8.とけない魔法

もうすぐ花火が始まるからだろうか、広場にはぽつぽつと人がいて場所取りをしているようだった。

「なまえ」

いつも通りに名前を呼んだだけなのに肩が小さく跳ねた。

「…なに?」
「なんでそんなビビッてんだよ」
「胸に手をあてて自分に聞いてみてほしい」

むっとしたような表情で見上げられたけれど頬が赤くて丸い目は少し潤んでいる。
言われた通りに空いていた左手で自分の胸のあたりに手を置いたら「比喩だよ」と怒られた。

「あてたけどわかんなかったわ」
「……摂津くんのせいだよ」
「これのせい?」

これ、と言って右手をかかげる。
繋いだままのなまえの左手も一緒に上に持ち上がった。

「これです」

繋いでいた手にきゅっとなまえが弱く力を入れる。

「さっきからドキドキしすぎて心臓痛い。摂津くんのせいだ」
「俺も。今日ずっとここ痛ぇんだけどなまえのせい?」

ここと言いながらさっきも手をあてたあたりを指さしたら「わかんないよ」と眉を下げた。
疑問形で聞いたけれどそんなのもうわかりきっている。
心臓が早く鳴っているのが自分でもわかるくらいで、柄にもなく緊張していた。

「なぁ、花火見る?」
「え…」

見たいけどこの雰囲気で言うのもどうなんだろう、と顔に書いてある。
わかりやすすぎて思わず笑ってしまった。

「な、なんで笑うの」
「いや、かわいいなと思って」
「…かわいいとこあった?」

俺からしたら全部そう見えてんだよ。
容姿がどうとかじゃなくてやることなすことかわいく見えるのは俺がなまえに惚れているからだろうな。

「花火見えてあんま人いないとこ知らねぇ?」
「そんなとこあるかな…」

えっと…と考えているなまえの手を引いて歩き出す。
弱く添えているだけみたいな繋ぎ方をしていた手に少しだけ力を込めたら「考え事してるときにやめて」と言われた。
…考え事としてないときならいいのかよ。

「人いないかわかんないけど、火山のほう行ってみてもいい?」

広場から火山のほうへ伸びている道を少しだけ早足でなまえが歩く。
火山の中を走るジェットコースターの横を抜けて狭い道を通ると、岩場の間に暗い夜では目立たない木製の扉があった。
ドアノブは古めかしく鉄のリング状に作られていてそっと扉を引くと薄暗い室内は狭い。
雑然としているのは天文学者の研究室みたいなイメージなんだろうか。
天井には正座の地図が描かれていて机に広げられた古紙の地図や使い込まれたような天体望遠鏡が雰囲気を
出している。

「奥に階段があるんだよ」
「すげーな」
「ね、テレビとかであんまり紹介しないからいつ来てもあんまり人いないんだ」

手を引かれて進むとたしかに階段があった。
上り切った先の扉を開けると外に繋がっていて、先客が何組かいたけれど広場ほどではない。

「よかった、ちょうど始まるみたい」

海と広場を照らしていた街灯や照明が一斉に消えて音楽が流れる。
花火とか俺は正直どうでもいいと思っていたけれどなまえが嬉しそうにしているし、何よりここまで我慢したんだから適当に済ませたくなかった。
王子が憧れとか夜景がロマンチックとか恥ずかしげもなく言うなまえに乗ってやろうと思う。

音楽に合わせてデカい音を立てながら花火が打ち上げられて、隣から「わぁ」と声にならない声が聞こえてくる。
花火を見ながらとか我ながらベタだしくさい。

「なまえ」
「うん?」
「こっち向かなくていいから聞いて」

向かなくていいと言ったのに花火に釘付けだった瞳が俺を映した。

「いいっつったのに」
「うん、けどなんとなく」
「……じゃあ五秒だけ」

なまえが眉を下げて「ん?」と首を傾げた。

「わかってると思うけど」

一拍置いて、俺の言葉を待つなまえの手をぎゅっと握った。
さっきからもうずっと繋いだままだった手をなまえが握り返す感覚がしてそれだけで込み上げてくるものでまた左胸のあたりが痛い。

「なまえが好きだ」

さっきからうるさい心臓に花火の音が響いてどっちの音なのかわからないくらいだった。

「俺のこと優しいって言ったけど、優しくしたいと思うのも他の奴となら疲れるだけのこんなとこ来んのも、全部なまえだからだ」

俺と付き合って、と伝えたあたりで多分五秒なんてとっくに経っていたけれどなまえはこっちを向いたままだった。
何度もまばたきをしているなまえの瞳を見つめ返しているうちに音が止んで暗く落とされていた照明が少し明度を上げた。

「……花火終わったな」
「えっ最後見れなった」
「悪い」

我に返ったようになまえが顔をあげて、首を横に振る。
花火の余韻の残る夜空を少しだけ見たあとになまえがこっちを向いた。
他の客たちは花火が終わった途端にぽつぽつといなくなって、まぁ見晴らしがいいだけで他に何があるわけでもないところだからこんなところに用がある奴はそういないだろう。
少しだけ周りを気にする様子を見せたなまえが、誰もいないことを確認してから大きく息を吸って吐いた。

「返事、してもいい?」
「良い返事?」

小さく笑って「うん」なんて言うからもうそれだけで充分伝わってしまった。

「わたしも摂津くんじゃなきゃいきなり遊園地行こうなんて誘われても来ないよ」
「あー…やっぱ強引だった?」
「ちょっとね」
「おい」
「うそだよ、嬉しかった。ありがとう」
「おう」

きゅっと形の良い唇を一度引き結ぶ。
弱く吹いた風がなまえの髪を揺らした。
イルミネーションがきらきらとなまえの輪郭を照らすみたいで綺麗だ。

「わたしも摂津くんが好き」

改まって言うと照れるね、と繋いでいないほうの手で顔を隠すからその手も取って両手を繋ぐ。
恥ずかしさから目に涙がたまっていて、上目遣いで見られるから抱きしめたい気持ちとこのまま顔を見ていたい気持ちとで動きが止まってしまった。

「摂津くん?どうしたの?」
「すげー好き」
「…うん」
「自分で言うのもなんだけど今までもけっこーダダ洩れだっただろ」
「それわたしに聞く…?」

好きだと言葉にして、なまえも同じ気持ちだと言ってくれたらふっと身体が軽くなったような気がした。
「わたしも隠せてなかった気がする」とか言うから結局思い切り抱き締めたら顎の下あたりにメイのカチューシャがあたって邪魔だなと許可も取らずに外した。

「え?」
「悪い、カチューシャ邪魔」
「そ、そっか」

なまえが外してんのに俺だけつけてんのもおかしいだろと手早く無造作に自分の分も外して片手でまとめて持つ。
てか冷静にクマの耳つけたまま告白とかまぬけすぎないだろうか。
今更こんなこと言っても仕方ねぇんだけど。
遊園地じゃなかったら絶対ありえないシチュエーションだと考えればまぁ悪くはないかもしれない。
障害物がなくなったのを良いことになまえのつむじのあたりに顎を乗せて、もう一度抱き直すようにきゅっと腕に力を込める。
遠慮がちに俺の脇腹あたりに置かれていたなまえの手を掴んで「こっち」と背中に誘導したらおそるおそるという風に腰のあたりに手が添えられた。

「摂津くん、本当はカチューシャとか嫌だった?」
「普段ならつけないけどなまえとなら別に。カップル感あって楽しかったけど」
「カップル感?」
「そう」
「ふふ、そっか。ねぇ、また一緒に来てくれる?」

もぞもぞと身じろぎをしたかと思ったら俺の腕の中から顔を覗き込んでくる。
なんだこのかわいい生き物、わざとやってんのか。

「おう。てかあんまかわいいことされるとキスするけど」
「え……」

まんざらでもないみたいな顔をされた。

「いやなんでだよ」
「だってこんなところで、こんな風に告白してくれるなんて思ってなかったんだもん」
「こういうの好きだろ、なまえ」
「よくご存じで……」

好き、と言われてまぁそれは俺が言った「こういうの」に対する返事だったけれどしっかり目が合うように顔をのぞきこんで逃げ道がないように両腕の力はゆるめない。

「幸せすぎて倒れそう」

ふにゃ、と笑うなまえがそんなことを言うからこっちはたまらない気持ちになる。
額と額をくっつけて焦点が合わないくらい至近距離で見つめ合う。

「……目閉じろよ」

うん、と言おうとしたらしいなまえの声は半分俺が飲み込んでしまった。
くちびるとくちびるが触れるだけなのにこんなに満たされたみたいな気持ちになるものだろうか。
そっと離れて、弱く吹いている風に乱されたなまえの髪を撫でるようにして耳にかけてやる。
なまえは伏せていた瞼を持ち上げて、俺の制服のブレザーをぎゅっと握った。

「俺も倒れそう」
「摂津くん倒れたら支えられないからがんばって」
「誰のせいだと思ってんだ」
「…わたし?」
「なまえ」

目を細めながら「わたしのも摂津くんのせいなのに」と笑った。




花火も夜のショーも終わって、遊園地の出口へ向かう人が多い。
俺たちも例にもれずに昼に通った道を戻っていた。
なまえの右手にはスーベニアショップで買った土産、左手は俺と繋いでいる。
たまにぎゅっと力を込めると同じだけの力で返してきたり、何かのタイミングで離さなければいけないときはお互いに渋ってみたり、子供みてぇだけど今日くらいはいいだろ。

来た時に写真を撮った地球のモニュメントはこの時間になるとライトアップされていた。
ここを通り過ぎてゲートを通ったらもう帰るだけ。
今日が終わるのが惜しいなんて伝えたらどんな顔をするだろうか。
心なしか足取りがゆっくりになっている隣のなまえを見下ろすと、視線に気が付いてこっちを向いた。

「お昼にここで写真撮ったときはまだ友達だったのにね」
「だな」
「なんか夢みたい」

夢であってたまるか。
やけに静かに言うから下手したら聞き逃していたかもしれない。
出口へ向かう人たちの行く道を遮らないように地球の周りをぐるりと半周して人の少ないところで歩く速度を落とした。

「…顔つねってやろうか」
「え、優しくお願いします」

向かい合って頬に手をやったらなまえがやってくるであろう弱い痛みに身構えるように口元をきゅっと引き締めた。
指に力を込めるなんてことはせずに、俺の手ですっぽり覆えてしまう頬を包むようにして顔を寄せる。
なまえは驚いたように目を丸くさせていたけれど、今度はちゃんと目を閉じた。
暗いとはいえ人通りがあるし、掠めるような軽いキスをしてすぐに離れる。

「痛かった?」
「……やわらかかった」
「なんだその感想」
「夢じゃないってことはわかりました」
「おーよかった」

ここを出たら夢でしたとか冗談じゃない。
イルミネーションも花火も何もなくたって俺はなまえが好きだし、なまえも同じ気持ちでいてくれるんだろう。
ここで伝えたことや返してくれた言葉はなかったことにはならない。
また来ようなと伝えたら今度は隣の遊園地が良いと笑った顔が幸せそうで、多分俺も同じような表情をしているんだろうなと思った。



(2021.06.20.)


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