1.隣にいさせて

「なまえ、帰んの?」
「摂津くん。うん、もう帰るとこ」
「一人なの珍しいな」

思ったことをそのまま言えばなまえは「そうなの、聞いてよ」と浅く息をはいた。
明日から春休みという教室はもらった通知表なんてろくに見ていない奴らばっかりでいつも以上に騒がしい。
なまえと連れ立って教室を出ると廊下も同じようなものだった。

「みんな彼氏とデートだって」
「あー今日どこも部活休みだしな。体育館メンテだっけ?」
「そう。グラウンドも整備で使えないらしくて、それで置いてかれました」

なまえがよく一緒にいる女子は全員彼氏持ちらしく、今日はそろいもそろって彼氏と帰ってしまったらしい。
聞いてよ、なんて眉を下げて見上げてくるこいつになんで彼氏がいないのか周りの男は見る目がねぇなと思うけれどこっちに視線を向けてくる奴がいないわけではない。
ただそういう男共の視線を遮ったり、遮った視線をすくいあげて睨んだりしている俺のせいだと言われたら否定はできなかった。

「摂津くんは部活入ろうって思わなかったの?一年生のとき勧誘されたでしょ」
「部活なんて柄じゃねーだろ」
「体育もまじめにやってるの見たことないもんね」
「わかってんなら言うな」

笑う声が耳に心地良くて、俺だって自分が三年になって出席日数の計算をやめてクラスの女子とこんな風に話すようになるとは思っていなかった。
ごく自然な流れで一緒に教室を出て昇降口へ向かいお互い電車通学だから駅まで一緒に行こうなんてことも言わずに隣を歩く。
返された期末テストの結果がどうだったとか春休みは短すぎるとかそんなことを話すなまえの言葉に相槌を打って同じ電車に乗り込む。
午前中だけで終わり下校しているから車内はがらがらでなまえの視線が俺を通り越して頭上にある広告に向いた。
電車内で流れる動画の広告はいまや当たり前になっていて、CMが切り替わった瞬間になまえが「あ、」と小さく声をあげた。

「キャンパスデーもう始まってるんだね」
「あー春休みだもんな」

見上げた画面には制服を着た女子と男子が楽しそうにはしゃいでいる遊園地の広告。
これでもかというくらい明るい色彩で春の催しを宣伝していて、最後にいつもよりもチケット代が安くなるという学生向けのキャンペーン内容が映し出されていた。

「いいなぁ、楽しそう」
「行きてーの?」
「行きたいか行きたくないかで言ったらとっても行きたい」
「なんだそれ」
「しばらく行ってないんだよね」

電車の窓から外を見たら陽射しが入り込んで来て、今日は一日快晴だと監督ちゃんが言ってたな。
大所帯だと洗濯も一苦労でみんなのシーツを洗うぞとはりきっていた。

「今の時期って混んでるのかなぁ。キャンパスデーチケットやってるし」
「ギリ春休み前だし平日ならそうでもないんじゃねぇの」

ポケットにつっこんでいた携帯を取り出して遊園地のチケットサイトを開く。

「入場制限はしてねぇな」
「ん?」
「午後から入場できるチケット買えるけど」
「…いつの午後?」
「今日の」
「えっ」
「行きてーんだろ」
「うん、けど今から?」

多少強引でも嫌な顔はされない自信があった。
今から?と見上げてくる口元がほころびそうなのを我慢しているのがわかる。

「今から。なんか用事あった?」
「用事はない、です」
「俺と二人いや?」
「嫌じゃないけど」
「けど?」
「…遊園地行くならもっとちゃんとメイクしてくればよかった。学校仕様の顔と髪の毛だよ、今日」
「学校仕様って。いいんじゃね、制服だし」
「でも、」

じわっとなまえの顔が赤くなって、照れるとこあったかと思ったけれど何か言うつもりらしいから言葉を待つ。

「せっかく二人で出掛けるならもう少しかわいくしてくればよかった」

女子力の低さが悔やまれる…とかぶつぶつ赤い頬をおさえながら言っているけれどこっちの体温も上がりそうだ。
俺となまえは付き合っているわけではない。
だけどこいつの隣を他の男に譲るつもりはないし、なまえもこんな風に俺の足元が浮つくようなことを言う。

「…かわいいから大丈夫。チケット買うな」
「……ありがとう」

どっちに対しての礼かはわかんねぇけど、チケットを買っている間に電車はなまえと俺の降車駅を通過した。



(2021.05.03.)



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