勇利くんが眉を下げている。

「もしかして会場にいたの?」
「うん、袖から見てたよ。乱入しようとするヴィクトル止めるの大変だったんだからね」
「だって二人揃って会見なんておもしろい予感しかしないじゃないか」
「人の記者会見おもしろがんなよ」

きっちりと締めたネクタイをゆるめて、かためた前髪を無造作にときながらユーリが言う。
ヴィクトルと勇利くんが会見に突然登場したら大騒ぎで収拾つかなかっただろうなぁと思わず苦笑してしまう。
ユーリはいつものようにヴィクトルに噛み付いていて、勇利くんは疲れ果てたような顔をしている。
心なしか着ているジャージがくたびれて見えた。

「けど本当、おめでとう二人とも」
「勇利くん…ありがとうございます」
「ユリオずっとなまえちゃんのこと好きだったもんね」

いつものユーリなら、きっとここでうるさいとか余計なこと言うなとか勇利くんにも怒る。
だけど、大人になったからなのかわたしたちの関係がまた少し変わったからなのか、意外にも低いトーンで言った。

「そーだよ、ガキの頃からなまえだけだ」

昔から想ってくれていたことは知っているし、十代の頃から恋人としてそばにいた。
二人きりの時はたくさん愛の言葉を伝えてくれるけれど、他の人のいるところでこんなことを言われたのは初めてじゃないだろうか。

「なまえがオレのことしか見てなかった時からユリオは片想いしてたんだもんね!」
「ちょっとヴィクトル?!」
「えっな、知ってたの……?」

ユーリの言葉に感動していたらヴィクトルがとんでもないことを言って、勇利くんが慌てているけれどそれ以上に焦る。
だって、わたしがヴィクトルに憧れていたってバレてたの?

「そりゃああんなに見つめられたらね、かわいかったなぁなまえ」
「わ、忘れてください……」
「いつの間にかユリオに取られちゃった、オレのこと大好きだったのに」
「もう、ヴィクトル!」

ヴィクトルが至極楽しそうに言葉を続けて、ユーリのこめかみに青筋が見える気がする。
何年も前のことなんだから落ち着いてほしい。
慌ててユーリの腕を掴んだタイミングでふっと息を吐いたヴィクトルが目を細めた。

「本当、よかったよ。ユーリとなまえが幸せそうで」

いつからだったか、ユーリと勇利くんを区別するためにユリオと呼んでいたヴィクトルがユーリと正しく名前を呼んだ。
わたしたちを祝福してくれる表情が慈愛に満ちている。
ユーリが「ありがとな」と照れくさそうに返事をした。


(2021.10.05)


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