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蘭ちゃん蓮くんに合わせて良い子の時間に寝たから、今朝はスッキリ起床できた。



真琴と二人でリビングに戻ったときには蘭ちゃんと蓮くんは敷いてあったお布団でぐっすり眠っていて。
健やかな小さい寝息が聞こえたから真琴と二人して顔を見合わせて笑ってしまった。

「…なまえと寝るーって嬉しそうだったのに待てなかったんだね」
「ゲームでだいぶはしゃいでたから疲れちゃったのかな」

お布団は三人分敷いてあって、(スペース的に四人分はきつかったみたい)蘭ちゃんと蓮くんが二人分を占領してしまっていたから必然的にわたしと真琴が一人分のお布団でぎゅーぎゅーになりながら眠ることになった。

「これ、母さんたちが起きる前に起きないとビックリされちゃうだろうなぁ」

苦笑しながら二人で薄い掛布団を被る。
狭いお布団で向かい合って眠るのはやっぱり少し照れるけれど、隣で蘭ちゃんたちの寝息が聞こえてきて、家族の一員って感じがして胸が温かくなった。

「目覚ましかけておくね。おやすみ真琴」
「おやすみ…の前に、」
「ちょ、え?」

瞼に降ってきたのは柔らかい感触。
控え目なリップ音が瞼から頬に移って、唇に。

「まこっ…」
「ごめん、キスだけ」

ちゅ、ちゅっとついばむようなキスを何度かして、「今度こそおやすみ」って柔らかく笑う真琴のことを好きだなぁと思った。


寝れないかも…なんて思ったけれど、隣で真琴がすぐにスースーと寝息を立てはじめたから、それにつられて気が付いたら眠ってしまっていた。





目覚ましの音でパッチリ目は覚めたんだけど、真琴のお母さんは既に起きていてキッチンから朝ご飯の良い匂いがした。
真琴と向かい合って眠っていたから、やっぱりまずかったかなぁと思ったのに「二人が仲良しで嬉しいわ〜」なんて言ってくれるから信頼されているということなのかな?

みんなで朝ご飯を食べて、いってらっしゃいって送り出されることにまた少しくすぐったくなったけれど、真琴と一緒にハルのことを迎えに行ったらもういつもと同じ朝だ。





土曜日、今日は鮫柄との合同練習です。

たぶん家でひとりだったら鮫柄に行くことが憂鬱で寝られなかったと思うから、真琴の家に泊まってよかったなぁーなんて考えながらマネージャー業をこなす。
動いていたら少し暑くなってきて、もう夏だなぁと思いながらジャージの袖をまくったところで、

「手伝う」

低い声が降ってきてギョッとして見上げればそこにはジャージを羽織った宗介が立っていた。
ズボンも履いていて肩からタオルをかけている。

「え、宗介もう終わり?」
「今日は調整だけだから終わり」
「調整って…どこか調子でも悪いの…?」

思わず小声になって聞く。
岩鳶SCのリレーのときはそんな感じしなかったけれど、怪我、とか。
それとも体調でも悪いのだろうか。

「…いや、そういうんじゃねぇけど」
「?ならいいけど…せっかく切り上げるなら休んでなよ。手伝って体動かしてたら意味なくない?」
「こんなん体動かすうちに入らないだろ」

そう言ってわたしが両手に抱えていたドリンクボトルが入った籠の重たいほうをひょいっと奪うとスタスタと歩き出してしまった。


鮫柄のプールは設備が整っていて、水道もプール内にあるからドリンクを作るのも楽だ。
だけど容量たっぷりのボトルを運ぶのはたしかにわたしには大変で、これだけの部員数のボトルを運ぶとなると何往復かすることになる。

手伝ってもらえるのはありがたいけど、同じ空間に真琴がいるだけにちょっと気まずい。

プールサイドの端っこにある水道から、プールの四隅にボトルを置いていく。
宗介は最後まで手伝ってくれたけれど、特に会話もないまま終わった。


…なのに。

「宗介?もう終わったからいいよ?」
「おー」

おー、だなんて肯定とも否定とも取れない返事をされて、思わず首を傾げる。
作業が終わって次はタイムを取っている江ちゃんの手伝いをしようとタイマーを取りに行こうとしたら、宗介が付いてきた。

「なまえ、」
「ん?」
「お前、さっきからすげー歩いてるけど大丈夫なのかよ」
「これくらいいつもの部活と変わらないけど…たしかに鮫柄は部員数多くてそのぶんなんでも量が多いけど」
「いやそうじゃなくて、足」
「?」
「…もう治ったのか?」


もしかして、それが聞きたくてさっきから付いて来てたの?
そんなのサラッと聞いてくればいいのに。
大体、こんなの体動かすうちに入らないってさっき自分で言ってたくせに。

相変わらず宗介の優しさはわかりにくい。
不器用な奴だな、となんだかこそばゆくて恥ずかしい。

「もう全然痛くないから大丈夫だよ、ありがと」
「湿布、貼ってんじゃねーか」
「念のため、かな。まだちょっと腫れてて。でも痛くはないから」

そう言えばほんの少しだけ顔がムッとして。
多分宗介と親しくなければ気付かない程度の変化なんだけど。

「捻挫は癖になるから、ちゃんと治せよ」


…なんか、宗介にそういうこと言われるのって、

ずるい。



「おい、聞いてるか?」
「あっうん、そうだね、ちゃんと治すね」

顔赤いかもしれない、と思ったらもう宗介のほうを向けなくて、もちろんタイム取りになんて行って江ちゃんや…真琴にこんな顔見られるわけにはいかない。

「ごめん、宗介。わたし…えっと、タイム!鮫柄の人たちのタイム取ってくるね!」
「?無理すんなよ」
「っ、ありがとう」


男の人に優しくされることに慣れていないわけじゃない。
真琴はいつだってすごく優しい。
小さい頃から凛と宗介だってなんだかんだ甘やかしてくれていたと思う。

だからこんな風に動揺するのは違うはずなのに。
違うってわかっているのに、宗介のほうを見ることができないのはどうしてなんだろう。




「あれ、なまえさん今日は俺らのタイム計ってくれるんですか?」

ぐるぐる回る思考回路のままでもマネージャーとしての仕事を放り出すわけにはいかなくて、ストップウォッチを持って鮫柄の選手たちの元へ向かえばすぐに察して声をかけてくれる。

「うん!任せて!」
「いやーなまえさんいっつも岩鳶のほうばっかだから新鮮でテンションあがります」

そんな風に言ってくれる美波くんに「またまたー」と返事をして仕事を再開した。
脳裏に残った妙に心配そうな宗介の声とか表情は、もうなかったことにする。






もう痛くない、とか言ったわりにはひょこひょこ歩いて美波のほうへ行ったなまえの後ろ姿を眺めていたら、岩鳶の葉月たちが話している声が聞こえてきた。

「あれ、なまえちゃんドリンク終わったらタイム録ってくれるって言ってたのにあっち行っちゃったね」
「本当だ。まぁ俺達のほうには江ちゃんいるから」
「とか言いながらまこちゃん顔怖いよー!」
「えぇ?!」

そうかなぁと両手を頬にあてる仕草をする橘のほうを見たら、バチッと目が合ってしまってすぐに逸らした。

「美波先輩、なまえさんのこと気に入ってるんスかねー?」

そう言いながらスススッと近付いてきたのは御子柴で、それに対して「美波くんは女の子には誰にでもあぁだよ」とさりげなく毒を吐いたのは似鳥だ。

もうあがるはずだったのに気が付いたら周りにけっこうな人が集まっていた。
なまえの手伝いが終わったらさっさと引き上げるべきだったか…と逡巡していたら似鳥がまた口を開いた。

「それになまえさんには橘さんっていう彼氏さんがいますしね!」
「…は?」



いま、なんて、


「えぇーなまえさんと橘さんって付き合ってたんすか?!」

飛んでいた思考が御子柴の馬鹿でかい声で引き戻される。
ざわざわしていたプール内に響き渡った声に、すぐ近くにいた橘も、少し遠くでストップウォッチを握りしめていたなまえもこちらを見ていた。

「…おい、声でけぇよ」

御子柴の頭を軽く叩いて、俺今日はもうあがる、とだけ残してプールを出た。
なまえの姿が視界を掠めたけれど、目を合わせるほどの器量はなかった。


(2015.04.09.)


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