29.十二月

「なまえさんなんか縮みました?」

会ってそうそう失礼なことを言われた。

「……二口くんが大きくなったんじゃないの」

初対面の態度にくらべたら何倍もマシだけれど、伊達工の二口くんは少しなれなれしくなった。
東峰はその様子を見て「懐かれてるなぁ」と苦笑いをしたけどそんなかわいいものではない。
心を許してくれたというかわたしに話しかけることで煽られている烏野の面々の反応を楽しんでいる、そんな感じだ。

春高本戦前の最後の調整期間に練習試合をする予定だった新山工業内でインフルエンザが蔓延してしまったらしい。
実戦を積みたい時期なのに痛いなと思っていたらすぐに代わりの相手が見つかったと朗報が入った。
朗報…のはずなのに相手校の名前を聞いて渋い顔をしたのは一人や二人ではなかった。

「伊達工とかぁー…」
「心折られないようにしてくださいよ、旭さん!」

東峰が情けない声を出したら西谷がばしんと背中を叩いた。

「ありがたいけど身構えちゃうよな」
「スガまで」
「なまえも絡まれないように気を付けて」
「わたしは大丈夫だよ」
「……」
「え、何?」

大丈夫だと言ったのにぽんっと頭にスガの手が乗せられてすぐに離れていった。
そんなやりとりがあったけれど二口くんは煽り半分でも挨拶してくれるようになったし、青根くんは日向くんと不思議な友情を芽生えさせているし、伊達工とも何かと縁があるなぁと思う。

公式戦でない試合は始めてだったけれどバチバチと火花が立ちそうなくらいの緊張感があって実戦に似た雰囲気だと思う。
主将になった二口くんが「審判にバレないギリギリの線を攻めていこうぜ」的なことを言っていて、ギャラリーにいたOBさんたちが呆れていた。
だけど主将としてチームのみんなに積極的に声をかけている様子は仲間からしたら頼もしいんじゃないだろうか。
県内最強のブロックは精度に磨きがかかっていて、烏野の攻撃はなかなかかみ合わない。
お昼前に行ったセットはまさかの全敗だった。



今日、飛雄は見るからに苛立っていてこっちがはらはらしてしまうくらいで。
第一セット終了時に飛雄が声を荒げたときは血の気が引いた。
噛み合わなくなくてケンカをするのは悪いことじゃないと思うけれど、飛雄は…こう、よく言えば不器用。
コート上の王様なんて誉れ高い異名をつけられてしまって本人はそれをすごく気にしていた。
飛雄のトラウマを払拭したのは、中学の先輩であるわたしではなくてケンカばっかりだった日向くんで、セッターとして競う立場であるスガで、チームのみんなだった。

お昼休憩に体育館を出て自販機の前に辿り着き、飛雄の顔が浮かんで思わずぐんぐん牛乳のボタンを押してしまった。
試合前に口をするものにもこだわっていそうだから今渡しても飲まないだろうに。
ぬるいと美味しくないだろうし自分で飲もうかな。
ガコンと落ちて来た紙パックを取り出している間に人の気配がして振り向いたら、こっちに向かって来ていた二口くんと遠くから目が合った。

「なまえさんお疲れっす」
「お疲れ様」
「ぐんぐん牛乳?かわいいもん飲むんですね」
「わたしにじゃなくて、飛雄…影山くんに」
「影山?」
「そう。これ好きみたい」
「なんだ。俺が縮んだって言ったの気にしたのかと思った」
「縮んでないから気にしてません」

けらけらと笑いながら二口くんが自販機にお金を入れてお茶のボタンを押した。
なまえさんどれがいい?と聞かれて耳を疑う。

「えっいらないよ」
「いーからいーから」
「年下におごってもらうの悪いし」
「一年だけっしょ。百円くらいでおおげさな」

自分用にもお茶を買うつもりでいたけれど二口くんにおごってもらう理由がない。
たかが百円、されど百円。
借りを作ってはいけない気がして押し問答を続けていたらうんがいいのか悪いのか、伊達工OBの鎌先さんたちが通りかかった。

「おい二口なにしてんだ!」
「迷惑かけるなよー」
「はぁ?迷惑どころかおごろうとしてたんですけどー」
「おごるとか言って後から高ぇもん請求しそうなんだよお前は!」
「人聞き悪いことなまえさんの前で言わないでくださいよ」

烏野とは雰囲気が違うけれど伊達工には伊達工の縦の関係があって、二口くんもこんな態度だけれど先輩のことが好きなんだろうなというのがわかる。

「ちょっとなまえさん何笑ってんですか」
「え?仲良しだなぁと思って」
「頭わいてんすか。どこをどう見たらそうなんだよ」

心底嫌です、みたいな表情をしているのすらかわいく見えて来た。

「…てか二口なんで烏野のマネージャーのこと下の名前で呼んでんだよ……」
「なんでって。ねぇ?」
「え、一方的に呼ばれてるだけですけど」
「ひでー」

OBのみなさん(と言ってもわたしは同学年なんだけど)はお昼ご飯を学食で食べるらしくて、二口くんと二人で体育館に戻ることになってしまった。
なんだか落ち着かなくて隣を歩く二口くんを見上げる。

「なに?やっぱお茶ほしくなった?」
「自分で買ったから大丈夫」
「そーっすか」
「そーです。あれ、飛雄?」
「…なまえさん」

体育館の入り口のところに、飛雄が背中を丸めて立っていた。

「どうしたの?お昼食べた?」
「いえ、あの、」
「うん?」
「なまえさんと食おうかと思って」

珍しい。
いつもは一年生同士というわけではないけれどなんとなく固まってみんなで食べているのに。
飛雄は黙々と食べるタイプだし誰かを誘ってというのは見たことがないかもしれない。
だからって断る理由なんてないし、むしろ嬉しい。
「お弁当取ってくるね」と伝えたら飛雄はうなずいた後にわたしの隣に立っていた二口くんを一瞥した。
飛雄はもともと目つきが鋭いし、二口くんは目を細めて眉を寄せるから睨み合うみたいになっている。

「二口くんもお昼早く食べないと」
「俺もなまえさんと食いたかったなー」
「はいはい、心にもないこと言わない」

適当なことばっかり言う子だな、とあしらうように返したらけらけらと笑っていた。



「…ねぇ、寒くない?」
「……寒いっす」
「だよね、中で食べよっか」
「…はい」

わたしがお弁当を取ってくるのを体育館の外で待っていてくれたけれど、もう十二月も下旬になろうというのに外でご飯を食べるのはさすがに寒い。
何か話したいことがあるのかなぁと思うけれど、風邪でも引いたら大変だ。
体育館の隅にふたりで腰をおろす。
さっき買ったぐんぐん牛乳を差し出すときょとんとした顔をした飛雄に「飛雄にあげようと思って買ったんだけど、今飲まなくていいよ」と伝えたらぎゅっを唇を噛んで「後で飲みます」と受け取ってくれた。

「ありがとうございます」
「こちらこそ」

お昼に誘ってくれなかったら多分渡せなかった。
自分で飲んでもいいけど、飛雄にあげたくて買ったものだから嬉しそうに手の中の紙パックを眺める飛雄を見て買ってよかったと思う。

「そういえば、どうだった?ユースの合宿」

飛雄が帰って来てから二人で話す機会はなかったから、改めて聞くとさっきほころばせていた唇がへの字に曲がる。
今日の練習試合の序盤、なかなか噛み合わなかった攻撃は飛雄の中でも思うところがあったんだろうけれどユース合宿で何かあったんだろうか。
…まぁ全国から集められた優秀な選手たちとの合宿で何もないなんてことはないか。

「俺っておりこうさんですか」
「えっ」

おりこうさん…?と思わずおにぎりを手にかたまり首をかしげてしまう。

「わたしからしたらかわいい後輩だけど、そういうことじゃないよね」
「…ユースに来てた他校のセッターに言われました」

飛雄もお弁当を食べている手が止まって眉間にシワが寄っている。
午前の練習試合では月島くんに「王様に逆戻り」なんて言われていたくらいだけれど、何をもってそんなことを言われたんだろう。

「及川さんには日向に合わせるつもりがないなら中学のままだって言われて。でもスパイカーに合わせるだけじゃ、」
「ま、待って飛雄」

早口になって、自分の言葉で自分を苦しめているみたいに話すから思わず遮ってしまった。
ハッとしたように飛雄がわたしの目を見た。
全部吐き出させてあげたほうがよかっただろうか。

「えっと、ごめん落ち着いて」
「すみません……」
「飛雄は大丈夫だよ」
「でも、」
「さっき日向くんが言ったでしょ、王様の何が悪いんだって」
「…はい」
「いいトスをあげたい、スパイカーを操りたい点を決めたいって、勝ちたいって思うのは普通のことだよ」
「普通……」

普通、なんて褒め言葉じゃないかな。
だけど飛雄がもっと、もっとと思う気持ちは間違いじゃないって伝えたい。

「及川の言ったことも、そのユースの人が言ったことも、全部飛雄の強みなんだよ」

バレーボールの熱意が人一倍あるだけに、いろんな人の言葉を受けて考えすぎてしまうのかもしれない。
わたしの話もまっすぐな瞳で聞いてくれる。

「そうやって人の意見を聞こうとするの、飛雄のいいところだね」
「いいところ、ですか」
「うん。飛雄は努力を努力と思わないからすごいなって思う」
「…好きでやってるんで」
「それが一番大切なんじゃないかなぁ」

難しい顔をしていることも多い飛雄が、目を丸くしたあとにこくりとひとつ頷いてくれた。



(2021.05.05.)



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