7.

エキシビションの様子は世界の多くの国と地域で放送されてニュースでも取り上げられた。
そのニュース映像を悠長に観ていたら、自分の演技が話題になっていて素直に嬉しいなと思ったのに。

『注目すべきは素晴らしい演技はもちろんですが、みょうじ選手の首元です!』

危うく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。
ソファで隣に座っていたユーリも「はァ?」なんて穏やかでない声を出す。

くるくるとスピンをする自分、我ながらなかなか良い出来だと思う。
だけどその首元に照明が反射して、スピンの遠心力により衣装から飛び出した小さなアクセサリーが存在を主張していた。
息をのんで思わずユーリのほうを見ると思いのほか彼は冷静に画面を見つめている。

『今まで競技のときもですが、プライベートでも付けていなかったリングのネックレスがファンの中で話題になっているんです』

その後もキャスターやコメンテーターたちは口々に「特別な場だから付けてきたのか」「誰かからの贈り物か」などと好きなように話していた。

『帰国後の選手陣の記者会見でぜひ詳しく聞きたいですね』

そんな言葉で締めくくられていたけれど、スケーターとしてはもっと違うところに注目してほしかったな……。
噂の相手としてユーリの名前が出なかったことにはホッとしたけれど、この後の対応に頭を抱えたくなる。

はぁ、と口を出そうな溜息を飲み込むと肩に優しい重さが乗っかる。
ぐりぐりとユーリが頭を押し付けてきて、わたしと同じシャンプーの香りがした。

「ユーリ?」
「…記者会見とかしたほうがいいと思うか?」
「え?!」
「やだ?」
「嫌なわけないけど…」

記者会見か、自分のプライベートなことでするなんて考えたこともなかったけれど。
選手団での合同記者会見の場で色々詮索されるくらいならわたしとユーリだけで公に話したほうが周りのためにもなるだろうか。

けどそうなると帰国までのタイミングで、場所も考えなければいけないし…。
あれ、こういう場合ってまずスケート連盟に報告するもの?
身内にもまだ言ってないのに?
ていうかまだ籍入れてないし、なんにも決まってないよ。

「…なまえ?」
「……」
「おい、聞いてんのか」
「っあ、ごめん、なに?」
「いや…」

ユーリが少し考え込むように視線を俯けた。

「なまえが嫌じゃなければなんだけど」
「うん?」

こんな風に彼が窺うように話すのは珍しい。

「やっぱりちゃんと公表したほうがいいんじゃねーかと思う」
「わたしたちのこと?」
「そう。俺がプロポーズしたことも」

わたしたちは芸能人ではないけれど、それなりに知名度はある。
子供の頃からフィギュアスケートの大会に出てメディアに取り上げられることも数えきれないくらいあったし、オリンピックメダリストにだってなった。
プライベートなこととは言え、世間の注目を浴びることは仕方がないことだ。

「…まぁ今更だけどな」
「え?」
「俺たち、付き合ってんのバレてるだろ」
「えっユーリ知ってたの?!」
「そりゃあれだけ騒がれてたらな」

わたしはミラに言われるまで知らなかったのに…。
世間のことに興味が薄そうなユーリが知っていて自分が気付いていなかったことに少しショックを受ける。

「…嫌じゃないよ、公表するの。こういうのってきっと誤魔化したりしないほうがいいよね」
「俺もそう思う」

隣に座るユーリが身体ごとこっちを向いて、わたしの肩に手を添えたかと思ったらそっと抱き寄せられる。

「ユーリ?」
「うん」
「どうしたの」
「んー……」

ぽんぽん、と後頭部のあたりを弱く撫でると腕の力が強くなる。

「やっぱリンクの上でプロポーズすればよかった」
「えっ」
「……いやでもなぁ」
「………ユーリからもらう言葉なら、いつでもどんな場所でだって嬉しいよ」

珍しく歯切れ悪く唸っているユーリが動きを止めた。
首にかけているネックレスチェーンをするりと撫でられて、日焼け知らずの手がわたしの胸元におさまるリングに触れる。

「指輪、会見したら薬指につけてくれるか」
「うん。ユーリは?」

わたしにくれたものはエンゲージリングで、男性のユーリはつけていない。
プロポーズしてもらえたとはいえ結婚の時期はまだ決めていなくて、ユーリが指輪をするようになるのはいつかわからないのに聞きたくなってしまった。

「なまえがはめてくれるまであけとく」

当たり前といえば当たり前なのに、額と額を合わせてそんなことを言ってもらえてたらやっぱり嬉しい。
会見のこと、家族や関係者への報告、たくさん話し合わないといけないことはあるけれど今はこの甘い幸せに浸らせてほしい。



帰国まではまだ何日かある。
閉会式までには事を落ち着かせたいね、とまずはコーチであるヤコフとマネジメントを担当してくれている担当者に話をすることにした。

「おぉ、やっとまとまったか」
「いつ報告してくるかこっちは落ち着かなかったですよねぇ」
「……へ?」

なんと言われるか緊張して昨日の夜はあんまり眠れなかったというのに、二人とも驚くこともなくそんなことを言うから拍子抜けしてしまう。
ユーリもわたしの隣で目を丸くしている。

「知ってたのかよ…」
「隠すつもりあったんですか?」
「ユーリがなまえのことを一方的に好きだった頃から面倒見てたのは誰だと思っておる」
「ヤコフ……」

わたしもユーリも、ノービスの頃からヤコフにお世話になっていた。
子供の頃は同じ家に住んで文字通り寝食を共にしていて、そんなコーチにこの報告をできて、少し目を潤ませて「おめでとう」なんて言ってくれるんだからわたしも涙腺がゆるむ。
ぎゅうっと抱きつくと大きな手が背中を撫でてくれた。
……と思ったら襟元をぐいっと引っ張られて剥がされる。
誰にってユーリにだ。
そのまま腕の中に閉じ込められて思わず苦笑いで見上げると、おもしろくないですって表情に書いてある。

「ヤキモチも程々にしないと苦労しますよ〜」

マネージャーさんがからかい混じりに言った言葉に「うるせぇ」と唇を尖らせた。
会見で記者さんにいろいろ聞かれるだろうに今からこんな調子で大丈夫かな。
ひとつひとつ丁寧に答えるように言わないとなぁと思った。



(2021.09.26)


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