15.きっと知らないことばかり

「作詞、ですか?」
「はい。橘さんが作中で歌う曲の作詞をぜひご自身でやっていただけないかと」

STYLE FIVEの五人で歌う曲をみんなで作詞というのは経験があったけれど、演じる役が歌う劇中歌の作詞をするなんてめったにないことだろう。
隣にいたマネージャーさんのほうを向くと「良いと思いますよ」と柔和な表情で言ってくれる。
きっと俺の顔にやりたいって書いてあったんだと思う。
スタッフさんに向き直ってぜひやらせてくださいと伝えるとすぐに具体的な話をしてくれてその日の打ち合わせはすっかり長引いてしまったし、リクエストされた曲の内容に最初やりたいと前向きだった気持ちが少ししぼんでいた。


「……どうしよう」
「作詞頼まれたって?すげーじゃん」
「それが、内容がラブソングで」
「まぁ恋愛の映画だしな」
「…今ラブソングって言われたらなまえちゃんのことしか浮かばない」

打ち合わせ中からずっと頭の中をぐるぐる渦巻いていた言葉を吐き出したら全身の力が抜けた。
はぁー…と息を吐いて身体が弛緩する俺のことを凛がじとりとした目で見ている。

「お前、いくら俺相手だからって少しはオブラートに包めよ」
「ごめん、でも凛とハル…あと郁弥くらいにしか言えなくて」
「郁弥?」
「うん。ほら中学の同級生の。まろんでよく会うんだけど何も話してないのに気付かれちゃったんだ」
「……多分茜さんも気付いてんだろうな」
「やっぱり?俺ってそんなにわかりやすいかな」
「普段はそうでもねぇけど」

普段は、ということはまろんにいるときはわかりやすいってことなんだろう。
周りに気付かれていることがわかって凛にはこんな風に話せるようになってからもっと気持ちが大きくなっているような気がする。

「なまえしか浮かばねぇならなまえのこと書けば」
「いいのかな。そんなことして」
「良い歌詞ができたらあいつも嬉しいだろ」
「そっか…」
「そーいや会いに行ったのか?あの後」

あの後、というのは俺と凛が久しぶりに二人でまろんに行った日のことで、まだ凛には報告できていなかった。

「うん。他のお客さんもいたから長くは話せなかったんだけど…って普通はそうだよね」
「俺も真琴もマヒしてんな」

二人で苦笑いだ。
本当、まさか自分がファンの子のことを好きになるなんて思いもしなかった。

「あと……これはなまえちゃん本人に聞いたわけじゃないんだけど。なまえちゃん彼氏できたんだって」
「は?マジかよ……」


前置きをしてから言葉にしたら情けないけれどちょっと泣きそうになる。
ファンの中には握手会やライブに彼氏と来ましたって子もいる。
俺たちのことを好きだと言ってくれたってその気持ちが恋愛感情とは違うのは当たり前のことで、なまえちゃんにだって彼氏がいるのは不思議じゃない。

「むしろなんで今までいないものだと思ってたんだろう…」
「たしかになぁ。気にしてなかったっつったら変だけど」
「ラジオでも恋愛相談のメールとか来るし、なんか、そうだよなぁって」
「相手がなまえじゃなければ彼氏から奪えばいいだろって言うとこだけど」
「…凛、かっこいいね」
「そういうわけにもいかねぇからなぁ」

別になまえちゃんとどうこうなりたいと思っていたわけではない。
元々想いを寄せてはいけない相手だとわかっていたし、俺が好意を向けたら引かれてしまうんじゃないかとすら考えていた。
なまえちゃんに幸せでいてほしいと思っているんだから、他の誰かと付き合っていろんな経験をして充実した時間を過ごしてくれるなら…なんて、どの立場なんだ。
彼氏がどんな人なのか知る由もないのに。

「まぁ、誰を思い浮かべて歌詞作ってもいいんじゃね?経験談ですって堂々と言う人もいるし」
「そっか」
「なんでも糧にって思うしかねぇなぁ」

普段キリっとしている眉を下げて、溜息をはきながら凛が言う。
人には言えない気持ちを凛にも背負わせてしまっているようで申し訳なくなる。

「…なんかごめんね。こんな話して」
「いや…実はちょっとうまくいかねぇかなって思ってたんだよな」
「うまく?」
「真琴となまえ。本当なら反対しなくちゃいけねぇのに応援したくなってた」

ぐしゃぐしゃと自分の髪の毛をかきながらまた大きく息を吐く。
溜息っていうかもはや深呼吸みたいだ。

「いいか、真琴」
「うん?」
「女はなまえだけじゃねぇ」
「う、うん」
「だけど無理に忘れる必要も多分ない」

思いがけないことを言われて返事ができずにいたら、凛が至極まじめな顔で続ける。

「失恋の曲書くために彼氏と別れたってアーティストいたよな」
「あぁ、うん。あの曲いいよね」
「真琴も今の気持ち正直に書いてみたらいいんじゃねぇの?作品のコンセプトに沿わせるのは大前提として」
「…うん」

凛はそう言ってくれたし、作詞に関してもなまえちゃんに関しても前向き進んで行かなければと思った。


(……好きってなんだろう)

もらった音源と向かいあうこと早数日。
締切が迫っているわけではないけど言葉がまとまらなくて頭を抱えている。

今まで歌ってきたラブソングを聴き直したり、他の恋愛映画を観たり、妹におすすめの少女漫画を聞いて読んだり。
自分の経験値を実際に上げるなんてできないから他の方法でインプットを試みているけれどうまくいかない。

他の仕事をしているときは切り替えているつもりだけど、それ以外ではずっと曲のことを考えていて。
言い方を変えたら、ずっとなまえちゃんのことを考えていた。

「お待たせいたしました」
「あ、ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」

ごくごく普通の店員さんとの会話、何度も交わしたことある定型分なのになまえちゃんは毎回照れくさそうにはにかむ。
…かわいいなぁ。
彼氏にもこんな顔で笑うんだろうか。
好きな人の前だったらもっと違う表情になるんだろうか。
いつもなら微笑み返すところで俺がジッとなまえちゃんの表情を見ていたら、不思議そうにお盆を両手で抱えた。

「…何かあった?」
「えっ」
「あ、ごめんね。なんとなく」

いきなりごめんなさい、ともう一度焦ったようになまえちゃんが謝る。

「いや、俺が見ちゃったからだよね」
「言いたいことがあるのかなぁって…思ったんだけど」

見ちゃったから、と言ってしまった後にしまったと思うけれどなまえちゃんは聞き流してくれる。
それにホッとするような、残念なような。
だけど俺が考え事をしていることがバレていて些細なことにも気付いてくれるんだなぁと嬉しくもなって。
…人を好きになると心が落ち着かなくなるらしい。

「なまえちゃんは、」
「うん」
「好きな人っている?」

いや、本当は知ってるんだけど。
彼氏がいること。
「え、」とこぼすようにつぶやいたなまえちゃんの顔がじわじわと赤くなって俺の心臓はどくどくとうるさい。
聞かなければよかったかもしれない。

「好きな人…は、うん。一応彼氏がいます」

喉の奥がぎゅうと締め付けられるみたいだ。
彼氏がいると言ったなまえちゃんが視線を伏せる。

「そっか」
「いきなりどうしたの?役作り、とか?」
「うん、そんな感じかな。歌詞書いてて煮詰まっちゃって」

嘘はついていない。
歌詞を書いていることも煮詰まっていることも本当で、ただその原因が君だよと伝えていないだけ。

「なまえちゃんは…その人のどんなとこが好きなの?」
「えっ」

どんなとこ…と俺の言葉を繰り返したなまえちゃんが眉を下げる。

「……ごめん、仕事中に」
「ううん…参考になるようなこと言えたらいいんだけど」

参考になるようなことなんて聞いてしまったら傷を抉るだけなんだろう。
どんなところが好きかと聞いたものの、なまえちゃんの口から答えを聞きたくなくて自分で遮ってしまった。
情けない。

他のお客さんもいるし、茜さんだっている。
できるだけ平静を装って「またよかったら話聞かせて」なんて言ったけれどもうこの話題は出さないほうが良さそうだ。
……と、思ったのに。

「最近全然会ってなくて」
「え、彼氏さんと?」
「うん。ちょっと距離置こうって」
「なんで…理由、聞いてもいい…?」

好きな人がいるのか聞いた時になまえちゃんが「一応彼氏がいる」という言い方をしたのが引っかかっていた。
言葉を探している様子のなまえちゃんの瞳が少し潤んでいて焦る。

「いや、言いたくなかったらいいんだけど」
「…真琴くんに聞いてもらうようなことじゃないから」

ごめんね、なんか中途半端なことしか言えなくて。
そう無理に作った笑顔が痛々しくて、俺ならこんな顔させないのに。
戻るね、とその場から立ち去ろうとしたなまえちゃんの手を取ってしまったのは咄嗟のことだった。

「あ……あの、俺で良ければ話いつでも聞くよ」

ぱちぱちと何度か丸い瞳がまばたきをしたあとにゆるむ。
弱く笑った顔に俺まで泣きたい気持ちになった。

「ありがとう。真琴くん本当に優しいなぁ」

誰にでも優しくしてるわけじゃないんだよ。
なんて、伝えられるわけがないことを飲み込んだ。



(2021.09.23)


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