ex.1


※拍手再掲、バレンタインとホワイトデーの「花の名前」のヒロイン視点です。20〜22話あたりのお話。



聖フローラの校則は厳しい。
勉強や部活に関係のないものの持ち込みは禁止、学校帰りの寄り道は禁止、華美な髪型や制服の着崩しは禁止。
中学から通っているから特に不満もないし不便に思ったこともないけれど、O高や花学の知り合いが増えてからはうちって厳しいのかもと思うようになった。

学校帰りの寄り道は禁止されているものの、正直学校から離れたところだったらバレようもない。
みんながやっているからというのはよろしくない言い訳だとは思うけれど、電車で数駅乗ったところに遊びに行けばうちの生徒を見かけることは少なくない。
今日は最近できたクレープ屋さんに行こうとクラスメイトのりっちゃんと連れ立って下校をして、その道すがらに隣でりっちゃんが恨みがましそうに言った。
「バレンタインチョコも禁止とか今時ありえない」と。

「見つかったら没収だもんね」
「去年はマーブルチョコすら取られた…意味わかんない」

禁止されていることなのだから仕方がない、とわりきれることとそうでないことがある。
バレンタインチョコくらいでおおげさなと思われるかもしれないし先生からしたら我慢しなさいという話なんだろうけれど友達と交換するくらい許してくれてもいいのになぁとは思う。

「マーブルチョコくらいなら普段は見過ごしてくれるのに?」
「そう!普段はいいのにバレンタインの日だけ厳しいなんてひどすぎる」
「りっちゃんは渡したい相手がいるもんね」

先生たちへの不満をもらすりっちゃんにそういうと一瞬で顔を赤くして「渡せるかな」と小さくつぶやくからかわいい。

「学校の外で渡せば大丈夫じゃない?持ち物検査があるとかじゃないし」
「そっか…そうだよね、うん!頑張ろうね!」

頑張ろうと言われて一瞬返事に詰まってしまった。

「え、渡さないの?摂津さんだっけ?」
「…なんで摂津さん。十ちゃんと椋にはあげるけど」
「だって好きなんでしょ?」

好きなんでしょ、となんの疑いもなく言われてわたしも顔に熱が集まるのが自分でもわかる。
りっちゃんの顔色はすっかり元通りだった。

「好きとか、そういうんじゃないよ」
「顔真っ赤なのに。鏡見る?」

そんな話をしながら食べたからか、楽しみにしていたクレープは美味しかったのに食べる前に写真を撮るのをすっかり忘れていたことには帰りの電車で気が付いた。



摂津さんに渡すには自分の中で理由付けがないと無理だと思った。
バレンタインだからってチョコレートを気軽に渡せるような関係じゃない、と思う。
前に寮に差し入れをしたプリンは食べてくれたらしいし、談話室で映画を観たときには焼いて行ったクッキーを食べてくれた。
だけどわたしが作ったものとは知らずに、だ。
直接個人的に渡して断られたり嫌な顔をされてしまったらショックすぎる。
渡す理由、と考えてお世話になっているからという名目しか思いつかなかった。
他にもお世話になっている人はいるから、その人たちにも同じように渡せば摂津さんもおかしく思わないだろうか。




「……」

声をかけなきゃよかったかもしれない。
バレンタイン当日、天鵞絨町駅を出て制服のまま寄ったスーパーを出たあたりで摂津さんを見かけた。
人混みの向こう側だったけれど背が高いし髪の色が明るいから目立つ。
不真面目で学校にも行ったり行かなかったりだと聞いたことがあるけれど今日はちゃんと言ってたんだなぁと思いながら追いついた寮の前で声をかけた。
だって今からMANKAI寮に入るし、見かけたのが他の団員さんでもそうしていたと思う。
だけど、声をかけて少し後悔した。
摂津さんの両手にぶらさがっている大きな紙袋が目に入ってしまったから。

「こんなにチョコもらう人、初めて見ました」

なんてことない風に言ったつもりだったけれど、摂津さんに渡そうと用意したチョコは結局十ちゃんにあげてしまった。
あんなにたくさんもらっていて、食べられないから他の人にあげると言った人に新たにチョコレートを渡すほどわたしの神経は図太くない。
十ちゃんに「余ったからもうひとつあげるね」と嘘をついたとき心臓がズキズキと痛かった。

「紬さん、これ。いつも勉強見てもらってるお礼です」
「わぁ、ありがとう」

紬さんにも摂津さんや十ちゃんに用意していたものと同じチョコレートを渡した。
本当に驚いたように喜んでくれる紬さんの表情を見たらこっちまで笑顔になれて、さっき摂津さんと話したときのささくれだった心が少し穏やかになったような気がする。

「家庭教師先の生徒さんからもらうこともあるんですか?」
「生徒さんからっていうよりお母さんからもらうことが多いかな」

たしかに紬さんはお母さん受けも良さそう。
物腰が柔らかくて、話すとほっとできる。
冬組公演を観たとき、ミカエルみたいな人に好きになってもらえたらあたたかい恋ができるんだろうなぁと思った。
それと同時に、好きになっちゃいけない相手に恋をしたミカエルに自分を重ねてしまった。
わたしの気持ちなんてミカエルにくらべたら小さくてまだ芽生え始めたばかりですぐに摘み取れるものなのかもしれない。
自分のことをよく思っていない相手を好きになるなんて不毛すぎるし迷惑でしかないんじゃないだろうか。
誰にも気付かれないうちに消してしまえたらよかったのに。

「チョコレート、誰か他の人にもあげるの?」
「えっ」
「あげたい人がいるのかなぁと思って」
「…紬さん、そういう話するの意外です」
「そうかな?生徒の子とバレンタインの話たくさんしたからかも」

お礼に、といれてくれたコーヒーも紬さんと一緒に飲んでキッチンで劇団のみんなにあげるものを作るべく準備を始めたら、談話室の扉が開いて不機嫌そうな摂津さんが入って来た。


・・・


ホワイトデーのお返しにもらったチョコレートはすごく美味しかった。
自分では買ったことのないお店のチョコ。
わざわざ買いに行ってくれたなんて思うほどうぬぼれてはいないけれど嬉しくて食べるのがもったいないなとしばらく眺めてしまった。
嬉しくて、美味しくて、だけどちょっと切なさに似た悲しさみたいなものがあって、
その感情の名前は多分わかっていたけれど認めたらいけないような気がしていた。

好きな人がいるのか、と聞かれた。
掴まれた手を早く離してほしくてどう答えるのが正解かわからなかった。

「幸ちゃんって好きな子いるの?」
「…いきなり何?」
「なんとなく聞いたことなかったなって」
「いないよ。そっちは?」
「えっわたし?」
「俺にだけ聞くの不公平でしょ」
「それもそっか……わたしは、わかんなくて」
「わかんない?」
「うん…」
「好きかもしれないってこと…?」
「……けど、ありえない相手というか」
「はぁ?わかるように言って」
「うっ…ごめん…。なんていうか、好きになるわけないっていうか、むしろ敵だったというか」
「うん」
「最初は嫌いだったしあっちもわたしのこと嫌いで、でも話して見たら思ったらより悪い人じゃなくて」
「ふぅん」
「優しいところもあるんだって知っちゃって、でも親しくなれたかなと思ったら冷たい時もあるしよくわかんなくて。冷たい態度とられたら悲しいと思ってる自分にもビックリっていうか」
「それさぁ、」
「うん」
「……まぁいいや、最後まで言ってみて」
「うん…それにね、ありえないっていうか好きになっちゃいけないのになぁって、思ってるところです」
「終わり?」
「うん」
「わかんないとか言ってるけどそれもう好きでしょ」
「…そうなのかなぁ」
「認めたくないってこと?」
「認めたくない…のもあるし、叶うわけないのになぁって思ったら、なんか…苦しくて、嫌だなぁって」
「叶わないの?」
「だってあっちはわたしのこと嫌いだったんだよ」
「でも自分だって嫌いだったのに好きになっちゃったんでしょ?」
「……まだ好きじゃない」
「あーはいはい。話聞いてる限りだと相手だってもう嫌いではないんじゃない?優しいんでしょ」
「優しかったり怖かったり」
「なるほどねぇ」
「一人でわかったみたいな顔しないで」
「だってもう本当はわかってるんじゃないの?」
「……わかんないよ」

廊下で引きとめられたとき、わからないと伝えたらわたしの手首を掴んだ手に少しだけ力がこめられた気がした。
嘘をついたつもりなんてないけどあなたのことが好きかもしれないなんて絶対に言えなくて。
自分のことを嫌っていた相手を好きになってしまうなんて、報われない相手なのに叶うはずのない想いなのに消すことができないなんて、こんなに苦しい気持ちになるのが恋なんだろうか。



(2021.03.14.) 拍手掲載
(2021.08.10) 本編ページへ移動しました。





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