36.背中合わせの二月

春高が終わって約一週間後にはセンター試験、その一か月後には大学一般試験と息つくひまもない日々だった。
やるだけのことはやった、あとは結果を待つだけ。
怒涛すぎた冬はもうすぐ終わろうとしていた。

携帯の画面を見つめて、自分が打ったメールの文面を何度も読み返す。
受験が終わってたことと進路が決まったことを伝えるだけなのに悩んでも仕方がないんだけど。
「受験終わりました」「進路決まったよ」「及川は進路どうなったの?」、という内容を何度か打ち込んでは消した。
伝えたい用件は間違いなくこれだけれど、こんな簡素に済ませていいのかとも思う。
結局納得のいく文面にならなくて、進路の報告だけで大げさだなと自分でも思いながら通話ボタンを押し携帯を耳にあてた。
コール音が何回か鳴って「もしもし!」とすごい勢いの声が聞こえて来て思わず笑ってしまう。

「もしもし、及川?久しぶり」
『…なんで笑ったのさ』

すねたような口調でそう言ったあとに及川も「久しぶり」と返してくれる。
今どんな表情で話しているのか電話越しでもわかってしまうから及川の感情表現ってすごいと思う。

「ごめんごめん、今大丈夫?」
『うん、ちょっと待って』

電話の向こう側からざわざわと音が聞こえるから出先だろうか。
ガラ、とドアか何かを開けたようでそのあとに周りの音が止んだから室内から外に出たのかもしれない。

『なまえ?お待たせ、連絡ありがと』
「ううん。あのね、進学先決まったから連絡しました」
『そっか、おめでと。春から女子大生?』
「ふふ、うん。ありがとう」

前に春高出場が決まったときにくれた「おめでとう」とは違う、ちゃんと気持ちの込められたおめでとうだとわかるからくすぐったい。
及川は?と聞こうと思ったのにそれを聞く前に次の話題に移ってしまう。

『あのさ、俺春休みまるっきりオフの日があって』
「うん」
『なまえ予定空いてたら会おうよ。あとでメールで日にち送る』

会おうよ、なんてさらりと誘われたけれど断る理由もない。
進路の話だし電話やメールで済ませたくない気持ちはわかるから「わかった」と返事をする。
「うん」とだけ返って来た声が優しくて柔らかくてやっぱりなんだかくすぐったい。

「及川いま外?受験終わったこと伝えたかっただけだから切るよ」
『うん、ごめん。また夜に』

及川の声より遠いところから「休憩終わりー!」という大きな声が飛んできて、どこかで練習をしているみたいだ。
慌ただしく電話を切る及川が春からも競技を続けるんだろうなとそれだけでわかってしまう。
久しぶりに声を聞いた気がするけれど元気そうでよかったな。
受験が終わったらやりたかったことのひとつをまずはクリアできてなんだか気持ちが軽くなった。

他にも友達と遊びたいとか、思いっきりのんびりしたいとか、目覚ましをかけずに寝たいとか、読めずにいた本を読みたいとか。
行きたいところもやりたいことも色々と浮かんできたけれど、まずはやっぱり。
部屋にかけてある時計を見るとまだ部活動の時間で、壁に掛けてあった制服に袖を通す。
あと数えるほどしか着ないだろう制服で家を出ると少しだけ春のにおいがした。



久しぶりに聞くキュッキュッというシューズが床を蹴る音やバシンと軽く跳ねるボールの音に胸の奥がむずむずとする。
自分がプレーするわけじゃないのになぜか今ならいくらだって飛べそうだと思った。

渡り廊下から体育館に続く階段を上がって、こっそり覗き込むと一年生と二年生が変わらない様子で練習していて、仁花ちゃんがバインダーを抱えて何かを記入している。
その真横をボールがびゅんっと通り過ぎてさっきまで真剣な表情だったのに一瞬で縮み上がっているのは相変わらずだ。
スパイクを吹っ飛ばしたらしい日向くんが大きな声で謝って、そのあと大きな瞳がこっちを向いた。

「みょうじ先輩!」
「え?!」

日向くんの声にみんなが動きを止めて体育館の入り口に駆け寄ってきてくれる。
なんてかわいい後輩たちなんだと嬉しいけれど練習を止めてしまって申し訳ない。

「みんな元気そう〜」
「めちゃくちゃ元気です!」
「俺のほうが元気です!」
「え、何その争い」

飛雄と日向くんも相変わらずで、この二人は二年になっても三年になってもその先もずっとこのままなんだろうななんて思う。
田中が見て行ってください!と言ってくれたけれどスカートの下にはくジャージを持って来ていたからしっかり手伝わせてもらった。
全体練習のあとに先生たちに受験結果の報告をしてくるね、と体育館を抜けようとしたら「戻ってきますか!」「自主練も見て行ってください!」となんだかすごい勢いで言われた。
春休みだからか職員室にいる先生もまばらだったけれどさすがに三年生の担任陣はそろっていて、進路が決まったことを伝えるとお祝いと労いの言葉をかけてくれた。
部活ばっかりやっていたしあんまり真面目な生徒じゃなかったかもしれないけれど、こうして先生たちに自分の満足いく報告をできたことは嬉しいな。
また登校日に、と挨拶をして職員室を後にした。



「なまえ先輩は受験全部終わったんですか?」
「うん。無事に終わりました」
「地元の大学ですよね?」
「そうだよ」
「じゃあまた部活に顔出してくれますか」

飛雄の質問攻めに思わず笑ってしまう。
中学のときはここまで懐かれていなかったと思うんだけど、北一時代よりも烏野で一緒に過ごした一年のほうが関わりは深かったもんな。
寒いしもう暗いのに坂ノ下商店の前だけ温度が高いような気がして、それは手に持っている肉まんのおかげだけじゃない気がする。

これで本当に最後かもしれないなぁと全体練習のあとの自主練も最後まで付き合って帰りは一緒に坂ノ下にも寄るというフルコースを満喫して。
飛雄とも他のみんなともたくさん話をした。
烏養さんに「いい加減帰れよー」といつもよりもだいぶ優しいトーンで言われて、明日も朝早くから部活だというみんなの背中を押すようにして帰ることになった。
名残惜しい気持ちももちろんあるけれどわたしが寂しいと言うのは違うような気がしたからだ。



夜、あとは寝るだけという頃合いで携帯が鳴った。
電話ではなくメールが届いていて差出人は昼間に話した及川だった。

開封すると遅くにごめんね、の後に空いているという日付が書いてある。
春休みが短いというのもあるだろうけれど一日オフだという日は三日しか書かれていない。
及川忙しいんだなぁ。
わたしは受験結果次第で春休みの予定がどうなるかわからなかったから予定はスカスカだった。
スケジュールを確認してから「全部空いているから及川に合わせるよ」と返事をしたらすぐにまたメールが返ってきて、その内容にちょっと驚いてしまう。

『じゃあ三日とも会える?』

…会える、会えるけども。
三日ともって、部活でもないし進路の話をするだけなのに春休みに三日も会う約束をするのってどうなんだろう。
二人で、だよね。

なんと返そうか悩んで返事を打つ手が止まってしまう。
いや、でも、断るのもおかしいよね。
もう候補の日は全部空いていると伝えてしまったし自意識過剰みたいに思われたら嫌だし。
悩んでも仕方ないなと「いいよ」と返事をしたら、すぐにまた近くなったら連絡するから三日間ちゃんと空けておいてねと念を押された。



(2021.08.07)



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