5.たぶん最初から

「……なに?」
「摂津くん、コーヒー似合うなぁと思いまして」
「コーヒに似合う似合わないとかあんの?」
「あるみたい」

そろそろ陽が陰ってくる時間帯、コーヒーとチュロスを買ってテラスで休憩していたらなまえがこっちを見ているから聞いたらこれだ。

「まぁ好きだけどな、コーヒー」
「そうなんだ。わたしカフェは好きだけどブラックコーヒーはあんまりだなぁ」

スタバの季節限定のは好き、とこの前飲んだというホイップが山盛りの飲み物の写真を見せてくれた。

「美味かった?」
「うん!期間終わる前にもう一回飲みたい」
「じゃあ一緒に行こうぜ」

俺も飲みたい、と言ったら以外そうに目をまたたかせている。

「摂津くん、チュロスとかジェラートもだけど甘いの平気なんだね」
「人並みには」
「なにそれ」
「劇団に味覚いかれてんだろってくらい甘党な奴がいんだよ」

こんなところに来てまで兵頭のことを思い出してしまってげんなりした表情になる。
しかも一緒に行こうという発言はスルーされたうえになまえが「それって兵頭くん?」とか言う。

「なんで知ってんの」
「佐久間くんに聞いたことあって。すっごくかっこよく強くて甘いもの好きな人がいるって」
「咲也?」

あいつ、余計なことを…と思うけれど善意のかたまりみたいな咲也に他意はなく自分の思っていることをただ口にしただけなんだろう。

「……てか咲也と面識あったんだな」
「うん、一年生のとき同じクラスで。一緒にここの隣の遊園地行ったことあるよ」
「は?」
「遠足で行く場所選べたでしょ?わたしと佐久間くんの班、遊園地だったんだ」
「へぇ。俺それ参加してねぇわ」

花学は高一のときに遠足と称して班ごとに出掛ける行事があって、行き先をいくつかの候補から選ぶことができたらしい。
なまえが言っているのはそれのことだろうけれど俺は参加していないし概要もよく覚えていない。
クラスの連中と出かけて何が楽しいんだと当時は思ったのだ。
劇団に入ってからはやたら色々なイベントに駆り出されるようになったけれど、基本天鵞絨町近辺にしか行かないから海沿いのこのテーマパークには劇団の奴らとは来たことがない。
行こうぜと提案したらすぐに乗ってきそうだけど。

一年のときはなまえのことも咲也のことも知らなかった。
花学は中高一貫だけれどふたりは高校からの入学者で、その頃からあまり出席率の良くなかった俺とは接点もなかったからだ。
敷地内にあるもうひとつの遊園地とはいえ、同じ場所に先に咲也と…他の奴もいただろうけれど一緒に来ていたのかと思うとおもしろくないと思ってしまう。

「摂津くんあんまり素行よろしくなかったもんね」
「おい」
「あはは、本当は優しいのにね」

優しい、と言われてもあまりしっくりこなくて渋い顔になる。
だけど「褒めてるのに」と笑顔を向けてくるからむずがゆさもあって、なまえは自分の言ったことで俺の胸中がどうなっているかなんて考えてもいないという顔で食い終わったチュロスの包み紙をたたんでいた。

「はじめて話したときも優しいなって思ったよ」

なまえと初めて話したのはいつだったか、俺も覚えている。



高校二年の終わり、廊下を歩いていたら前にいた女子生徒が何かを落とした。
いつもならほっておいただろうにその日小さな背中を追いかけたのは気まぐれだったと思う。
「おい」と呼びかけても自分のことだと思っていないようでさっさと進んで行ってしまう。
落としたもの、プリントを拾ってそこに書かれていた名前を呼ぶ。

「おい、みょうじ」

二年A組、と書かれているから同じ学年らしい。
振り向いた顔はたしかに見覚えがあった。

「え、わたし、ですか?」
「プリント。落としたぞ」

抱えていたノートか教科書の間から落ちたのだろう。
次が移動教室だから急いでいたんだろうか、そういえばさっき予鈴が鳴った。

「あ、ありがとうございます」
「ん」

差し出されたプリントを小さな手が受け取って、ジッと顔を見られた。

「…なに?」
「え、あの、摂津くんも移動ですよね?」
「は?」
「A組とB組、次の授業合同だから」

あれ、摂津くんってB組じゃなかったっけ…と首を傾げていて、俺が授業の行われる教室と反対のほうへ向かって歩いていたから不思議に思ったらしい。

「あーそうだけど。俺授業出ないから」

呆れたような顔をされると思ったのにみょうじは合点がいったというように「摂津くんいつも授業いないですもんね」と頷いた。

「先生が出欠取るときに、摂津はまたいないなーって言ってます」
「まじか」
「はい、わたしもう行かないとなので…プリントありがとうございました」

本当なら行先は同じはずなのに俺が今日もサボる気でいると理解したらしくさっさと廊下を歩いて行ってしまった。
小さくなっていく後ろ姿が角を曲がるところまで見送ってしまって、すぐに本鈴が鳴ったから授業開始に間に合わなかったんじゃないだろうかとどうでもいいことを思う。
てかタメだってわかっていたくせにめちゃくちゃ敬語使われたな。



一度認識すると視界の端でとらえただけでもすぐにみょうじだとわかるようになった。
隣のクラスということもあって廊下で見かけたり、みょうじがうちのクラスに何かの用事で来ていたり。
だからって声をかけることもないしみょうじから話しかけてくることもないけれど、なんとなく「あぁ今日もいるな」みたいなそんな知り合いとも言わないような期間を数か月過ごして学年があがったら同じクラスになった。

「なまえ、教科書見せて」
「え、深山くんまた忘れたの?」
「はは」
「うわ、その反応はわざとだ!重いのわかるけどだったら借りてくればいいのに」
「貸してくれる奴探すのだるいじゃん」

みょうじを下の名前で呼ぶ男も同じクラスにいて、彼氏なのか単に仲が良い奴なのか最初はわからなかったけれどやりとりが聞こえてくるうちに深山がみょうじを一方的に好きなんだろうということがわかった。
俺の斜め前の席でそんなことをしょっちゅうやられたら嫌でも目に入る。
その日はなぜか妙に苛立っていて、二人の会話に心の中で舌打ちをして立ち上がる。
深山の机の上に教科書を投げるように置いたら思いのほかデカい音がして、深山とみょうじが驚いたように俺を見た。

「…俺、次授業出ねーからこれ使えよ」
「え、あ、どうも」
「もう忘れんなよ」

なんて、めちゃくちゃらしくねぇことを言ってしまったと思ったのはビビったような顔で頷く深山を一瞥して教室を出てからだった。



「摂津くん、教科書ありがとう」

配布されてから一度も持ち帰っていないおかげで新品のような俺の教科書を持って礼を言ってきたのはみょうじだった。
受け取りながら「みょうじに礼言われる筋合いねぇよ」と返したら苦笑される。

「でもちょっと助かったから」
「は?」
「え、わたしが見せるのいい加減やだなって思ってたから助けてくれたんじゃないの?」

他の奴には聞こえないように声をひそめてそんなことを言う。
迷惑そうな素振りはなかったけれど困っていたのか。

「いや、そういうわけじゃ」

じゃあどうしてあんなことをしたのかってその時は自分でもわからなかったけれど、今思えばなまえに近付こうとしている男の存在が気に食わなかったのかもしれない。



「優しいって言われるようことしたっけ」
「プリント拾ってくれたでしょ、あの時わたしのこと知らなかったみたいだけど」
「クラスメイトの顔も怪しかったからな、二年の時」
「そんなに…?どんだけ学校行ってなかったの、三年になってから普通に来てるのに」
「劇団入ってからは咲也と二年の碓氷真澄ってやつとほぼ強制的に寮から追い出されんだよ」

まぁ、それだけじゃないけど。
三年になって出席率があがったのは最終学年だからだと教師陣やなまえは思っているようだったけれど会いたいと思う相手ができてしまったからだ。

「学校つまんない?」
「……今はそうでもねぇよ」

なまえがいるし、という言葉は飲み込む。
だけどそうでもないと伝えたら嬉しそうに「ならよかった」なんて笑うから手に力が入って持っていた空の紙コップがべこ、と小さく音を立てて歪んだ。



(2021.05.31.)


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