31.一月四日

東京に出発をしたのは年が明けてから四日後だった。
年末感のない年越し、初めてバレー部の三年で行った初詣、なまえと二人で歩いた帰り道に言うつもりのなかったことを伝えてしまった。
あれから三日経ったけれど俺となまえは何事もなかったかのように接していた。

「好きなんだ、なまえのこと」

俺の告白を聞いて驚いたあとに泣きそうな顔をしているなまえを見ていたらあぁやっぱり言わなきゃよかっただろうかと握ったこぶしが痛い。

「スガ、わたし、」
「ごめん。今言うつもりなかったのに」

足元に視線を落としたなまえが口を開いて、返事を聞くのが怖くて遮った。
なまえの返事がどんなものでも、今は聞いちゃいけないと思ったからだ。

「なんか最近焦ってて」
「焦ってた…?」
「うん。俺、変だっただろ」

自分で自分のことを変だっただろうと聞くのもおかしな話だけれど、問いかければなまえは答えにくそうに頷いた。

「変、っていうか。悩んでるみたいに見えたんだけど…バレーのことかなって」
「なまえのせいだよ」

はっきりと伝えたら一瞬ひるんだような顔になったけれど「なまえのことで悩んでた」と言い直したら白い肌がじわりと赤く染まった。

「こんな時期にごめん。だけど俺のことも考えてほしい」
「え、と…」
「また、話させて。春高終わった後に」

うん、と消えそうな声でなまえが頷いた。
家の前まで送り届けて、気まずさを隠せず目が泳いでいるなまえを見下ろす。

「じゃあ、明日な」
「うん。あの、スガ」
「ん?」
「明日も頑張ろうね、部活」
「おう」

また明日と言ってなまえに手を振ろうとしたらまだ何か言いたげな様子で言葉を待つ。

「……スガ」
「うん」
「あの、びっくりした」

なまえはここで俺をあっさりと振るような子じゃない。
無意識のところでその優しさにつけこんだのかもしれない、俺って実はずるいのかもなぁと思っていたら「でもね」と消えそうな声が続く。

「好きって気持ちは本当に嬉しいよ、ありがとう」

自分のことをずるい奴かもしれないなんて思った矢先だけれど、さっき告白された相手を見上げてそんな顔で「嬉しい」なんていうなまえのほうがよっぽどずるいと思った。





……告白してしまった。
まだ言うつもりなんてなかったのに。
宿のみんなもいる部屋だというのに元日の出来事を思い出して、まずかったかなまずかったよな…とあの時のシチュエーションを反芻して思わず顔を覆って天井をあおいでいたら縁下に声をかけられた。

「スガさんここでも勉強ですか?」
「うん、いつもしてる時間だ」

東京に来て宿に着いてもやることは変わらなかった。
というか、気持ちを保つためにいつも通りを心掛ける。
部屋は全員共同で騒がしかったけれど、静かな場所だと今は落ち着かないからこれくらいがありがたかった。

「なまえ先輩も部屋で勉強してました、受験も大詰めですもんね」

選手部屋にいた谷地さんが他意なくそう言って、なまえの名前に反応してしまう。
受験生なのだから部屋で勉強していたってなんの不思議もないし、そのことをこの流れで谷地さんが話すことだってごくごく自然なことだ。
旭は烏養さんが用意してくれた烏野の名プレー動画を繰り返し観ていた。
大地は先生とミーティング中で、明日に迫った春高本戦を前にしてもそれぞれに時間を過ごしている。
明日の流れは武ちゃんがばっちり調べてくれているらしいから俺たちはいつも通りの平常心で臨むだけだろう。
その「平常心」が一番難しいのだろうけれど。

そろそろ寝る準備をしようかと部屋を出たら、ちょうど隣の部屋のふすまが開いた。

「あ、スガ」
「おーなまえ」
「まだ寝ないの?」
「いや、ちょうど寝ようかと思って」
「そっか、わたしも」
「正直全然眠くないんだけど」

普段部活のあとに勉強をするとあくびは止まらないし眠くて仕方がないのに、やっぱり緊張しているのだと思う。
眠くないと伝えたら、なまえが「実はわたしも」と眉を下げた。

「なんか落ち着かなくて」
「だよなぁ。清水と谷地さんは?」
「それが二人はぐっすり」
「まじか」

選手陣もすでにすやすや、いや盛大に寝息をたてながら寝ている奴もいる。
視線が不自然じゃないよう外されてなまえが目を伏せた。
何もなかったかのように過ごしていたけれど、前と全く同じようにというのは無理がある。
他の部員がいるときはまだしも、二人だけになると今みたいに少し気まずそうにされることもあった。
だけど意識してほしくて言ってしまったみたいなところもあるし、嬉しいと言ってくれた言葉は嘘ではないと思いたい。
俺のこともっと見て、もっと考えてほしい。
自分にこんな欲があるとは思わなかった。

「…ちょっとだけ話せない?」

多分前までだったら一瞬の間もなく「いいよ」と笑顔が返って来た。
断られることはないだろうと思って誘っているとわかったらどう思うだろう。
視線を泳がせたなまえが一拍置いてから頷いてくれて、食堂のほうに二人で移動するけれど新しいとは言えない宿は電気が消えていると少しお化け屋敷感がある。

「なんか肝試しみたいだなぁ」
「ちょっと…思っててもそういうこと言わないでよ…」

気のせいだと思おうとしてたのにやっぱり怖くなるじゃん、とジト目で見上げられた。
さっきまでうようよと視線を泳がせていたから、しっかり目が合うと少し照れる。

「ごめんごめん」
「スガってホラーとかお化け屋敷とか好きそう」
「わかる?好きだよ」

この好き、は当たり前だけれどなまえが挙げたホラーとかお化け屋敷に対しての好きであって、深く考えずに言ったつもりだったのになまえの肩が不自然に揺れた。

「そ、っか……」
「うん、好き」
「…二回も言わなくてもわかるよ」
「だってなんかおもしろいんだもん、なまえ」

恨めしそうな目で見られるけれど、照れとか戸惑いとかそういうものが混ざっているように見えるのは気のせいだろうか。
食堂に着くまで他の宿泊客には会わなかったけれど、烏養さんと武ちゃんの部屋からは電気がもれていてまだ何か話し合っているようだった。
まだ起きているのかと言われてしまうことは目に見えていたので部屋の前を通るときはなまえと目配せをして静かに通った。

「お茶とかはさすがに片付けられちゃてるな」
「もうみんな寝てるもんね」

近くのコンビニに行くためには部屋に財布を取りに戻らないといけないし、明日は春高初戦だというのにさすがにそこまで夜更かしをするつもりもない。
少しだけ話したいと思ったけれど、こんなに静かだと自分の心臓の音が妙に大きく感じてしまう。
早く寝ないといけないのにこれじゃ逆効果な気がしてきた。

「緊張するね」
「え、」
「ついに春高かぁ。実感ないと思ってたけどそわそわしちゃって」

緊張する、というのが俺といることに対してかと思ってしまったけれど秒速で真意を告げられた。
勘違いかと勝手に恥ずかしくなる。

「明日はなまえがベンチだっけ」
「うん。潔子と交互に入る予定だから勝ち進んでいただかないと困ります」
「はは、了解」

頑張んないとなぁと独り言みたいにこぼした言葉もしっかりなまえは拾ってくれて、頑張ろうねと返してくれる。
一緒に戦ってくれているなまえや清水、谷地さんの存在はめちゃくちゃありがたい。
試合に出られるかはわからないけれど、いつ呼ばれても自分のやるべきことができるように準備するだけだ。
膝の上に置いていた手をぐっと握り込んだらふわっとシャンプーの香りが鼻をかすめた。
なまえが俺の顔を覗き込んできたからだ。
覚えていないくらいきっと何度もされたことのある行動だし、合宿で風呂上りに会って石鹸の香りがすることもあった。
だけど今、俺の気持ちを知っているくせにこういうことをするなまえのことを引き寄せたいと、そう思ってしまった。
好きだと伝えたらもっと気持ちが大きくなったような気がするなんておかしいだろうか。

「そういえば。スガ、白鳥沢戦で潔子にあっためてもらってたよね」
「あぁ、うん」

見られてたのか。
いや、まぁそりゃそうか。

「あのとき応援席から見てたけどみんな大騒ぎだったなぁ」
「あー…まぁ普段そういうこと絶対しない清水だからな」
「こっちまで緊張ほぐれた」

もし逆の立場だったとして。
なまえが及川の手をあたためているところを見たら俺は緊張がほぐれたなんて絶対に言えない。
二人は違うチームだしこんなこと考えてもなんの意味もないけれど。
中学の時はどんな関係だったのだろうか。
久しぶりに会ったらしいのによどみなく会話をしていたあたり、仲はかなり良かったんだろう。
及川はなまえのことが好きだと隠すつもりもないみたいだったし、実は付き合っていたと言われても不思議ではないな…なんて今更なことを考える。
実際のところはどうだったかなんて聞かなければわからないのに。

なまえが俺を気にかけてくれるのが嬉しい。
だけどそこにマネージャーと選手という関係以上のものがあったらいいのにと思うようになってしまった。
返事は今はしないでくれと言ったのは自分だし、望む答え以外ならめちゃくちゃしんどいのに言わずにはいられなかった。

何も言わずにいたら意図せず見つめるみたいになって「なに…?」と控えめな上目遣いで聞かれる。
かわいいなぁなんてとても口に出せないけれど、思ったまま伝えられる関係ならいいのに。



(2021.06.11.)



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