▼ ex.2 BD2021
「で?話ってなに?」
大体想像つくけど、と目の前にあるキャラメルミルクティーを飲む幸ちゃんはかわいい。
本人に言うと「当然」って返事するのに嬉しそうだから思った時はちゃんと伝えるようにしている。
「幸ちゃん今日もかわいいね」
「ありがと。で?万里の誕生日のこと?」
「えっなんでわかるの」
「だって相談がある、寮じゃちょっと話しにくいってきたら万里のことでしょ?」
「うん…」
そう、二週間後に迫った万里くんの誕生日。
一体何をあげたらいいのか全く思いつかなくて幸ちゃんに頼ることにしたのです。
「彼女からもらうものならなんでも嬉しいでしょ」
「でもどうせならちゃんと喜んでくれるものあげたい」
「万里は欲しいものは自分で買うよ」
「ごもっともです」
万里くんは持っているものとか、着ている服とか、全部かっこいい。
多分これは惚れた弱みとか彼女の欲目ではないと思う。
センスがよくて質がいいものなんだろうなぁってなんとなくわかる。
そんな人に何をあげたらいいんだろうか。
「手作りケーキとかは?」
「ケーキ、そんなに好きかな。十ちゃんには毎年作ってるけど」
「それ。十座にはあるのに万里にはないって内心気にしそうじゃん。あいつ心狭いから」
……万里くんの心が狭いかはともかく、十ちゃんに元々対抗心を持っているし何かとやきもちを妬かれる。
それがかわいいなんて口が裂けても言えないけど。
十ちゃんと出かけてくるねと伝えると、しばらくぎゅっと抱きしめて離してくれないのもかわいいなぁと思ってしまう。
「はいはい、ニヤけない」
「ニヤけてないよ!」
「相思相愛なのはよくわかってるから」
あとはそうだなぁ、となんだかんだ考えてくれる幸ちゃんは優しい。
「普段使えるものがいいんじゃない?」
「日用品?」
「うん。無難にタオルとかマグカップとか、万里相手に凝ったもの渡そうとしないほうがいい気がする。なまえとお揃いにしたら間違いない」
幸ちゃんのありがたいアドバイスをいただいて、当日何着たらいいかなとこぼしたらお洋服選びも付き合ってくれてしまった。
前から見るとシンプルなワンピース、だけど背中にリボンがついていてかわいい。
着脱自体はファスナーでするタイプで、リボンは動いた時に揺れるただの飾りだ。
「似合ってる」
試着したら幸ちゃんが一言だけそう言ってくれて、迷わず買った。
寮でのパーティーに参加させてもらったあと、万里くんは我が家にやってきた。
二人でお祝いしたいですと伝えたらそれはもう嬉しそうに頭を撫でてくれて、第一印象が怖かったことが嘘みたいだとまた思った。
「…あんまり部屋見ないでください」
「なまえは散々俺の部屋来てんのに?」
「引っ越しの時から見てるし不可抗力じゃないですか?」
「じゃあ俺も不可抗力ってことで」
初めて男の人を招き入れた部屋が落ち着かない。
だけど今日はちゃんと目的があって、万里くんもそれはわかっている。
「飲み物持ってくるからちょっと待っててください」
「ん、サンキュ」
「……部屋のなか見回さないでくださいね」
「そう言われるとガン見したくなるな」
ジト目で見たら綺麗な微笑みを返されてしまった。
変なものは置いていないしちゃんと片付けたから大丈夫なはずだけどなんか恥ずかしいんだもん。
飲み物と、作っておいたケーキをトレーに乗せて部屋に戻る。
今日に限って家に誰もいないなんて、家族が万里くんのお誕生日を知っているわけでも家に招くことを知っているわけでもないはずなのに、静かな家でふたりきり。
意識しないようにと思えば思うだけ緊張してしまう。
慎重な足取りで部屋に戻ったらわたしの持っているものを見た万里くんが目元をゆるめた。
「万里くん、お誕生日おめでとうございます」
「おーありがと」
「ケーキ、寮でも食べたと思うんだけど……」
「作ってくれたのか」
「うん」
わたしと万里くんしか食べないから、少し小さいサイズで作ったホールケーキ。
お誕生日らしく生クリームといちごでデコレーションしたんだけど、普段デコレーションケーキなんて作らないから少しでこほごになってしまった。
「…すげー嬉しい」
「あんまりキレイにできなかったんだけど」
「んなことねーよ。写真撮っていい?てか一緒に撮ろうぜ」
そう言うとわたしの肩に腕を回して、反対の手で携帯を構えた。
ケーキが入る画角ってわたしの腕の長さじゃできないと思うけど万里くんがするとできちゃうんだなぁ。
数回シャッターを押したあとに腕の力がゆるんで、わたしのほうを向いた万里くんがおでこにちゅっと唇を落とした。
「まじで嬉しいわ、ありがとな」
「えへへ、どういたしまして」
万里くんが肩に置いていた手をずらして、わたしの手を握ってくれる。
「あとね、もうひとつプレゼントあるんです」
「、……おー」
「あ、ごめんなさい何か言おうとしました?」
「いや、別に」
きゅっと握った手から力を抜いてくれたから部屋の隅に隠しておいた紙袋を万里くんに差し出す。
「普段使えるもののほうがいいかなと思って」
「開けていい?」
頷くといつも頭を撫でてくれる大きな手が包装のリボンをほどいた。
長方形の箱を開けるとパカっと軽い音がする。
中に収まっているのはオレンジとブラウンを混ぜたようなペン。
万里くんの名前をローマ字で彫ってもらった。
ボールペンの赤と黒と青のインク、それからシャープペンの機能もついていて、見た目の重厚感のわりに書きやすい。
お店で店員さんが教えてくれたことを伝える。
一目見たときにきれいだと思ったペンが万里くんの大きな手に収まるとなんだか特別なものに見えた。
「台本にメモ書きするときとか、色がいっぱいあって便利かなぁと」
思ったんだけど…どうですか?と表情を覗き込むように聞くとさっき形のいい唇が触れたおでこに今度は万里くんのおでこがコツンと合わさった。
「ありがとな。いろいろ考えてくれたの伝わるわ」
「…どういたしまして」
唇と唇が触れそうなくらい近いところで話す、この距離は付き合ってしばらく経つけれど慣れない。
「あとね、わたしもお揃いで作ってしまいました」
「まじか、自分の名前刻印したん?」
「うん」
「ふーん…」
至近距離で合っていた目線が外されて少し考えるような間が空いたあとに「なぁ」と万里くんが言う。
「俺、なまえの持ってちゃダメか」
「え?」
「俺がなまえの使うから、なまえは俺の持っててくんね?」
すり、と今度は鼻と鼻がくっつく。
思わず息をのんだのが伝わったのか万里くんが少し笑った。
「いい、けど……でもラッピングとかされてないですよ」
「いいよ。なまえが良ければ」
「…わたしの取ってくるので手離してもいいですか?」
「……わざわざ手離していいか聞くのかわいいな」
ちゅっと短いリップ音がして、鼻の頭にキスをされる。
外国人なの?ってくらいふたりのときはたくさんしてくれるこのキスが好きだってことはきっとバレている。
唇が離れてからそっと手も解放されたから立ち上がると、万里くんも一緒に立ち上がった。
背中から抱きしめられてお腹のあたりに腕を回される。
「歩けない…」とつぶやいたら「いや、歩けんだろ」って。
まぁ歩けることは歩けるけれど。
万里くんの腕に手を添えて、動かしにくい足を前に進める。
顎が頭の上に乗っかっていてどこもかしこもくっついているのが落ち着かない。
「万里くんってキス魔なうえにくっつきたがりですよね」
「なまえにだけな」
「…わたし以外にもしてたら嫌ですよ」
「してねーから大丈夫」
ほら、そう言いながら頭のてっぺんにキスしてくる。
最初は恥ずかしくて仕方なかったし今も恥ずかしいけれど嬉しいって気持ちも大きくて。
良い意味で慣れてきているなと自分で感じる。
机の上に置いていた自分の名前を彫ってもらったペンを手に取ると、わたしの手とペンどちらもまとめて万里くんの手が下から包むように添えられた。
「ありがとな、大事にする」
くるっと身体を回転させられて、あっという間に向かい合わせになる。
嬉しそうに微笑む顔が近付いてきて、そっと瞼を伏せる。
優しく合わさった唇と唇が何度も離れてはくっついた。
キスをしながらだから見えていないはずなのに万里くんがわたしの手からペンを抜き取って、コトリとまた机の上に置いた気配がする。
その一瞬離れていた手はすぐにわたしの腰に回ってぐいっと身体が引き寄せられた。
「……このリボンってほどいたらどうなんの」
「…え?」
「背中のリボン。ワンピースの」
「あぁ、ただほどけるだけです。飾りなので」
「ふぅん……」
「…似合ってない、ですか?」
「いや、めちゃくちゃ似合ってる。かわいい」
ただ、と続く万里くんの言葉を聞いて自分の顔が赤くなるのがわかった。
「ただ、ほどいたら脱げんのかと思って、この服」
「なっぬ、脱げません、ファスナー付いてるし」
「そりゃそうか」
抱きしめてられてそんなことを話しながら、万里くんが話題のリボンを指で触っているのが伝わってなぜかくすぐったい気持ちになる。
「え、っと、これ幸ちゃんが選んでくれて」
「こないだふたりで出かけたとき?」
「はい」
「あー…なる」
「なにがですか?」
「幸が、プレゼントはなまえとかロマンでしょって言ってた」
「〜っ幸ちゃん……!」
「てか抱きしめてる時に他の男の名前出すなよ」
「う、ごめんなさい」
「ごめんなさいのキス」
思わず万里くんの胸から顔を離して見上げた。
それってわたしからキスしろってことだよね。
「……いやいや」
「何がだよ」
「わたしから…?」
「そう」
とんとん、と万里くんが長い人差し指で自分の唇をつつく。
ここにしろってことなんだろうけれどそれがなんだかすごくセクシーに見えて困る。
「嫌なの?俺今日誕生日なんだけど」
楽しんでいる、からかわれている。
だってすごくにこにこしてるんだもん。
「あとそろそろ敬語やめてほしいし、くん付けもやめね?」
「要望が増えてる…」
「誕生日だからな」
ずるい、そんなこと言われたら拒否できない。
いや拒否する理由なんてないんだけど。
「万里………くん、」
「はは、めっちゃ間あったな」
「ちょっとずつ慣れていきたいとは、思ってるよ」
「ん」
くいっと万里くんの襟元を引っ張る。
意図が伝わったのか、口角を上げた表情のまま顔を寄せてくれる。
初めて自分から合わせた唇はいつも万里くんがしてくれるキスよりもへたくそだったと思うけれど、こっちが恥ずかしいくらい嬉しそうに愛おしそうに何倍も甘いキスが返ってきた。
(2021.09.12)
万里くんお誕生日おめでとう(遅刻)
このあとちゃんとケーキ食べます。