13

「なまえ、ドライヤーしてあげるからこっちおいで」
「…はーい」

橘家にお泊りすることになり、お風呂を借りて上がったところでリビングにいた真琴に声をかけられる。
本を読んでいたみたいでメガネをかけていたけれど、わたしがお風呂から出たことに気が付いて外してしまった。
真琴のメガネ姿、好きなんだけどな。

「ん?どうしたの?」
「いや、なんかお風呂上りって恥ずかしいなぁって」

なのに真琴はいつも通りだから、わたしばっかり意識しているみたいで悔しい。
…と思ったけれど、わたしだって真琴がシャワー浴びた後だからってもういちいち照れたりしないからそれと一緒なのかもしれない。

思ったことをそのまま伝えると「いつも通りのフリしてるだけだよ」と、苦笑いをする真琴の後ろに付いて真琴の部屋に入った。

「あれ、真琴の部屋ってドライヤーあったっけ?普段使ってないよね」
「あーうん、洗面所にあったやつ持ってきたんだ。なまえの髪の毛乾かそうと思って。いつもなまえが俺の髪やってくれるの嬉しいから、お返し」
「お返しって、わたしタオルで拭いてるだけなのに」
「それでも嬉しいからさ」

ここ座って、と姿見鏡の前にクッションを持って来てくれる。
促されるように肩をトンっとされて、ふかふかのクッションに座れば真琴がドライヤーのスイッチを入れた。

人に髪の毛を乾かしてもらうのなんて美容院に行ったときくらいだから不思議な感じ。
真琴の大きな手が、指が髪の間に差し込まれて少しくすぐったい。
温風に包まれながら真琴に身を委ねているみたいで心地良い。

「真琴、上手だね」
「え、そうかな?蘭の髪、たまに乾かしてるおかげかな」

褒めたら嬉しそうに声が弾む。
鏡越しに目が合って真琴がはにかんだ。

「…なまえ、髪の毛伸びたね」





「みょうじさんって髪の毛綺麗だよね」

放課後の教室、日直日誌を書いていたら目の前に座っていたもう一人の日直である橘くんが突然言った。
さっきまでは昨日見たテレビドラマとか、今日の古典の授業が眠かったとか、たわいのない話をしていたはずなのにどうして突然髪の毛の話?

うまい切り返しができなくてポカンとしていると、次第に橘くんの顔が赤くなっていく。

「ごっごめん、俺、急に変なこと言って、ごめん!」
「橘くん顔真っ赤…」
「え?!」

うわぁ、俺なんでこんなこと言ったんだろう…っと大きな手で顔を覆ってしまう姿がかわいいなぁ、なんて。

体育祭での一件があってから、二人ともなんとなく探り探りっていうか接し方を図りかねているところがある。
「これ本当?」と借り人競争の指示が書かれた紙を見た橘くんに聞かれても曖昧に笑い返すことしかできなかったし、橘くんから何か言ってくるわけでもない。

「…橘くんの髪の毛は色素が薄いから太陽の光浴びると余計に茶色く見えるよね。柔らかそう」
「いや、けっこう硬くて寝癖つくと直らないよ」
「あー、たまに寝癖のまま来てるもんね」
「え、嘘?!」
「嘘です」
「ちょっとみょうじさんー…」

中学生のときは、寝癖のまま登校している男子なんてたくさんいたのに高校にあがってからは滅多にいない。
お年頃ってやつかなぁ。
脱力したように机につっぷす橘くんのつむじを眺めながら思う。

「橘くんいつもちゃんとしてるから大丈夫だよ」
「…みょうじさんもいつも髪の毛綺麗にしてるよね。サラサラ」

さっきは真っ赤になってたくせに、いや、いまも真っ赤なんだけど、恥ずかしそうに顔を染めたままの橘くんに改めて褒められて今度はわたしも恥ずかしい。

「高校あがってから髪の毛染める女子多いけど、みょうじさんは黒髪のままなんだね。長さもずっと変えてないの?」
「茶色いの似合わない気がして。長さもそうだね、ずっとこのくらいだなぁ」

肩より少し長い位置で切りそろえた黒髪。
小学生のときはボブだったから、これでも少しは女の子らしくなったつもりだけれど、周りの子たちは橘くんが言う通り染めたりアレンジをしたり、だんだんオシャレに気を遣うようになってきている。
こんな海しかないような田舎でも、女の子は女の子なのだ。

「俺、みょうじさんの髪好きだな」
「…黒髪派?」
「っていうか、みょうじさんだから好きなのかも」
「……それは、ありがとうございます」


どうしよう。

恥ずかしい。
けど嬉しい。



教室の外、グラウンドから野球部だかサッカー部だかの掛け声が聞こえてくる。

あとは自分の心臓の音。
ドキドキうるさくて、頭で何か言わなくちゃって思うのに言葉が出てこない。


日誌を書く手はすっかり止まってしまって、シャーペンを両手で握りしめるように持っていたら橘くんの大きな手がわたしから日誌を奪った。
サラサラ、と綺麗な字で空欄が埋まっていく様子を眺めていたら、俯いたまま橘くんが口を開く。


「…みょうじさん、夏休みのお祭り誰かと約束した?」

地元のお祭りは小学生までは毎年幼馴染四人で行っていた。
中学生になってからは女友達と行くようになったけれど、お祭りに行ったらクラスの男子たちと会ってしまうのが嫌で三年生のときは行かなかった。

「もし、まだ誰とも約束してなかったら、よかったら俺と一緒に行きませんか?」

橘くんは顔をあげない。
だけど日誌を書く手はもう止まっていた。

「二人が嫌だったらハルも誘って、」
「嫌じゃないよ」

整った顔がこっちを見る。

「お祭り、橘くんと行きたい」










「昔…って言っても二年前か。真琴が髪の毛褒めてくれたの嬉しかったな」
「日直のとき?」
「そうそう、よく覚えてるね。それまで褒められることあんまりなかったから恥ずかしかったんだけど…真琴のおかげで髪の毛伸ばそうかなぁって思ったんだよね」

初々しさがなくなったとは思わないけれど、昔話を照れずに話せる程度には二人の時間を重ねてきたつもりだ。
あの頃よりも伸びた黒髪は少し重たいかなぁ、と思うことがあるけれど真琴が好きだと言ってくれるから短くする気もない。
触れる真琴の手が優しくて、髪を梳く動作の合間に頭を撫でるような仕草が混じるから照れくさい。

八割方乾いたあたりで、「もう大丈夫だよ」と真琴に言えばドライヤーのスイッチは切られて、お礼を言おうと振り返ったらふわっと優しいキスをされた。

ビックリして思わず少し浮いた腰をすぐに真琴に引き寄せられてそのまま緩い力で抱き締められる。
ちゅ、と短いリップ音が鳴って真琴が離れたと思ったら髪の毛にキスをくれる。

「真琴?」
「なまえから俺と同じシャンプーの匂いがするのすごく変な感じ」
「なんかそれ変態っぽい」
「うるさいな」
「嬉しい?」
「うん。けどちょっと困るかな。離したくない」

かわいいこと言うなぁって思わず笑ったら「笑うなよ」って拗ねたみたいな声が降ってきて、真琴の背中に腕を回してぎゅっと力を込めたら強い力で抱き返された。

「蘭ちゃんと蓮くんがリビングで待ってるよ」
「んー…もうちょっとだけ」
「真琴は甘えん坊だね」
「なまえにだけだよ」

くすくすと笑いを漏らしたら、息が首筋にかかってくすぐったかったみたいで真琴が身を捩る。


「あ、」
「ん?」
「なまえ、足に湿布貼らないと」

さっきまで大型犬みたいにすり寄ってきていたのにパッと離れたかと思ったらそんなことを言う。

「あー…でももうほとんど治ってるから大丈夫だよ」
「駄目だよ。ひねるのって癖になるし、しっかり治さないと。はい、足出して」
「はーい」

真琴は頑固というか基本的に世話役だから、こういう流れになったら断っても無駄なことはわかっているので大人しく言うことを聞くに限る。

差し出した足はパッと見ただけではもうどこを捻ったのかわからないくらいに回復しているけれど、真琴はすぐに痛かった箇所に湿布を貼ってくれた。
よくわかるね、と言うとだって腫れてるもんって当たり前のように言うから、視野が広いというかなんというか。

リビング戻ろうかって立ち上がるときも支えるみたいに腕を優しく掴んでくれる。
立ち上がって向かい合う形になったからわたしから抱き付いてみた。

「真琴、わたしにはもっともっと甘えていいからね」

…って、いま真琴に髪の毛乾かしてもらって湿布貼ってもらって、甘やかされているのはどう考えてもわたしなんだけど。

だけど抱き締め返してくれた真琴の縋るみたいな手から彼の不安とか自信のなさが伝わってくるような気がして、そう言わずにはいられなかった。


(2015.02.11.)


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -