3.ロマンチック予報

「今日あんまり混んでないね」

ファストチケット取らなくても乗れそうなのばっかり、と携帯の画面をスクロールしながらなまえが言った。
伏せたまぶたは不自然じゃなく色付いていて、行きの電車で学校仕様のメイクと言っていたけれど教師にうるさく言われない程度の化粧や制服の着崩しは三年にもなればわかる。
花学は校則がゆるいからめったに怒られねぇけど。
休日に来るとなったらまた違うメイクをするんだろう。
それも見てみたいと思うけれど、春休みに会おうと言ったら頷いてくれるだろうか。

「人あんまいねぇもんな」
「ね、やっぱり平日だからかな。順番とかあんまり考えなくても大丈夫そう」
「まーのんびり行こうぜ」

ジェラートを食べながら入り口でもらった案内パンフレットを眺める。
なまえが地図を机に広げて今ここにいるから、と現在地を指でさした。
さっきからめちゃくちゃ見ているのに俺の視線に一向に気付かないから綺麗に整えられたその指をつつきたくなる。

「餃子パンがここでしょ、食べに行きがてらこのジェットコースター乗る?」
「おう。じゃあ行くか」
「うん!」

買った時はぎょっとした顔をしていたのに、食べ始めたら「おいしい」「しあわせ」とあっという間にダブルのジェラートはなまえの中に消えた。
ジェラート屋を出て、石造りの小さな橋を渡っていたらどこからか歌声が聞こえて来る。
めちゃくちゃうまいってわけじゃねぇけど、楽しそうなのが伝わって声のするほうに視線を向けた。

「あ、女性のゴンドリエさんだ」
「ゴンドリエっつーの?」
「うん。あれ本当に手動で運転してるからすっごい力いるんだって」
「へー」
「ゴンドラも好きだなぁ、なんかのんびりできて」
「乗る?」
「うーん…けど摂津くんお腹すかない?」

もう時間はとっくに昼時を過ぎていて、ジェラートは食ったけれどたしかに腹は減った。
変に遠慮するもんでもないだろうし正直に「めっちゃ減った」と伝える。

「だよね。ジェラート付き合ってくれてありがとう」
「おう。ゴンドラはあとでまた乗りに来るか」
「そうだね、夜はこの広場がライトアップされるからゴンドラから見るとキレイなんだよ」

すごくロマンチックなの、と目元をゆるめるなまえに「へぇ」とだけ返事をする。
ロマンチックって、それに俺と乗ることには抵抗とか疑問とかわかないんだろうか。
まぁゴンドラは相乗りだしゴンドリエとかいうスタッフもいるから変な雰囲気にはならねぇはずだけど。
意識させるような言動をしているつもりだし全く気付いていないわけじゃないくせに、屈託なく笑われると肩透かしをくらったみてぇな気分になる。
とりあえず夜景が綺麗な時間まではここにいる理由ができたらしい。

石畳の道を進むと火山のあるエリアに移動できた。
一応地図は見ているけれど、こっちだよとなまえが先導してくれて錆びれた…ように見える鉄の階段を下りる。
外の光がうっすらと入ってくるレストランに着くと隣の潜水艦のアトラクションが見えた。

「店、こんなだったっけ?」
「前はワゴン販売だったけど何年か前に変わったんだよ。人気だからかな」

さっきおごってくれたから、と言ってここの会計はなまえが払ってしまった。
もちろん拒否ったけれど俺よりなまえのほうが会計スタッフの近くにいて、さっと千円札を出されたのだ。
スタッフには笑われた。

「久しぶりに食べたけどおいしすぎる…甘いもののあとにしょっぱいものって無限に食べられる」
「さっき腹ふくれたって言ってなかったっけ」
「やっぱりここの食べ物は別の胃袋に入っていってるみたい」
「そりゃよかった」
「摂津くん適当でしょ」

俺からしたら数口で食べ終えてしまうようなパンも、なまえは両手で持ってちまちまと食っている。
別に待つのが嫌とかじゃねぇけど、食べているところをジッと見ていたら急かしていると思われたのか「ちょっと待ってね」と慌てたように口を動かすから「ゆっくりでいーから」と目線を携帯にずらした。
っつっても二人で遊んでんのに携帯ばっか見てんのもどうかと思うし、カメラを起動させてなまえに向ける。
カメラモードになっていることには気が付いていないらしい。

「リスみてぇ」
「え?」

話しかけてこっちに視線が向いたタイミングでシャッターボタンを押したらパシャリと音がする。

「えっいま撮った?」
「撮った」
「絶対変な顔してる…」
「変じゃねぇって。ほら、リスみてぇ」
「……食い意地はってる顔ってこと?」
「美味そうに食っててかわいいってこと」

撮った写真を見せたら眉を寄せてムッとしたような表情を作っているからかわいいと思ったことを伝える。
パンを持っている手に力が入ったらしい、つぶれてんぞと指摘したら慌てたように持ち直した。



「この洞窟抜けたら人魚の国とアラビアンナイトのエリアなんだけど…えっ」
「どーした?」
「王子様がいる」
「は?」

ジェットコースターも並ばずに乗れて、次はどうしようかと分かれ道の分岐点で話していたらなまえが驚いたように声をあげた。
なまえが見ているほうに目をやると王子というのは比喩でもなんでもなく、やたら派手な服を着た明らかに日本人ではない人物が立っていた。

「あれってなんかのキャラクター?」
「うん、人魚姫の王子様だよ。初めて会った」

うわぁ、と両手を胸の前でぎゅっと組んでいる。
やたら爽やかに笑っている王子がなまえを見て右手をあげた。

「えっ今わたしに振った?」
「愛想振りまきやがってとんだ浮気者じゃねぇか」
「国民へのお手振りは王族の義務みたいなものだよ」

いつからあいつの国の国民になったんだよ、と眉間にシワが寄りそうだ。

「写真撮ってもらおうかな」
「あいつと?」
「うん、摂津くんも一緒に撮ろ?」

全くもって気乗りがしなかったけれどなまえと王子のツーショットになるくらいなら俺も写ったほうがマシだ。
渋々頷いて王子の近くに付いていたスタッフに携帯を渡す。
俺がスタッフと話している一瞬の間に王子がなまえとの距離をグッと詰めて英語でぺらぺらと話しかけている。
なまえの肩を引いて、王子との間に割って入ったら王子が外国人みたいなリアクションで「オー」とか言うからイラついたし、スタッフは「王子はとってもフレンドリーなんですよ」とにこにこしている。
なまえは「へぇー」と頬をゆるめている、人の気も知らないで。
撮った写真を後で見たら王子がウィンクをしていて削除してやろうかと思ったけれど、なまえが嬉しそうにしているから踏みとどまった。

「写真あとでまとめて送るわ」
「うん!ありがとう」

俺たちとの撮影が終わったあとも王子のところには女子たちがわらわら集まっていて、もう一度なまえが振り向く。

「…あぁいう優男みたいなのが好きなのかよ」
「え?いや別にそういうわけじゃ…王子さまって永遠の憧れじゃない?」

そう聞き返されるけれどうちの姉貴はそういうタイプではなかった。
ファンタジーの王子よりもアメコミのヒーローが好きだったような気がする。
うちの団員ならシトロンがガチの王子だけど、日本語を話しているときはぶっ飛んでっからな。
王子キャラなら椋とか?
さすがに中学生はないか、でも大人になったら気にならない歳の差だ。
顔だけなら至さんとか真澄あたりが王子っぽいかもしれない……俺とはタイプが違う。

人魚の国の入り口には海の王様がイルカに乗った像があって、そこでも写真を撮り中に進んでいくと深海を思わせる照明にあちこちから聴こえる陽気な音楽で没入感がすごい。
ここだけじゃなくて園内は全て作り込みが徹底していてスタッフやさっきの王子も、悔しいけれどプロだなと思う。

「摂津くん、十五分後に人魚姫のミュージカルあるよ」
「そんな直前で入れんの?」
「うん。座席多いし待ち時間が十五分ってなってるからわりとすぐ観れると思うよ」

人魚姫もかわいいけど海の仲間たちもかわいんだよ、と言うなまえとコンサートホールと称されている劇場に入るとロビーで数分待ったけれどすぐに席に座れた。

「円形の作りなんだな」
「うん、どこに座っても楽しいよ。海の中みたいだよね」

MANKAI劇場はスタンダードな昔ながらの劇場だから、この演目のために作られた座席や機構が新鮮だ。
カンパニーの奴と来ても楽しめそうだけど男ばっかでこんなとこ来たらさすがに浮くか。
ぐるっと会場全体を見回してから腰を落ち着かせると視線を感じた。
隣に座って外したカチューシャを膝の上に乗せているなまえだ。

「どうした?」
「摂津くんって、演劇とかショーとか好きなんだなぁと思って」
「まぁ好きだけど。なんで?」
「BBBのときもこのミュージカルのときも、話したら目がきらきらしてたから」

きらきらって。
自覚していなかったことをさらっと言われて妙に居心地が悪いけれどなまえは好きなものがあるっていいよね、と目をきゅっと細めて笑う。

「…なまえは?」
「え?」
「好きなもの」
「わたしはそんな摂津くんみたいに一生懸命やってることとかないからなぁ」
「なんでもいーから。食べ物でも場所でも音楽でも」
「なんでも?」
「ジェラートならバニラとティラミスが好きってことは知ってる」

そう言ったら美味しかったなぁジェラート、と頬をゆるめる。
いろいろあるけど、と前置きをしてから好きなものをいくつもあげてくれるなまえの表情が、ひとつひとつ思い浮かべているのか幸せそうで。
なまえが好きなもの、と浮かべたなかに俺も入ってねぇかな、なんてことを思ってしまったのはこのファンタジーの空間に染められているからだろう。



(2021.05.16.)



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -