▼ 37.向かい合わせの三月
及川と会う予定の少し前に「俺、行きたいところがあるんだけど」と連絡が来ていた。
わたしは別に希望があるわけじゃないから任せるよと伝えたら「とりあえず初日はペニーランドね」と返ってきてかたまってしまった。
ペニーランドって、二人で…?
戸惑いがまたふつふつとわいて、意識するからいけないのかと首をひねる。
普通に仲の良い友達とだったら遊園地くらい行く。
けど好きって、言われたし。
及川の告白はもう時効なのだろうか。
もう春休みに会うことは承諾しているから今更こんなことで悩んでも仕方ないのにいろんな考えが浮かんでは消えて、結局どんな心構えで会えばいいのかわからなかった。
(……何着て行こう)
受験で遊んでなかったから着る服がない。
及川にわかったと返事を送ってからクローゼットを開けて、また頭を悩ませることになった。
「なまえ」
「及川、ごめんお待たせ」
「全然。時間前だよ」
「及川が待ち合わせ前にいるのって意外」
「えっなんで?!俺遅刻キャラじゃないよね?」
ペニーランドの最寄り駅で待ち合わせた朝、約束した時間の少し前に着いたら改札のあたりにやたら目立つ人物が立っていた。
静かにしていたら雑誌から抜け出してきたみたいに見えるのに、わたしに気が付いてパッと表情を明るくしたり話し始めたら岩ちゃんにうるさいと言われそうなところはわたしの知っている及川徹だ。
「ペニーランド久しぶりだな。及川こういうとこ好きなんだね」
「チケットが家に二枚あったんだよね。商店街のくじ引きで当たったんだって」
「それもらっちゃってよかったの?」
「うん。せっかくだから楽しんできなって」
誰と行くかなんていちいち言わないだろうけれど、及川家の人にそう言われたのがなんとなくむずがゆいのと同時にたしかにせっかくだもんなぁと思う。
わたしもペニーランドは久しぶりだし、部活に受験にと遊んでいる時間がなかった。
どうせなら楽しまないと。
「なまえの受験お疲れ様会もかねて!今日は遊び倒そう!」
「お、おー…?」
「なんで疑問形!」
及川がきれいに口角をあげて笑う。
顔をくしゃくしゃにさせて笑うときもあるけれど今のはもっと穏やかで柔らかい感じの笑顔で、中学のときはあんまり見なかった表情だ。
少し大人になったということだろうか。
あと数週間で高校を卒業して、また新しい環境に身を置くことになる。
わたしが進学する大学にもバレー部はあるけれど強豪ではないし、わたしもマネージャーをまたやるかは決めていない。
だけど及川はこの先もバレーを続けるんだろう。
高校のときはできなかったし卒業してからでも烏野のチームメイトに怒られそうだけれど、次に及川がバレーをする姿を見る時はちゃんと応援させてほしい。
そんなことを考えながら駅からペニーランドまでの道を歩いていたら少し鼻の奥がツンとするような、胸の奥がぎゅうと締め付けられるような不思議な感覚がした。
……なんだか一日すごく普通に楽しんでしまった。
ジェットコースターに乗って絶叫系の名の通り大きな声で悲鳴をあげてコーヒーカップをぐるんぐるんに回されて二人でふらふらになって、お化け屋敷なんて絶対に嫌だったのにぐいぐい背中を押されて入ったら及川も同じくらい怖がっていた。
二人で遊園地なんてどうしたらいいんだろうと思っていたけれどそんな心配をする必要なかったな。
疲れたでしょ?と言って買ってくれた飲み物を受け取って時計を見たらあっという間に閉園時間が近付いていた。
「最後にあれ乗ろうよ」
「えー…及川と…?」
「なまえは俺が傷付かない人間だとでも思ってるの?そんな嫌な顔しなくてもよくない?」
わたしが本気で嫌がっているわけじゃないことをわかっていてこういうことを言ってくる。
及川との会話は久しぶりでも心地よかった。
「あれ」と言って指さしたのはのんびりとした速度で回っている観覧車だった。
最後に観覧車って、デートじゃあるまいし。
渋い顔になるのもしょうがないと思う。
「なまえ高いところダメだっけ?」
「大丈夫だけど」
「じゃあ乗ろうよ、ね?」
顔を覗き込まれるように聞かれて思わず頷く。
結局流されるようにして狭いカゴのような観覧車に乗り込んで、係の人に扉を閉められた。
向かい合って座る観覧車の中は静かで落ち着かない。
BGMとか流してくれたらいいのに。
正面を向けなくて窓の外をじっと眺めていたら、静かな口調で及川は言葉を紡ぐ。
「…今日、」
「うん?」
「楽しかったな、なまえとこんな風に遊ぶの初めてだったけど」
来てくれてありがとね、と微笑まれる。
いつものトーンで話してくれたら断る余地なかったよって言えたのに、そんな空気じゃなくて「うん」とだけ返す。
窓から入る夕陽が及川を照らすみたいで髪や瞳が光をまとっているみたいにきらめいて見える。
「終わるの嫌だなぁ」
「……もう一周する?」
「いいね」
冗談で言ったってわかってるくせに同意されて、及川も本気なのかわかりにくい。
窓の外は少し赤く色付いていてちょうと夕陽が沈むみたいだ。
ペニーランドの閉演時間は早くてまだ夕方と言える時間帯で日が落ち始めた頃なのにもうすぐ園内を出なければならない。
わたしが窓の外を見たら、及川もそれにならって横を向いたのが気配でわかった。
「俺、他にも行きたいとこあるんだ」
「え?今から?」
「ううん、また今度。今日はペニーランド満喫したから次会うときはそこ付き合ってくれる?」
「いいけど…どこ行きたいの?」
にっこり笑って、たっぷり一拍置いて言うあたりわたしが渋ることは予想済みなんだろう。
「水族館と動物園」
……幼稚園か小学校の遠足フルコースみたいだと思った。
(2021.8.9.)