30.元日

こんなに年末年始感のないお正月って初めてかもしれない。
春高に向けて部活に熱が入りまくっているのと同時に大学受験が差し迫ってきていたからだ。
一年生の頃から真面目に良い成績を収めて推薦もらえばよかった、なんて今更嘆いても遅いから大晦日は毎年家族と観ていた歌番組も年越しそばもそこそこに自室で机に向かって過ごした。
年明けには春高出場のために東京に行くし、年末年始も大晦日と元日以外は部活だ。
今のうちに少しでもできることをやらなくてはと気持ちだけが焦ってしまう。
みんなはどんなふうに今日を過ごしているんだろう。



毎年一月一日は全国的に晴れることが多いらしくて今日の宮城も快晴だ。
今日は部の三年生で初詣に行くことになっていて年始早々にみんなで集まるなんて初めてだなぁとわくわくしながら家を出たら、出かけ際にお父さんに「で、デートか…?」と聞かれてしまった。
デートだったらこんな防寒重視の服で出掛けないよ、と返したらあからさまにほっとしたような顔をしていた。
春高目前、受験も控えているこの時期にデートなんて…する人もいるのかもしれないけれど、今のわたしにそんな余裕はないです。
もしバレー部に彼氏がいるなんて言ったら合宿のたびに心配されたんだろうな。


「なまえ、こっち!」

神社の鳥居のところで待ち合わせなんて混んでいるだろうかという心配は杞憂で、ガタイのいい男子が三人かたまっていてすぐに見つけられた。
スガに手招きされて人波を縫いながらたどりつくけれど、一昨日も会っていたから新年という感じがあんまりしない。
あけましておめでとうとみんなで言い合うのはなんだか不思議ではにかんでしまった。
時間通りにみんな集合して、横並びというのも難しいからわたしと潔子が前を歩く。
屋台のたくさん出ている境内はお祭りみたいで歩いているだけでも楽しい。
潔子も笑顔を浮かべていて、こういう何気ない時間も大事にしたいなぁなんて思うくらいには三年生の一月という時期は物寂しさもあった。

「ねぇ、お姉さんたち」

女子二人で来ていると思われたのか、横から男の子に声をかけられた。
潔子といると珍しいことではなくて反射的にわたしが守らねばと潔子の前に出ようとしたら、わたしたちの後ろを歩いていたスガに腕を掴まれて引っ張られる。

「俺らの連れなんで」とだけ言ったスガの声はいつもよりもトーンが低くて、思わず振り返ったら顔が怖い。
けどスガの隣にいた澤村もなかなかガラの悪い表情をしていたし、東峰は言うまでもない。
見知らぬ男子たちは「すみませんでした…」と身を小さくして人混みに消えて行った。

「…ちょっと東峰さん、すれ違う子供も怯えてるから表情元に戻してくれませんか」
「えっ!そんなに?」
「そんなに。はい笑って、スガも澤村も顔怖いよ」
「大会会場で遠巻きに見られてることはあるけどこんな風に声かけられるってあるんだな」
「なんせ潔子だからね」
「わたしだけじゃないと思うけど」

いやいや、と手を横に振ると潔子がスガの顔を見るからわたしもそっちを見たら苦いお茶でも飲んだみたいな顔になっていた。
境内には屋台が並んでいて、人も多いからスムーズに進むことはできないけれどのんびり歩いているだけでも楽しい。
手水所で手を清めて、神様に新年のご挨拶と日頃のお礼と、それから。
春高でみんなが全力を尽くせますように。
受験が滞りなく終わりますように。
一年健康に過ごせますように。
それから、それから。
お願い事ばかりになりそうだけれど最後にもうひとつだけ。
三年生みんながどうか希望の進路に進めますように、といろんな人の顔を思い浮かべながら伝えた。

「なまえ、おみくじ引く?」
「引く!けどその前にわたしも潔子とお守り買って来るね」

スガと澤村はおみくじを引くみたいだけど東峰は悪いのが出るとへこむと言って悩んでいる。

「いまいちなのが出たら木に結べばいいんじゃなかった?」
「そうなのか…じゃあ引いてみようかな」
「うん。それで厄除けのお守りとか買えば大丈夫」
「おぉ…!」

そんな世紀の大発見みたいな反応をされるとは思わなかった。
見た目のせいで怖がられることも少なくないけれど東峰のガラスのハートは今年も健在みたいで笑ってしまった。
先に社務所にお守りを買いに行った潔子のあとをついていって、並んだお守りを眺めるけれど種類が多くて悩んでしまう。
自分がいちばん叶えたいことに合ったものをお迎えすればいいんだろうけど…さっき神様の前で浮かんだことをまた思い起こして我ながら煩悩だらけだと思った。
必勝守り、学業成就、健康守り、大願成就……隣で迷うことなくお守りを手にした潔子の心の清らかさよ。
名前の通りすぎる。

「なまえ、どれにするの?」
「うーん…悩む…」
「縁結びと恋愛成就どっちがいいかな?!」
「え〜てかどう違うの?」

どれにするの、と聞いてくれた潔子に悩むと返したら、隣で選んでいた女の子たちの声が大きくて会話を遮られてしまった。
思わず潔子と目を見合わせる。
ちらっと声のほうを見たらわたしたちより少し若そうな子たちで、好きな人がいるんだろうか。
若そうって、わたしもまだ高校生なんだけど…恋愛よりも部活漬けな三年間だったなぁ。
巫女さんがお守りの違いを説明しているのを聞き流しながら、結局「御守り」と刺繍されたものを選んだ。



初詣を無事に終えて、それぞれゆっくり休もうねということで帰路につくことになった。
スガが「送る」と言ってくれて、学校帰りのように途中まで帰り道が一緒というわけではなかったから遠慮しようと思ったけれど澤村たちがさっさといなくなってスガと二人取り残されたらなんだか断るのも悪いみたいな空気になってしまった。

「なんか正月感ないよなー初詣してやっと年明けたんだなって思うわ」
「わかる。毎年見てる大晦日の番組とか観れなかったもんなぁ」
「この時期に部活でここまで根詰めてることもなかったし」

高校三年生の冬まで部活を続けられて受験勉強との両立でいっぱいいっぱいだなんて、春高バレーに出られる人にしか味わえない。
受験勉強は憂鬱だったけれど、同時に充実感に溢れているこんなお正月は最初で最後だと思う。

「なまえは昨日何してた?」
「昨日は、お蕎麦食べてちょっとだけ紅白観て、あとは勉強。スガは?」
「俺も似たようなもんだったなぁ。朝は落ち着かなくて走りに行ったけど」
「おぉ、さすが」
「なんだそれ」
「あ、そういえば、」

この前ロードワーク中の及川にこのあたりで会ったよと言おうと思ってやめた。
不自然に言葉を切ってしまったからスガが不思議そうにこっちを見ている。
ライバルチームの主将で親しいわけでもない人の話を聞かされても反応に困るだろうと思ったけれど「なに?」と首を傾げられてしまう。
相手が飛雄だったらするっと言えただろうに、一度せき止めてしまったから余計に言いにくい。

「なんか言いかけた?」
「うん。けどなんでもなかった」
「気になるじゃん」

隠すようなことでもないし、確かにこんな言い方した気になるよね。
たいしたことじゃないんだけど、と前置きをしてから及川の名前を出したらやっぱり驚いたようだった。

「及川にね、会ったんだ。ロードワークでうちの近所まで来てて」
「…そうなんだ。家近いんだっけ?」
「そこまで近くないかな、飛雄の家の方が近いよ」

北川第一繋がりだから飛雄の名前を出したら納得したように頷いているけれどいつもみたいな朗らかな表情には戻らない。
やっぱり言わなきゃよかったかな、一回言いかけてやめたのがよくなかっただろうか。

「……」
「……」

スガと一緒にいて会話が途切れることはあんまりない。
お互いに黙っていても気まずい間柄ではないけれど、スガは話すのも人の話を聞くのもうまいしさっきみたいにわたしの言ったことに対して微妙な反応ということも珍しかった。
ちらっと表情を盗み見るように見上げたら、視線に気が付いたようで難しい顔をしていたスガと思い切り目が合う。
へら、と笑ってみたらスガも眉を下げて笑顔を返してくれたけれどいつもとは違う。
苦しそうに見えてしまって、わたしまで息が詰まりそうだ。

「及川とはたまに連絡取んの?」
「ううん、春高予選のあたりから全然。この前会ったのは偶然だよ」
「そっか」
「スガは、中学の部活仲間と会うことある?」
「最近は会ってないな。けど春高頑張れよって連絡はきたよ」

色素の薄いスガの髪が風に揺れている。

「あのさ、前に言ってくれただろ、話なら聞くって」
「え?うん……」
「そのうち言うってあのときは言ったけど、俺の中では春高終わってからか卒業式のあたりに話そうって決めてたんだ」

スガが重たそうに口を開いて、なぜか及川の顔が浮かんだ。
三月になって受験が終わったら連絡がほしいと言われた帰り道、スガと歩いている今とシチュエーションが似ている。
引き結んだ唇をほどいたスガが「俺、」と言葉を続けた。
何を言われるのかなんてわからないのにかばんの持ち手を掴む手に力が入って心臓がうるさい。
いつもは人通りが多い近所の道がお正月だからか今日に限って静かで、すぅと息を吸ったスガの息遣いまで聞こえてきそうだった。

「俺、好きなんだ。なまえのこと」



(2021.05.22.)




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -