42.大切

「会いました!」という短いメッセージと一緒に日向くんから送られてきたのは夜のビーチの写真、日向くんの隣には三年前よりも精悍さが増した及川がいた。

…久しぶりに顔見た。
会いましたってどういうことだろう、偶然かな?
苦い思いよりも驚きのほうが大きい。
だって二人がいるのはアルゼンチンとリオのはずで、隣の国ではあるけれどこんなことってあるんだ。
元気そうでよかった。
変なTシャツ着てる写真を見てひとりでちょっと笑ってしまった。

及川がアルゼンチンに行って三年。
たまに帰ってきているのかもしれないけれど一度も会っていない。
もしかしたらもう会うことはないのかもと思う。
何か返さないとと思って送ったのは「及川も日向くんも顔すごい」という当たり障りのない返事だった。



次の日に飛雄の所属しているシュヴァイデンアドラーズの試合のチケットを取っていたのは偶然だった。
アドラーズが仙台で試合をやるというから、就活も落ち着いたし大学生のうちにできることをたくさんしようと潔子やスガたちと観戦しに行くことにしたのだ。
高校を卒業してすぐにVリーグに入って日本代表にも選出された飛雄の試合を生で見るのは久しぶりだった。
しかも同じチームに牛島くんと同じチームに所属を決まったと聞いたときは胸中おだやかではなかったけれど、その時には既に日本代表として活躍していた牛島くんとのことを苦い思い出にだけするのはやめた。
だってバレーの国際試合を見ると必ずと言っていいほど出場してるんだもん。
こんなすごい選手と戦い続けていたんだなと思うしかない。
……といってもやっぱりちょっと、ほんの一瞬だけ悔しかったなと当時の気持ちがわいてしまうときもあるんだけど。



「飛雄ちゃん!」
「……なまえ先輩その呼び方、」
「あはは、このやりとり久しぶり」

むっと唇を付き出す癖はなおっていないらしい。
十九歳になってもVリーグの強豪チームの正セッターになっても日本を代表する選手に名を連ねていても、わたしにとってはかわいい後輩の飛雄ちゃんなのだ。

「ちょっと背伸びたねぇ」
「はい、試合どうでしたか」
「ちょっとそれは立ち話のサイン書いてもらう時間だけじゃ語り尽くせない」

早口で言うと飛雄が嬉しそうに薄く笑った。
珍しい表情だなと思ったけれど口にはしないで、差し出した色紙にさらさらとサインをする飛雄の顔を眺める。
わたしの後ろにも飛雄のサインをもらおうとたくさんの人が待っていて、その人たちを待たせて長話をするわけにはいかない。
「またあとでね」と言うのも周りに聞こえないほうがいいかなと声をおさえて伝えたら飛雄はうなずきながら色紙をくれた。
今日の夜はみんなでおすわりに行く約束をしているのだ。
実家に帰るのも久しぶりだろうに、家でご飯食べたくない?と聞いたら次の日はオフで実家にいられるから大丈夫らしい。
飛雄はこの後もチームで取材があるとかで先にみんなで店に移動しておくことになっていた。



「あ、なまえネットニュースに出てる」
「えっなにそれ怖い」
「ほら、影山がサインしてる写真。これなまえ」

スガが携帯をこちらに向けてくれて、表示された画像を見たらたしかにわたしの後ろ姿だった。
知ってる人が見てもなかなか気が付かないだろうけれど。
飛雄が一瞬もらした笑顔をとらえた写真が使われていて、普段なかなか見せない表情だけに良い写真だなと思う。

「写真のデータほしいくらいよく撮れてるね、飛雄かわいい」
「影山のことかわいいなんて言うの俺たちくらいだろうなぁ」

みんなで歩くとき、スガの隣にいるのはもう習慣というか決まり事みたいになっていた。
何年経っても変わらない関係があたたかくて目尻を下げて笑うスガの笑顔も高校生の時と同じだ。

「スガはさ、もはや飛雄の親戚のおじさんみたいだよね。すぐ泣くし」
「否定できない」
「飛雄のデビュー戦なんかすごかった」
「そういうなまえももらい泣きしてただろー」

優秀な選手がみんな才能を開花させチャンスを掴んで大きな舞台に立てるわけではない。
努力を重ねて時には運が味方をして、ほんの一握りの人がバレーボールで生きていくんだと思う。

「だって、すごいよね。やっぱり」
「うん。すごい奴だとは思ってたけど」
「うちの飛雄を見てくださいって思っちゃう」
「わかる」
「わかる」

前を歩いていた澤村と東峰が振り返って会話に参加してきて、潔子もこくりと頷いている。
ユースに呼ばれても代表に選ばれてもVリーグで活躍してもどこにいても飛雄はわたしたちのかわいい後輩で、それは他のみんなにも言えることだった。




「飛雄〜お疲れ様!」
「なんだよ取材って、有名人か?」
「有名人だなぁ」
「日本国民ほぼ全員知ってるんじゃないか」

わいわいと大勢で長机を囲んで、目の前に並べられた料理はどんどんなくなっていく。
高校生のとき何度もお世話になったおすわりに来るのは卒業してからも定番になっていた。
集まると一瞬で昔みたいな空気にな顔も気持ちもゆるむ。

一通りみんなの近況を聞いてお腹も満たされた頃合いで隣にいた飛雄に「なまえさん」と呼びかけられた。

「うん?何か取る?」
「いえ、もうけっこう食いました」
「そっか」

高校生のときから食事もバレーのうちという感じにとにかくよく食べる子だったけれど、今日もバクバクと見ていて気持ちいいくらいの食べっぷりだった。
好き放題食べていいのかと聞いたら明日調整するから大丈夫らしい。

「なまえさんは何か食いたいものありますか」
「わたしも大丈夫、ありがと」

周りに気を配れるようになっている…!
もう社会人なんだもんなぁ。
就職を来年に控えているわたしたちよりも立場は大人だなんて不思議だ。

「昨日の写真、」
「え?」
「日向と及川さんの」

この話題になるかもしれないと思っていたけれど飛雄から振られるとは思っていなくて肩に力が入ってしまう。
他のみんなはそれぞれの話題で盛り上がっていて、静かなトーンで話す飛雄の声は聞こえていないみたいだった。

「ビックリしたよね、リオで会うなんて」
「なまえさんは及川さんと連絡取ってるんですか」
「取ってないよ。あっち着いたときは着いたーって連絡来たけど」

わたしの顔を見ながら飛雄のほうが苦い顔になっている。

「…なまえさんと及川さんって、」
「ただの中学のチームメイトだからね」

なんか昔もこういうやりとりしなかった?と聞いたらちびっ子バレー教室の時に、と返事が来て飛雄の記憶力に驚いた。
勉強は得意じゃなかったみたいだけどバレーのことは些細なことでも覚えているし誰と何を話したかも忘れないらしい。

「なまえさん…及川さんも。二人とも一緒にいると楽しそうなのになんか、苦しそうでした」
「それは難しい感情表現だなぁ」
「はい。俺もなんでだろうと思ってて」

飛雄も考えながら言葉を探しながら話しているようで、手に持ったコップの中をジッと見ている。

「いまだにわからないんですけど、」
「うん」
「ただの仲間なら苦しくはならないんじゃないかと思って。少なくとも俺はなまえさんと話すと落ち着きます」
「…ありがとう?」
「はい。俺、なまえさんに言われて大切にしている言葉があって」
「えっ何それ」

わたし何か言ったっけ?と聞き返すと飛雄が自分のリュックをがさごそと漁って何冊か年季の入ったノートを取り出す。
表紙には飛雄の文字でバレー日誌と大きく書かれていてその下に書かれている日付を見るとどれも高校生の頃のもののようだ。
丁寧に手入れされている手でノートをぱらぱらとめくって見せてくれたのは、2012年12月の日付で伊達工業練習試合と書かれたページだった。

「飛雄のバレー日誌懐かしいな。なんで持ってるの?」
「今日取材で、何冊か持って来てほしいって言われて。実家にあったの持って行きました」

なるほど、と頷いて飛雄が開いたページに目を落とす。
もう何年も昔のことなのに飛雄の字をなぞると記憶も一緒によみがえるみたいだ。
伊達工との練習試合、わたしたちの代はこの一回きりだったからよく覚えている。
噛み合わないセットアップに飛雄が少しのぞかせた弱音、お弁当を一緒に食べながら話をしたことも。

「なまえさんこの時に言ってくれたんです」

視線を飛雄のほうに戻す。
口数が多いほうではないし不器用なところがあるけれど、言葉に嘘がない子だと思う。

「俺がバレー好きでやってるって言ったら、それがいちばん大切だって」

飛雄がそう言ってくれるなら、きっと本当に大事にしてくれているんだろう。
言った本人は話の流れをどれくらい考えているのかわからないけど、及川の話をされたあとにこんなことを言われてしまうと見ないふりをしていた胸の奥の痛みがじわじわとぶり返してくるような気がした。
好きってことが、いちばん大切。

「いろんな人にいろんなことを言われてきたけどこれに尽きると思います」
「……そっか」

はい、と静かに頷いた後に一拍置いて飛雄が「何の話でしたっけ?」と首をかしげながら言うから笑ってしまった。



(2021.10.09)



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