38.遠足フルコース

※岩ちゃん推しの方、怒らないでください…!




遊園地の帰りは家まで送ってもらってしまった。
大丈夫だよと言ったのにどうせ近いんだからと送るというよりは及川がわたしについてくるような感じで家まで来たんだけど。

「今日ありがとね」
「こちらこそ。送ってくれてありがとう」
「じゃあまた来週」
「うん、おやすみ」

…なんて会話をして別れ際はあっさりとしていたから、進路の話をするのを忘れたことは家について手を洗っているときに気が付いた。
なんのために会ったんだ、我ながら気が抜けすぎている。
遊園地満喫しちゃったなぁ。
及川からもどこの大学に進むのかとか受験お疲れ様とか、そういう話題は出なかった。
春休み中にまだ会う予定があるからまぁいいんだけど、なんだかスッキリしないままその日は眠りについた。



「ねぇ、なまえ。岩ちゃんってやっぱり似てるよね」

神妙な顔つきと真面目な声のトーンでいう及川の視線の先には、ご飯を食べているゴリラたちがいた。

「及川がそう言ってたって伝えておくね。岩ちゃんに写真送ってあげようっと」

携帯のカメラで撮ったゴリラはなかなかキリっとした顔をしていて、及川が画面をのぞきこみながら「この一番イケメンに撮れてるの送ってあげなよ」と言った。
遊園地から一週間後の平日、今日は及川のリクエストの通り動物園に来ていて、午後は水族館に行くハードスケジュールの予定だ。

「及川って友達いないの?」
「えっなんで?!いるよ!」
「だって春休みのオフって貴重だったんじゃないの?わたし以外とも会わないのかなって」
「友達いないわけじゃないけど学校とか部活で会えるもん」

学校とか部活と言ったって、青城だってもう三年生は自由登校で学校に行くのは数えるくらいしかないんじゃないだろうか。
受験が終わっていない人もいるし不用意に誘ったり連絡を取ったりできないというのはわかるけれど。

「部活、三年生もけっこう参加してるの?」
「受験終わった組はね。あと推薦もらってる奴もたまに来てるよ」
「そうなんだ。及川は、」
「あ、ねぇあっちにふれあいコーナーあるって。行ってみようよ」

及川は進路どうしたの?と聞こうとしたのに遮られてしまった。
わたしの返事もろくに聞かずに「ほらほら」とわたしの背中を押しながら弾んだ声をあげている。
ふれあいコーナーと手作りらしい丸い文字で書かれた看板の柵内に入ると、いくつかの小動物たちのエリアに分かれていて一番近いうさぎコーナーに吸い込まれるように二人で近寄る。

「及川って動物好きなんだね」
「癒されるじゃん」
「ペニーランドは高校入ってから言ったけど動物園と水族館は子供の時ぶりだよ、わたし」
「俺も来るのすごく久しぶり」
「中高部活ばっかりでオフなかったもんね」
「まぁ青城は月曜オフだったけどね。授業の後に遊びに出掛けることはあんまりなかったかな」

見て、うさぎ。かわいい。
そう言って大きな手のひらのうえに今年生まれたばかりだといううさぎを乗せて及川が子供みたいに笑っている。
子供みたいだなと思うときもあるし、大人びた表情をしていると思うときもある。
高校を卒業したら東峰みたいに社会人になる人もいて、そうしたら大人の仲間入りかと思うと不思議だしわたしはまだあんまり実感がわいていない。
かわいいね、と地面で丸まっているうさぎを撫でながら、こういう穏やかな時間を及川と過ごすのは不思議な感覚だなぁと思った。



「水族館はね、俺イルカのショーが見たくて」
「ショーって時間決まってるんじゃない?まだ大丈夫かな」
「うん、調べたら四時が最後のショーだった」
「そっか、じゃあそこ目指して他のエリアも回ろっか」

動物園から水族館までバスで移動して、イルカショーの時間まではのんびり回ることにする。
春休みの水族館は小さい子供を連れた親子連れが多くてにぎわっていた。
少し照明が暗いこともあって小さな段差につまずいた。
よろけたうちに入らないくらいにしか身体は傾かなかったのに及川がそっと背中に手をあててくれた。

「大丈夫?」
「うん、ごめん」
「どこか掴んでてもいいよ」
「うん、いや、大丈夫。ありがと」 .

さらりと言われて一瞬頷きそうになってしまった。 
やっぱり、こういうの慣れてるのかな。
ここだって遊園地だって一緒に行った子は他にもいるかもしれない。
部活でそれどころじゃなかっただろうか。
前に甥っ子のたけるくんが言っていた「彼女」は誤解だったみたいだけど、三年間何もなかったなんてないだろうなといつだったかにも考えたことが頭をよぎった。


「一番前に座りたい」
「絶対に嫌」
「なんで?!」
「だって濡れるって書いてあるじゃん、夏ならまだしもこの寒い時期に」
「レインコート売ってるよ」
「わざわざ買うの…?自ら濡れに行くために……?」
「そんな冷たい目のなまえ初めて見た」

真夏の遊園地のショーで水鉄砲に撃たれるとかならまだしも、この年になってイルカショーでまだ冷える春先にびしょ濡れになるのは抵抗がありすぎる。
いくらレインコートを着ても正面から水しぶきがきたら濡れてしまうと思う。
及川は濡れるのがどうこうよりも近くで見たいらしい、子供か。

「一番前って逆にイルカ見にくいと思うんだけどなぁ」
「そんなことないよ、楽しいよ」
「じゃあ別々の席で見よう。及川は最前列どうぞ」
「え?!」

イルカショーの入り口前で、もう子供とは言えない年齢の男女がこんな会話をするのってわたしと及川くらいじゃないだろうか。
他の人の迷惑にならないよう隅に寄っているとは言えスタッフさんがにこやかに見守ってくれていて恥ずかしい。

「一人で見るの寂しすぎない?」
「しかも最前列ってだいぶ目立つよ。及川無駄に大きいし」
「無駄じゃないし。バレーに役立つし」
「はいはい。で、どうするの?別々に座って一番前で見るか、一緒に後ろで見るか」
「………一緒に後ろで見る」

唇を尖らせて本当に子供みたいな表情をしてそう言うから笑ってしまった。
結局見守られていた入り口のスタッフさんが教えてくれた見やすい席に座ることにして水槽全体を見渡せてすごく楽しかったし、及川もさっきまで拗ねていたくせにはしゃいでいて安心した。

「動物園もよかったけど水族館もめちゃくちゃ楽しかったな」
「それはよかったです」
「なまえは?」
「ん?」
「楽しかった?」

帰り道、今日も送ってくれるというから素直に頷いて一緒に家までの道のりを歩いていたら及川がわたしの顔を覗き込むようにして聞いてきた。

「うん、久しぶりにこんな遊んだ気がする」
「春高終わってすぐ受験だったんだもんね。お疲れ様」
「ありがとう。あと誘ってくれたのも、ありがとね」

お礼を言ったら及川が意外そうに目を丸くしたあとに柔らかく笑う。
だけど、笑顔なのにその表情になんだか違和感があるような気がして。
そのことに左胸のあたりがざわざわとうるさくて次の言葉が出てこない。

「なまえとこんな風に遊んだの初めてだよね」
「そうだね…中学のときも学校でしか会わなかったし」

だってただの同級生で、ただの部活の選手とマネージャーで、それ以上でも以下でもなかった。
中学の頃から人を惹きつける力があった及川の周りにはたくさんの人がいて、わたしが及川の近くにいられたのはただの友達だったからで、特別な何かがあってはいけなかったと思う。
特別になんてなりたくなかった。
だから今だってそんな目で見ないでほしい。
まっすぐ見下ろしてくる曇りのない瞳にうつるわたしは情けない顔をしていないだろうか。
歩幅を合わせてくれていた歩み止めて及川が身体ごとこっちを向いた。

「次の約束のとき、なまえは行きたいところとかある?」

二日間付き合ってくれたから今度は俺が付き合うよ、と言ってくれるけれどとっさに思いつかなかった。
やりたいことはたくさんあったずなのに、及川に行きたいところと聞かれると難しい。

「えー…」
「食べたいものとか買いたいものとかない?」   
「そうだなぁ」

頭にぽんと浮かんだことをそのまま口にする。

「北一行きたい」
「…北一?」
「うん、卒業してから行ってないなぁって」
「俺も、行きたいと思ってた」
「そっか、進路の報告?」

うん、とだけ及川が返事をする。
他にも何か言いたげな及川の横顔を見上げていたらぽつりと頬に何か当たった気がして上を見上げるとぽつぽつ、と続いて水滴が落ちて来た。

「え、雨?」
「今日降るって予報じゃなかったよね、急ごっか」
「待ってすごい降ってきた…!」

もう空を見上げなくてもわかるくらいに雨が勢いを増して降ってきて、及川が早足で歩き始めるけれどどんなに急いでもここからみょうじ家までは五分以上かかる。
この雨の中で歩くより雨宿りをしたほうが賢明だ。

「通り雨みたいだし止むまで待とうよ」

及川の袖をくいっと引っ張って近くにあった公園のベンチまで移動する、屋根がついていてよかった。
ふたりで屋根の下に駆け込んで、少し走っただけなのに息切れしてしまうわたしと違って及川はなんてことないって顔をしている。
及川の髪からぽたぽたと水滴が落ちた。

「なまえ、大丈夫?」
「うん。及川こそ」
「いやー濡れたね。イルカショーで最前列回避したのに」
「たしかに…結局濡れてる…」

及川もわたしも頭のてっぺんからつまさきまでずぶ濡れ…とは言わないけれど、あぁ雨に濡れたんだなという様子になっていて、目を見合わせて笑ってしまった。

「レインコート買えばよかったでしょ?」
「ふふ、うん。そうかも」

及川が前髪をかき上げながら言うから頷いた。

「すぐやむといいけど」
「なまえ、寒くない?」
「大丈夫だよ、及川は平気?」
「うん」

ベンチに座ってふたりで雲に覆われた空を見上げる。
ざあざあと雨の音が大きい。
この後は天気予報どうなってたっけと携帯を開いたけれど曇りマークになっていて、なんでこんな日に限って外れるんだろう。
及川は普段よく喋るのに今はじっと止まない雨を見つめていて、見ていたのがバレないようにわたしも視線を戻した。



雨が止んで家まで送ってもらったあと、少し経ってから及川から「俺も家着いたよ」と連絡が来た。

「……彼氏か」

思わず出た独り言は、自分の部屋で誰に聞かれることもない。
あったかくして寝てねと送ろうかと思ったけれどそれこそ彼女じゃあるまいし、けど選手の身体を気遣うのはもう職業病みたいなものだった。



(2021.08.19)

819の日!


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