2.はずれでもいいよ

遊園地に向かう電車で隣に座ってひとつの携帯を覗き込む。
それぞれ混み具合だとか今やっているショーについてだとかを調べていたけれど、俺が「昼飯どこで食いたい?」とレストランとカフェの一覧を表示した画面を見せたらなまえが自分の携帯を通学カバンにしまったのだ。

「お腹すいたね。今ならなんでも食べられるなぁ」

俺の手に収まっている小さい画面を見ているなまえを見下ろす。
睫毛なげーな。

「俺あれ好き、餃子の」
「わたしも!あれはおやつだよね」

パッと顔をあげたなまえと近い距離で目が合って、いや主食だろと返すと楽しそうに笑う。
あそこの食べ物は普段の胃袋と違うところに入るような気がするというけれどそんなとこまで夢とファンタジーなわけねぇだろ。
めちゃくちゃ歩くから消費してるっつーのはあるだろうけど。

「あと浮き輪の形のパンと、インディのほうにあるソーセージのパン」
「パンばっかじゃねーか」
「好きなんだもん。ちょこちょこ食べ歩くからちゃんとしたご飯ってあんまり食べずに終わっちゃうんだよね」
「まぁそれでもいいけど」
「じゃあまず摂津くんが食べたいもの食べに行こっか」

遊園地の最寄り駅に着いて、電車を降りたらホームでは楽し気な音楽が流れている。
土日や学生の長期休暇だと電車を降りた瞬間に人が多いのがわかるけれど今日はそんなことはなくて、アトラクションの待ち時間もこれなら短そうだ。
隣を歩くなまえが「わー…」なんて声をもらしていて初めて来たわけではないだろうにそんなに嬉しそうな顔をされると多少強引でも誘ってよかったと思う。

駅から遊園地までは歩いて行けなくもないらしいけれど敷地内を巡回している専用の電車が走っている。
普段乗る電車とは違って駅の改札からホーム、設置されている自販機まで遊園地専用らしくキャラクターのモチーフがふんだんに使われていた。
電車に乗って移動するだけなのに気分を高められるんだからすげーなと感心してしまう。
改札を入ってすぐのところにあるベンチはシーズンごとに装飾が違うらしくてなまえが目を輝かせた。

「春だから桜のモチーフなんだね、かわいいなぁ」
「写真撮る?」
「えっいいの?」
「もち。並んでる人いるし俺らも撮ってもらおうぜ」

やったぁ、と目をきゅっと細めた笑顔を向けてくれるなら写真くらい。
一組だけ待っていたからその後ろについて、俺らが並ぶとすぐ後ろに親子連れが並んだ。
なまえが携帯の画面で前髪を直していて、それをじっと見ていたら「…なに?」と見上げられる。

「見てただけ」
「何それ……」

なんてことない会話のはずだけれどサッとなまえの頬が赤くなった。



電車から見える非日常的な景色を眺めていたらあっという間に目的の駅に着いて、なまえの足取りがめちゃくちゃ軽いのがわかる。

「スキップでもしそうな勢いじゃん」
「なんか鼻歌とか無意識に出ちゃわない?こういうとこ来ると」
「子供か」
「子供でいいです」
「迷子になんねぇように手でも繋ぐ?」
「えっ」

さっきまでの軽やかさはどうしたってくらいわかりやすくピシりと固まられた。
勢いのまま頷いてくれるかと思ったけどそううまくはいかないらしい。

「…はぐれないように気を付けます」
「おー」

きゅっと引き結んだ唇が意味するところはなんだろうか。
けっこうわかりやすくしているつもりだし二人でこんなところに来てくれるってことは嫌がられてはいないはずなんだけど。
ネットで買ったチケットを携帯の画面に表示させて二人でゲートを通過する。
いってらっしゃいとお決まりの言葉に「いってきます」となまえが返していた。
園内に入るとシンボル的な地球のモニュメントがある。
そこで写真を撮っている人が多くて、隣を見下ろしたら目が合った。

「写真撮る?」
「撮る」
「おけ。じゃーはい、寄って」
「えっえ、?」

写真を撮るかと聞いたら即答されたから携帯のインカメラを起動させてぐっとなまえに近寄る。
華奢な肩がはねたけれど気付いていないフリをしていたらじわじわと顔が赤くなった。

「近くないですか」
「じゃねぇと二人映らねぇだろ」

何枚か撮って画面を確認するためになまえにも携帯を見せたら「なんか微妙な顔してる」と少し不満そうだった。

「撮り直す?」
「ううん、大丈夫。摂津くんはいかなる時でも顔崩れないね」
「いかなる時もって」

なんだそれ、とつっこむとなまえはまだなんとも言えない顔をしていたけれどすぐに切り替えたようでレンガ造りの通路を並んで歩く。
短い通路の向こう側には中世ヨーロッパを思わせる街並みが広がっていて空気まで違う気がするから不思議だ。
石畳みの広場と海、その向こうには火山。
ぐるりと見渡してなまえが「わー」とまた小さく声をもらした。
広場には木で作られたようなワゴンが花で飾られていて、カゴいっぱいにカチューシャやらチケットケースが積まれている。

「なんか買う?」
「んー…摂津くんも付けるなら」
「は?」
「おそろいにしたいなぁ」

なんて、と語尾は小さかったけれどちゃんと聞こえた。
俺の顔色をうかがうようにして上目遣いで見られて一瞬息が詰まる。
正直カチューシャとかガラじゃないにも程があると思うけれど、なまえがそう言うのにバッサリ断ることなんてできるわけもなく、おそろいという響きも捨てがたすぎて頷いた。

「インステで写真見てこれかわいいなぁと思ってて。摂津くんこっちの色どうかな?」

はい、と手渡されたのはギラギラにスパンコールのついたカチューシャで、いやこれリボンついてんだけど。
そう思ったのが顔に出たのかなまえは笑うまいと唇を引き結んでいるけれどバレてんぞ。

「笑ってんじゃねーか」
「大丈夫、摂津くんならリボンも似合う。ミミーもびっくり」
「……まぁいいけど。ならなまえも同じ色にしよーぜ」

同じ種類の色違いがいくつかあって、ミミーというキャラクターの耳とリボンの形をした定番商品らしい。
たしかにつけている人が多い、圧倒的に女子ばっかだけど。

「摂津くんの髪の毛、きれいなミルクティー色だからこのカチューシャと合うね」

そう言いながらにこにこ楽しそうに自分も試しにつけて鏡をのぞいている。
ふたりで手に持っているのはゴールドに近いベージュで、俺の髪色に近いかもしれない。
カラーリングが派手な花学の制服ともケンカしない。

「なまえも、似合ってんな」
「へへ、ありがとう。じゃあこれにしよっか」

一度頭から外して、レジの人に渡す。
すぐに使いますと伝えたら値札を切って渡してくれて、めちゃくちゃ良い笑顔でまたいってらっしゃいと言われた。

「あ、ねぇ。BBBのチケット抽選してもいい?」
「いいけど。BBBってなに」
「ミミーたちが歌って踊ったりバンドとかするショーだよ、本物の劇場でやるの」
「パレードみたいに誰でも観れるんじゃねぇんだな」
「そうなの、しかも抽選もなかなか当たらなくて。けど摂津くんとなら当たる気がする!」

運が悪いと思ったことはないけれどこればっかりはなんとも言えない。
効果音をつけるならうきうきだろうなという風に歩いているなまえに先導されて、抽選場所だという半屋外の施設に入ると機械がずらっと並んでいた。
機械で人数を入力してチケットのコードをかざす、あとはボタンを押すだけで抽選ができるらしい。
ガチャみてぇだなと思ったけれどさすがに口にはしなかった。

「摂津くん、お願いします」

そうなまえが言うから画面に表示されたSTOPの表示を押す。
隣で結果が出るのを食い入るように見ていてそんな期待されてもと思っていたら、画面に「ハズレ」の文字が出た。

「えっ?」
「ハズレたわ」
「絶対当たると思ったのに…」
「いや俺のことなんだと思ってんの」
「摂津くんにできないことってなさそうだから」

まぁ大抵のことはできるけれど、運とか人の感情とか型にハマらないもんはどうしようもない。
さっきだって手繋ぐのやんわり断られたし。
曇りのない目で見られて「なんか悪い」と謝れば「全然」と笑顔が返ってきた。

「お詫びにジェラートおごる」
「え、いいの?」
「おう。その前に昼飯のがいい?」
「ううん、さっきお店の前通ったときに食べたいなぁって思ったんだ」

抽選施設と隣接してジェラート屋があって、そこを通るときになまえが「美味しそう」とつぶやいたのは聞こえていた。
昼間はすっかり暖かくなったし今日は陽射しが強くて眩しいくらいのジェラート日和だ。
さっきまで残念そうだった表情がパッと明るくなって、犬だったら下がっていたしっぽがきゅっと上を向いたような感じ。
何味にしようかなぁと言いながら隣の店に移動して、ティラミスとバニラで散々悩んでいたから勝手にダブルで頼んだら罪悪感と嬉しいのがせめぎあう…とよくわかんねぇことを言っていた。



(2020.05.08.)



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