6.オレンジと濃紺

「優しい摂津くんにもうひとつお願いがあります」
「おー、なに?」
「メリーゴーランド乗りたいな」
「……いいけど、なんで?」

メリーゴーランドって。
なまえに提案されなきゃ絶対に乗らねぇなと思いながら顔に出さずに聞く。
わざわざお願いなんて言い方をするあたり普通に言ったら俺が却下すると思ったんだろう。
よくわかっている。

「ここのメリーゴーランド乗ったことある?」
「なんか特別なん?」
「特別ってわけじゃないけど装飾がかわいくてね、ランプの魔人に乗れるんだよ」

ランプの魔人ねぇ、三角の顔しか浮かばねぇなと思いながらまぁいいかと頷いた。
そろそろ行くかと二人分のゴミを持って立ち上がる。
一緒にイスから立ったなまえに「捨ててくるから待ってろ」と伝えたらすとんと元いた場所に収まった。
それがなんかかわいく思えて、遠慮されるよりこういうのが心地良いと思う。
コーヒーとチュロスのゴミを捨ててなまえのところに戻ろうとすると、すれ違った男がさっきも聞こえて来たような会話をしていた。

「なぁ、あの子」
「え、どれ」
「メイのカチューシャの。すげーかわいかった」
「まじか、顔みなかった」

振り向いてなまえのほうを見ようとした男となまえの間を遮るようにしてなまえのところに戻る。
大股で戻った俺を不思議そうに見上げるなまえの丸っこい頭を、髪の表面に手を滑らせるようにして撫でた。

「え、なに…?」
「……髪に糸ついてた」
「えっありがとう」
「おう」

嘘だけど。
目線を伏せたなまえの声が少し上擦っていて、このまま腕の中に隠してしまいたい。
その権利はまだ俺にはないんだけど。
俺の下心だらけの願望なんてなまえに届くはずもなく、アラビアンナイトのエリアに入るべくデカい門の下をくぐる。
白と青を基調に作られた宮殿や噴水が夕陽のオレンジに照らされて確かに綺麗だった。

「すげーな」
「でしょ?きれいだよね」

門をくぐって階段をあがると、そこからエリア全体が見渡せる作りになっていて数台置いてあるベンチは全部空いていた。

「さっきまで休憩してたのにまたかって感じだけどここ座っていい?」
「ん」
「ここから見える景色が大好きなんだぁ」

なまえは宮殿のあるほうを見ながら目を細めていて、丸い瞳に夕陽が反射するようにきらめいている。

「マジックアワーって言うんだって」

返事を求めているようには聞こえなかったから「へぇ」と薄い返事だけする。
夕陽が傾いていって照らす場所が少しずつ変わっていくのを二人で並んで見ていて、ベンチに手を置こうとしたらなまえの手に掠めた。
謝るのは違う気がして何も言わずに右手を自分の膝の上に戻す。
なまえのほうを見たら俺の視線に気が付いたらしくそろりとこっちを向いて視線が絡んだ。

「……悪い」

さっき謝ることじゃないとおもったのになまえの視線の意味がわからなくてやっぱり謝罪の言葉が口から出た。
昼から一緒にいて隣を歩いていると手が触れたり身体の一部が軽くぶつかったり、そんなことが一度や二度じゃなくあった。
友人としての距離感を保ったほうがいいんだろうかと思うし拒絶されたら立ち直れねぇけど「ううん」と首を横に振るなまえの薄い肩を引き寄せたいとも思う。
溜息だと思われないように細く息を吐き身体にたまりそうな熱を逃がして目線を前に戻した。

夕陽が沈んだあと、なまえが乗りたがっていたメリーゴーランドに並んだ。
順番が来てお目当てのランプの魔人を狙ったものの、誰も考えることは同じようであっとい間に魔人の木馬は埋まってしまった。

「乗れなかった…」
「まぁ子供押しのけては乗れねぇよな」
「けどこれ、魔法のじゅうたんみたいでかわいいね」

乗りたいものには乗れなかったものの、空飛ぶじゅうたんを模したボックス型の木箱におさまることができたなまえは嬉しそうに笑っている。
アトラクションにはここに来る前もいくつか乗ったけれど、ジェットコースターとは違ってゆっくりとした速度で回るメリーゴーランドで肩を並べるのは少しだけ緊張した。
なまえのいる左側だけ肩に意識が向いてしまうとか中学生じゃあるまいし。

「明らかに子供向けだけどなんか好きなんぁ、メリーゴーランド」
「なまえの好きなものリストに追加しとくわ」
「あはは、そういえばさっき言わなかったね。摂津くんは乗り物何が好き?」
「あー…ここの詳しくねぇんだよなぁ」

なまえが好きなものを好きになりたい、と一瞬頭をよぎったけれどそのまま言葉にする勇気はさすがにない。
さっき目についた、園内を横切るように通っている汽車のことを話したら「あれわたしも好き」と返ってきた。
そんなほのぼのを絵に描いたような会話をしているうちに特に山も谷もなく音楽とともにぐるぐると回っていたメリーゴーランドはゆっくりと動作を止める。
俺が先に降りて、次になまえが降りようとしたときに少しだけ段になっているところに足がひっかかったようで身体が傾いた。

「わ、」

小さく声をもらしたなまえのほうにとっさに腕を出したら、しがみつくようになまえの手が俺の腕を掴んだ。

「び、っくりした…ごめん摂津くん、思いっきり掴んじゃった」
「いや、大丈夫か」
「うん、ありがとう」

腕を掴んだままじゅうたんから降りるけれどそのあとすぐに離されてしまったけれど、なまえの体温がずっと残っているみたいに熱かった。



アラビアンナイトのエリアを出る頃にはすっかり夕陽が沈んで園内には人口の光が淡く灯っていた。
すれ違う人の表情もよくわからないくらいの暗さだ。

「摂津くん、さっき言ってた汽車乗ろうよ」
「おーなまえがいいなら」
「もちろん!ここからここまで移動できるから、そのあとゴンドラ乗りに行くのどうかな?」

ここ、と言いながら園内の案内図を指さす。
乗り場はふたつしかないらしく、行先はゴンドラの近くだからちょうどいいかもしれない。

「あとね、乗り場の近くに売ってるミートパイがとっても美味しいです」
「じゃあそれ食うか」
「えへへ、やった」

乗り場まで少し歩くから、その途中に気になるところがあったらお互いに言おうと話して歩き始める。
昼間も空いていた園内は、夜を迎えてさらに人が減ったような気がした。

「なんか一段と空いたな」
「子供連れとかこの時間になると帰っちゃうのかもね」

暗いこともあってなまえと二人で歩いているような気になる。
雰囲気にあった音楽がどこからか聞こえてきて夢の国なんておく言われているけれど非日常感にひたれるのは他の遊園地とは段違いだと思うし、ここに通いたくなる気持ちもわかる。
…俺は相手次第だと思うけど。
隣を歩くなまえはずっと口角が上がっていて、足取りも軽くて楽しいらしいことがめちゃくちゃ伝わってくる。
なまえは、俺とじゃなくてもこんな風に楽しめるんだろう。
それが悔しいと思うけれど、そいう奴だから俺ともビビらずに最初から話したんだとも思う。
楽しいはずなのにそれだけじゃ足りないと腹の中で消化しきれない気持ちが渦を巻いているみたいだった。

「歩いてるだけで楽しいから不思議だよね」
「…おう」
「わたし、ここ何回か来たことあるんだけど、」
「やたら詳しいもんな」
「でもね、今日がいちばん楽しいです」

一緒に来てくれてありがとう、とまだ園内にいる時間は残されているのにこっちを向いて照れたように笑う。
なまえの行きたいところを優先したしそういう意味では満足度が高いのかもしれない。
でも、それだけじゃない意味が込められているような気がして、それが勘違いじゃなきゃいいと思ってしまって返事に詰まった。

「わたし、男の子とふたりで遊園地来たの初めて」
「…俺も」
「えっそうなの?」

無言で頷く。
なまえがどう思ってんのか知らねーけど好きでもない女とこんな疲れるところに来るわけがない。
彼女という肩書の存在に行きたいと言われて面倒だとバッサリ断ったことならあるけど。

「そっか」

視線を伏せたなまえの表情は、暗くてよく見えなかった。



(2021.06.06.)



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