32.春高開会式

開会式の朝、宿から東京体育館まではシャトルバスに乗って移動をした。
バスを降りた会場前にはたくさんの人がもう集まっていて、バレーの全国大会なのだから当たり前かもしれないけれど背の高い人が多い。
はぐれても携帯があるしなんとかなるだろうけれど、思わず潔子のジャージの裾をつまもうとしたところで声をかけられた。

「みょうじちゃん、やる相手間違えてない?」
「え?」

後ろから降ってきた声に振り向くと、真っ赤なベンチコートを着た黒尾くんが立っていた。

「俺の掴んでいいよ」
「いやいや黒尾くん学校違うでしょ」
「そのままついてきてくれていーのに」

何を言っているんだと呆れながらも久しぶりに会えた音駒の面々に嬉しくなる。

「久しぶりだね」
「おう、久しぶり」

春高のトーナメント表が発表されて、烏野の名前の後に探したのは音駒の名前だった。
お互いに勝ち上がれば三回戦で当たる。
最後の大会なんだなぁという思いが、黒尾くんの顔を見たらまた込み上げて来て言葉が出て来なくなってしまった。

「そんなに見つめないでよ」
「見つめているわけじゃないです」
「はは、即答」

そんな話をしていたらドンっと後ろから衝撃があって、黒尾くんのほうに倒れ込むみたいになってしまった。
咄嗟に伸ばした腕を黒尾くんに捕まれる。

「わ、すんません!」
「おいツム何やっとん」
「しゃーないやん、小さくて見えんかったんやから。ごめんなー」
「いえ、」

振り返って大丈夫ですと伝えようとして、ぶつかった相手に見覚えがあったから驚いた。
二回戦で当たる相手、インターハイ準優勝校である稲荷崎の宮兄弟だ。

「澄まして歩いているからやろ、だっさ」
「はぁ?ダサいってなんや、どこから撮られてもいいように顔作っとっただけやん」
「それがダサい言うとんねん」

…なんか思ってたより陽気な人たちみたいだ。
宮さん、多分治さんのほうがわたしのことを上から下まで見て「烏野やん」と静かに言う。

「烏野?」
「初戦で当たるかもしれんとこ」
「あー飛雄くんとこか」
「飛雄のこと知ってるんですか」
「ユースで一緒やってん」

そっか、宮侑さんって言ったらベストセッターとかベストサーバーももらっている選手だ。
ユース合宿でのことを聞きたいなぁと思ったのが顔に出ていたのか「めっちゃ目キラキラさせるやん」と笑われてしまった。

「なまえ―?」
「あっごめん、いま行く」

のんびり話している間に烏野のみんなは進んでしまっていて、音駒の人も一緒に行ってしまっていた。
スガが呼びに来てくれて宮さんたちに「明日、よろしくお願いします」と会釈をして別れた。

「よろしくやって」
「かわいらしく挨拶されても泣かせることになるなんて心が痛いわ」
「どの口が言うとんねん」



わたしは小走りでみんなを追いかけるけれど隣を歩くスガと黒尾くんは少し大股くらいで、左と右にいる二人を交互に見上げて「ごめんね」と伝える。

「全然。てか宮兄弟がため口でみょうじちゃんが敬語なのうけた」
「あ、たしかに…けどあっちはわたしが何年生か知らないし」
「なまえ、宮兄弟と喋ったの?」
「うん、ぶつかっちゃって」
「それを俺が受け止めました」
「余計なこと言わないで黒尾くん」
「…まぁこの人混みじゃなぁ」
「気を付けます」
「うん」

みんなに追いついて、烏野と音駒では開会式までの待機場所が違ったから体育館に入ってから黒尾くんに「じゃあ」と挨拶をしようとしたらすっと細められた目で見下ろされる。
スガが烏野の面々に合流したのを確認してから黒尾くんが口を開いた。

「みょうじちゃんさ、スガちゃんとなんかあった?」
「なんか…?」
「うん。さっきなんかぎこちなかった」

普通にしているつもりだったし、烏野のみんなには特に何も言われないのに。
だからって黒尾くんに何があったかなんて言えないし、「別になんにもないよ」と答えるけれど目が泳いでしまう。

「告白でもされた?」
「えっ」
「あ、ビンゴだ」
「……あの、わたしが言ったってスガには」
「言わねーよ。てかみょうじちゃん言ってないじゃん」
「黒尾くん鋭くて怖い」
「鋭いっつーかみょうじちゃんのことよく見てるから気付いちゃったっつーか」

軽い調子で行った黒尾くんの言葉が一瞬理解できなくて見上げた状態のままかたまってしまった。
みょうじちゃん見てたらスガちゃんも目に入るからな、なんてどうして今そんなこと言うの。

「悪い、キャパオーバーだな」
「…うん」
「俺も今は大会に集中するわ」

今は、って。
及川にも受験が落ち着いたらと言われ、スガにも今は返事はいらないと言われ、黒尾くんまで。
まだ何か核心的なことを言われたわけでもないのに自意識過剰だろうか。
浮ついている場合でも暗い表情をしている場合でもない。



「なまえ?大丈夫?」
「えっうん、何が?」
「黒尾にまた絡まれてたから。人多いしはぐれないようにな」
「ごめん、ありがとう」

開会式に向けてユニフォームに着替えたスガに声をかけられた。
迷子の心配をされるなんて三年マネージャーとして情けない。
通行パスをなくさないようにと注意されていた日向くんたちを笑っている場合じゃなかった。

「昨日なまえも緊張するって言ってたけどさ、なんかふわふわしちゃうよな」
「ふわふわ?」
「うん。目標は全国大会に出ることじゃなくて優勝することだーなんて言ったってさ、やっぱここまで来たんだなって」

足がすくむっていうか地に足が着いてない感じがする、とスガは柔らかく笑いながら言うけれど瞳の奥がゆらゆら揺られているような気がした。
スガが自分の手をぎゅっと握ってすぐに広げた。

「…手、あったまんない?」
「うん。まぁまだ落ち着かないから早くアップしたいけど」
「いつも通りにって思っても難しいよね」

少し前だったら、潔子がしたみたいにぎゅっとその手を包み込めたと思う。
だけど今わたしがそれをするのは違うというか、スガのことを意識してしまったらもうできない。
わたしの考えが伝わったわけではないはずだけどスガが自分の手のひらを見つめてからふっと口元をゆるめた。

「前にさ、四月だったかな、影山が入ってきたばっかの頃」
「うん?」
「無意識に手をこうやっちゃって」

こう、と言いながらぎゅうっとこぶしを握り締めて見せてくれて、そんなことしたら爪が食い込んで痛いし指先が傷むかもしれない。
わたしがぎょっとしたのが伝わったのか「そしたらなまえがほどいてくれた」と目尻を下げて言うからなぜか目の奥がじわっと熱くなってしまう。
そんな前のこと覚えてたの?
その時のわたしは多分スガの気持ちに寄り添いたくて、心を軽くしたくて、ただそれだけだった。

「あの時、あぁ大丈夫だ、頑張ろうって思えた」
「…うん」
「やれるだけやってくるよ」

一緒に歩いた帰り道がスガの背中を押せたのなら、それだけでわたしの三年間は報われたと思えてしまった。
コートに立つことはできない、コートサイドで肩を並べることもできない。
マネージャーである自分にできることは限界があるかもしれない。
だけど確かに一緒に戦ってきたし、これからだってそうだ。
視界が滲みそうになるけれど泣くのはまだ早い。
大きくひとつ頷いたらスガの目元がゆるんだ。

「大丈夫、スガは強いよ」

俺の仲間はちゃんと強い、そう飛雄に声をかけたスガに同じ言葉をかける。
祈りでも言霊でもなんでもなくてわたしが見てきた事実だ。



(2021.6.30.)



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