▼ 4.ほしいのは特別
「わ、わぁ、かわいい……」
さっきの王子の比にならないくらいなまえがときめいた顔をしていて少しホッとした。
遊園地にキャラクターはかかせない存在だと思うけれど、いくつかある系列のパークでもここでしか会えずグッズを買えないキャラクターがいると聞いたのはついさっきのことだ。
好きなものを挙げたなかで「メイちゃん」と言われて「誰だよ」と思わずツッコんだ。
「えっ摂津くんメイちゃん知らないの?」
この子だよ、と遊園地のパンフを広げて指さしたのはミミーたちの友達という位置づけのクマのキャラクターだった。
園内にある灯台エリアにショップがあるとかで、そこでしか買えないものがたくさんあるんだよと言うから早速来たわけだけれど、店の外観が見えた時点で「かわいい」と口からこぼれるようになまえがつぶやいた。
店内に入ってからも「かわいい」、何かグッズを手に取るたびに「かわいい」……めちゃくちゃ好きなことは伝わった。
「てかメイのカチューシャあるじゃん、これじゃなくてよかったのかよ」
「呼び捨て…?」
「いや、キャラクターに呼び捨ても何もねぇだろ」
「ふふ、うん。カチューシャもここでしか売ってないからいつも辿り着く前に他の買っちゃうんだよね」
けどやっぱりかわいいなぁと、もこもこのメイの耳をかたどったカチューシャを手にとる。
ミミーと同じく耳と耳の間にリボンがついていて、花がついているのは今のシーズン限定らしい。
「お花ついてるのもかわいいなぁ」
「これも買えば?」
「え、」
俺は欲しいものは迷わず買うし気に入れば形違いや色違いで揃えることもあるけれど、そうしない人の方が多いらしいということはなんとなくわかっていた。
だからなまえに「これも買えば」と言うのは微妙かと思ったけれど、手にしたままきゅっと唇を引き結んだなまえに似合うと思ったから。
「俺もリボンついてんのよりこっちのほうが付けやすいし」
「ダフィくん?」
「そう。メイの彼氏なんだっけ?」
元々はダフィだけしかいなかったらしいけれど、あまりの人気にメイやその友達だといううさぎのルーというキャラクターも登場し、お友達シリーズなるものがどんどん増えているらしい。
他にも猫と犬がいるとかでなんでもありだな。
ダフィのカチューシャはリボンや装飾がなくて、ただふわふわの茶色い耳のシンプルなものだった。
男の俺としてはこっちのほうが馴染む。
「俺がこっちで、なまえがメイ」
なまえが手に取ったものを優しく奪って髪を耳にかけてから付けてやる。
「似合う」
前髪を指先で直しながら言ったらなまえの顔が赤くなった。
髪が乱れないように外してやって、カチューシャをふたつ手に持ってレジに向かうと狭い歩幅でついてくる。
「摂津くん、」
「他に何か欲しいもんあったら一緒に買うけど」
「わ、悪いからいい」
「これは?」
さっきなまえが見ていた手のひらサイズのぬいぐるみストラップを指さす。
これもカチューシャと同じように種類があって、メイとダフィをひとつずつ手に持ったらなまえも遠慮がちに俺の隣に並んだ。
俺が持っているものに手を添えてじっと見ている。
「この子すごく美人さんだ」
「全部同じじゃねーの?」
「微妙に違うんだぁ、それが」
「ふぅん」
「摂津くんのダフィくんもかわいいね」
さっきまで顔に「悪いです」と書いてあったのに今は「この子たちにしよっか」と言っていて、まぁ俺は全然いい…ってか嬉しいんだけど。
買って来る、と直接的なことを言ったらまた遠慮されそうだから店の中を見ててくれと伝えてレジに向かった。
レジにカチューシャとぬいぐるみを二つずつ置いて「すぐに使います」と伝えたらタグを切ってくれる。
購入証明のシールを貼った値札はちゃんと受け取ってカバンに突っ込む。
「いってらっしゃい」という定番の挨拶には小さく会釈で返した。
ショップの真ん中にメイとダフィの二匹、いや二人?まぁどっちでもいいけど、とにかく二体のデカいぬいぐるみが並んで置いてあるブランコが飾られていて、なまえはその写真を撮っていた。
そのなまえの後ろ姿を撮ったらシャッター音で気が付いたらしいなまえが振り向く。
「隠し撮りやめてくださーい」
「じゃあちゃんと撮るからそこ立って」
「摂津くんも写ろうよ」
いや俺は、と言おうとしたらショップ内にいたスタッフが「よろしければお撮りしましょうか」と声をかけてくれた。
「いいですか?お願いします」
「もちろんです!カメラお預かりいたします」
なまえが携帯をスタッフに預けて、二人でブランコの左右に立つ。
「カチューシャ付け替えなさいますか?」
「え?」
「よろしければぜひメイちゃんとダフィくんで撮りましょう!」
俺が手に持っていたカチューシャを見ながらそう言ってくれるスタッフのサービス精神がやばい。
まぁ店が空いているからってのはあるだろうけれど、俺となまえがカチューシャを付け替えるのを待っていてくれて「ではお撮りします」と一枚撮ったあとになまえが携帯を受け取ろうとしたらそれだけで終わらなかった。
「せっかくなのでブランコにお二人で乗った写真もどうですか?」
「えっこれ座っても大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ〜!メイちゃんたちもよく乗って遊んでます」
「そうなんだぁ」
なんか二人で盛り上がっていて俺はカヤの外感があったけれど拒否れる空気でもなく、なまえに制服の袖をくいっと引かれるがままにブランコに並んで座った。
子供用サイズなのに大人が乗っても大丈夫な仕様にしているあたりさすがだな。
やたらファンシーな木製風のブランコには花やらリボンがついていて、なまえとじゃなかったら絶対にこんなものに座らないし写真だって撮らねぇけど。
撮り終えて今度こそ携帯を受け取ってスタッフの女性に「ありがとうございました」と二人で礼を言ってから店を出た。
「すごいたくさん撮ってくれてる」
見て、と携帯の画面を俺にも見えるように傾けてくれる。
画面の中のなまえはそれはもう嬉しそうでそんなに好きなら最初からこの店に来たいと言ってくれればよかったのにと思う。
「かわいいな」
「ね、かわいいね」
なまえがな、とは言わずにメイのぬいぐるみストラップを渡すとまた表情が一段と明るくなった。
さっそくカバンにつけているから俺もそれにならってダフィをつける。
ここにいるとき限定かもしれないけれどペアのものが増えていることに気が付いているんだろうか。
……寮に帰って見られたらめちゃくちゃいじられそうだな。
エリアを移動しようと並んで歩いていて、すれ違う男がなまえを見ている…ということが少なからずある。
まぁ女が俺のほうを見ていることもあって、そのどちらにもなまえは気が付いていない。
「今の子かわいかったな」
「メイのカチューシャの?」
「そう」
「お前好きそー」
笑いながらそんな話をしていて、聞こえてるっつーの。
にらむまではいかなくてもそいつらのほうを見ると焦ったように視線を外された。
「連れてる男、ガラ悪……」
「めっちゃにらまれたわ」
いやだからにらんでねーって。
見てんじゃねぇという気持ちは込めたけど。
こういう時に肩でも引き寄せて俺のもんだと示すことができたらいいのに、そういう関係ではないからただ並んで呑気なことを言ってくるなまえの言葉に相槌をうつことしかできない。
「最近は陽が長くなったね」
「だな。まだ明るいわ」
「夕焼けのあたりにアラビアンナイトのエリア行きたいなぁ」
「いーけど。なんかあんの?」
「何があるってわけじゃないんだけど。きれいなんだよ、すっごく」
「へぇ。まだ時間あるしぐるっと回ってから向かうんでいい?」
「うん」
摂津くん疲れてない?休憩する?とこっちを見上げてくる丸い瞳を見下ろす。
さっきすれ違った奴らも、店で写真を撮ってくれたスタッフも、俺たちは付き合っていると思っただろうな。
本当にそうならいいのにと頬をゆるめているなまえをジッと見つめてみる。
「…?摂津くん?」
「うん」
「やっぱり休憩する?」
そうじゃねーよと思いながら、なんか飲むかと提案をしたら「わたしもちょっと喉かわいたなって思ってた」と目尻を下げた。
(2021.05.25)
ダフィくんのお店のことはフィクションです、真似しないでくださいね(念のため)