33.春高三日目

初日と二日目を勝ち抜いた。
気合の入っていない試合なんてないけれど今日の試合はきっと全員が特別な思いを持って臨む。
コートの向かい側、ネットをはさんで対峙する赤いユニフォーム。
音駒との練習試合が決まってからいろんなことが動き出した。
何試合も、数えたらキリがないくらい練習試合をした相手。
ライバル校だけど格上でなかなか勝てない相手。
日向くんと研磨くんが言っていた「もう一回のない試合」がオレンジコートで実現するなんて、こんなに胸が熱くなることってそうない。

「黒いユニフォームと赤いユニフォームってライバル感がすごい」
「急にどうした」
「なんかふと思って…そういえばユニフォームで音駒と試合って最初の練習試合以来だよね」
「公式戦は初めてだしな」
「やっぱりグッとくるものがあるな、と」

今日のベンチマネはわたしだ。
近くにいたスガに試合前に思ったことを伝えたらいつもみたいに柔らかい口調で返してくれる。
アップの後だから汗を拭いながらなのに清々しい空気が漂っていて及川が爽やか君なんて言いたくなるのもわかる気がする。

「なに?」
「えっ」
「見られてたから」
「…今日も良い汗かいてるなぁと思いまして」

見ていたのは無意識というか、目にやきつけていたというか。
大事な試合前だというのに穏やかに笑っている横顔を見上げて少し感慨深い気持ちになってしまっていた。
この試合で終わりにするつもりなんてないのだから感傷的になるのはまだ早い。
なんだそれ、と笑うスガがいつも通りでつられてわたしも笑った。



手の内を知り尽くしている相手同士の試合は息をするのも忘れるくらいだったのに、どこか不思議な空気があってまるでここが東京体育館であることを忘れてしまいそうになった。
みんながすごく、すごく楽しそうだったから。

たとえるなら矛と盾。
正反対の強さを持つ音駒と烏野の試合は長くて、だけどずっと続けばいいのにと思った。

息をするのを忘れるようなラリーの終わりは多分誰も予想していなかったもので、トスをあげようとした研磨くんの指がボールの表面をなぞるように滑ってしまった。
試合中によくあることかと聞かれるとそんなことは決してなくて。
ラリー中にボールに触った選手みんなの汗がついてしまったから、お互いが粘り繋いだから、烏野と音駒らしい終わり方だと笑顔と一緒に涙がこみあげそうになる。
終わりというのはあっという間にやってくるんだなと肩の力が抜けた。
三回戦、因縁の対決。
ゴミ捨て場の決戦に勝った烏野は次の試合へと進むことが決まった。



試合後もまるで練習試合みたいな空気で、お互いの肩を抱き合ってやりきったことをたたえ合っているみたいだった。
勝負の世界にもう一回はないし、トーナメントの大会に引き分けはない。
勝ったチームも負けたチームもこんなに清々しい表情なことってそうそうないんじゃないだろうか。
恵まれたなぁ、と黒尾くんとガッチリ握手をしている澤村を見ていたら真っ黒な瞳が不意にこっちを見た。

「みょうじちゃん」
「はい」
「今から何しても笑って許して。今日だけだから」
「え?」

何してもって何をする気ですかと聞き返す隙もなく大きな身体が覆いかぶさってきた。
ぎゅっとされたのは一瞬で、解放されたと思ったら今度は大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でられる。
これ絶対髪の毛ぐちゃぐちゃになった。

「ありがとう」
「う、うん。こちらこそ」
「みょうじちゃんのおかげで頑張れたわ」
「そんな、わたしは何も」
「いいトコ見せたくて頑張ったわけよ。男の子だから」

人を食ったような笑顔じゃなくて、目尻を下げた黒尾くんを前に言葉に詰まる。

「本当に音駒のマネならよかったのにな」

そう言うとパッと手も身体も離れていって、とたんに音駒の応援席から大きな声がかけられる。
黒尾くんに対する冷やかしだ。
東京が地元だから応援もそれだけ多くて、制服の子たちはみんな音駒の生徒だろう。
知り合いがたくさんいるなかであんなことを他校の生徒にするって…こっちの体温が上がってしまう。

「大丈夫?」

今更顔が熱くって手でぱたぱたとあおいでいたらスガが声をかけてくれた。

「うん…ビックリした」
「みょうじちゃん顔赤いじゃん、照れた?」
「あっあんなことされたら誰でもこうなるよ」

はっはっは、と快活な笑い声をあげている黒尾くんのみぞおちあたりに弱いパンチをお見舞いしたら「今フルセットのあとでよろよろなのに」とやっぱり笑っていた。
じゃーね、と片手をあげて自分たちのベンチに引き上げていく黒尾くんの背中を見送ってからスガに「俺たちも行こう」と言われるまで放心してしまった。
慌てて荷物を担いでコートから引き上げる。
物思いにふける暇もなく次の試合をする学校が入ってきて、選手たちは隣のコートで行われていた梟谷戦に視線を向けていた。



「クロ、あんなことしていいの。みんな見てたよ」
「あー本人には許可取ったし」
「あれは許可って言わねーだろ。スガくんめっちゃ怖い顔してた」
「やっくんまで!あれくらい許されたい、告白すんのやめたんだから」
「黒尾さんやっぱみょうじさんのこと…!」
「うん。でもさ、困らせるだけってわかってて言えねぇじゃん」
「……クロのそういうとこ、俺好きだよ」
「みょうじちゃんに言われたかったわ〜」
「はは、研磨の気遣い台無しか!」



(2021.07.06.)



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