33.

「つーかなんで二人で倉庫にいたんだ」
「だから片付けしてたっつってんだろ、何回言わせんだよ」
「そしたら扉が開かなくなっちゃってね」
「大丈夫だったか」
「うん、すぐ出れたし大丈夫だよ」

倉庫から談話室に戻る途中、なまえを真ん中に兵頭と睨み合うと仲裁に入るようになまえが口を挟む。
俺たちの前を歩いていた至さんと咲也がその会話を聞いて「なまえと二人になりたいっていう万里の煩悩が出られない部屋にしたとか」「出られない部屋ですか?また劇団の七不思議が増えましたね!」と話していたけれど、まさかな……?
なまえが大丈夫だと言っているのに兵頭は苦虫を噛みつぶしたように微妙な顔をしている。

「…何もされなかったか、この狐野郎に」
「ないない」

笑いながら「ない」と手を振るなまえを思わずジト目で見てしまう。
まぁ何があったわけでもねぇけど。
隣に座って手ぇ握っただけだけど。

「どこがいいんだ」
「え?」
「こいつのどこが、その…」
「好きになったか?」

言い淀む兵頭の言葉尻をさらりと拾ってなまえが聞き返すと眉間にこれでもかというくらいシワを寄せて頷いている。
なんと答えるのか俺も聞きたいと黙ってなまえの返事を待ってみたけれどさして広くもない寮内での移動だから、明確な答えを聞く前に談話室に着いてしまった。
「どこがって聞かれると難しいかも」と眉を下げた表情を兵頭に向けてから、台所にいた監督ちゃんと臣のもとへそそくさと向かってしまう。
……なまえの好意を疑うことはもうないけれどどこが好きかという答えは聞きたかった。
なまえが今日寮に来たのは監督ちゃんに夕飯に呼ばれたかららしいから手伝いをしようという気持ちはわかるけれど。

「おい」
「あ?」
「……わかってんだろうな」
「何がだよ」
「なまえは、大切ないとこだ。半端なことしたら許さねぇ」

半端なことって高校生の付き合いに何言ってんだ、と多分少し前の俺なら鼻で笑っていた。
マジになるのなんてダセェしめんどくせぇし、俺には必要のないことだったはずなのに。

「心配しなくてもめちゃくちゃ大事にする」
「泣かせたらぶっ飛ばす」

返り討ちにしてやると言いたいところだけれど泣かせる予定はない。

「お前の出る幕なんてねぇよ」

その日のうちに俺となまえが付き合っていることは劇団で周知されることになり、反応はそれぞれだったけれど左京さんの節度は守れよという言葉には反応に困った。
節度ってなんだ。



「送ってく」
「ありがとうございます」
「わ〜…本当に付き合ってるんスね……」

そろそろ帰ります、と切り出したなまえに声をかけると太一が信じられないものを見ているような目を向けてきた。

「そう。だから俺のいねぇときになまえのこと遊びに誘うなよ」
「えっ」
「は?」

えっと声をあげたのはなまえだった。

「太一くんもダメなんですか?」
「いやダメっつーか」
「俺っちもってどういうコト?」
「十ちゃんと出掛けるのとか、紬さんとの勉強とかヤキモチ妬かれて」
「いやヤキモチじゃねぇだろ」
「え、違うんですか」

妬いている自覚はめちゃくちゃあったけれどなまえ本人から指摘をされて肯定するほどの素直さは持ち合わせていなかった。
だけど違うんですか?と見上げてくる目がまっすぐすぎて口籠っていたら談話室にいた奴らが、俺が返事をする前に「違わないな」だとか「万里がヤキモチとか世も末」とか好き放題言っている。
兵頭はともかく紬さんが慌てているのが目に入って居たたまれない。

「………そうだけど」
「万チャンのヤキモチの対象になるとか光栄ッス…!」
「うるっせーな。帰んだろ、行くぞ」
「おい摂津、命令すんじゃねぇ」
「兵頭には言ってねーだろ!」



寮にいた全員に見送られながらすっかり暗くなった寮を出ると、なまえがこらえきれなくなったかのように吹き出した。

「…何笑ってんだよ」
「だって。やっぱり万里くんかわいくて」
「十八の男にかわいいはねぇだろ」
「すみません」
「いいけど」
「ヤキモチ妬かれるの、困るけど嬉しいです」
「そーかよ」

隣を歩くなまえがしごく嬉しそうに声を弾ませているかと思ったら少し沈んだ表情に変わった。

「だけど妬くほうはいい気持ちじゃないですよね」
「…まぁ」
「わたしも、前に万里くんのLIME通知見ちゃったとき実はちょっと嫌でした」

前に、というのがいつのことを指しているのかすぐに思い至って、紬さんと三人でカフェに行ったときのことを話題に出されるとは思わなくて驚く。

「全然そんな気配なかったけど」
「多分あんまり自覚もしてなくて」

眉を下げたなまえが見上げて来る。
いつから、どこを好きになってくれたのかはわかんねぇけど少なくともその時には少しは気持ちがあったっつーことなんだろうか。
そう思うとむずがゆかった。
小さな手を取って、指と指を絡ませるようにして繋ぐ。

「不安になったら言って。させねぇようにするけど」

目じりを下げた笑顔を向けられて、繋いだ手が弱く握り返された。

「なぁ、次の土曜暇?」
「来週は…」

えっと、と考えるように首を傾げたかと思うと何か用事を思い出したのか表情がくもった。

「あの、来週はずっと前に約束してた映画を観に…椋となんですけど」
「それってホワイトデーの?」
「はい。お互い予定が合わなくて先延ばしになってて」
「ふぅん」

いとこだし年下だし椋にまで妬いていると思われんのは癪すぎたけれど多分今更どう繕っても意味がないと思う。
ちら、とうかがうように上目遣いで見られる。
……劇団の奴らと仲が良いのはもう仕方ないけれど、こういう表情は誰にも見せたくねぇな。

「ちなみに日曜は空いてるんですけど…」
「じゃー日曜は俺とデートな」
「デート、初めてですね」
「おう」
「楽しみにしてます」

二人で出掛けたこともあるけれど、あれはなまえの中では兵頭の代理で俺が行っただけだということになっているらしい。
劇団の奴らとなまえが顔を合わせるとどうしても騒がしくなってしまうし待ち合わせは絶対に寮以外のところにする。
それとその日は寮に立ち寄らずに一日を終える、絶対にだ。

「…行きたいとこあったら言って。俺も考えとく」
「はい」

天鵞絨駅までの道のりをこんなにゆっくり歩いたのは初めてかもしれない。
それでも離れがたくて駅前のひらけた場所に着いてからなんとなく黙ってしまう。

「万里くん?」
「ん」
「さっき、倉庫で言ってたことなんですけど。余裕ないって」
「…それ掘り返すのかよ」

すみません、と悪いと思っていないような顔で笑うなまえの言葉に耳を傾ける
上を向いた長い睫毛も淡く色付いた唇も風に吹かれて揺れる髪も、俺の手を握り返す小さな手も。
こんなにも人を愛おしいと思うものなのだろうか。

「わたしのこと好きって、嘘みたいで信じられなかったんです」
「…今は信じたのかよ」
「余裕ないくらい好きになってくれたみたいなので」

はにかむように笑うから俺まで勝手に顔がゆるむ、なんだこれ。
「わたしも万里くん大好きです」と至極シンプルで一番聞きたい言葉を言われて、抱きしめようとしたのを拒否られたのは意味がわからなくて抗議の目を向ける。

「…おい」
「名前、」
「はぁ?」
「おいじゃなくて、名前呼んでください」

万里くんに呼ばれるの好きです、なんて。
そんなこと言われたら我慢しようとしたもんがこらえられなくなんだろ。
向かい合ったまま一瞬お互いに黙ってしまう。
言ったほうも言われたほうも恥ずかしいと変な空気が流れるらしい。
抱き締めるのはダメらしいから握った手にぎゅっと力を込めた。

「…なまえ」

大切にしたいと思う相手の名前を呼ぶだけで足元がふわつくような感覚になることも、手を繋いだだけで心臓がつぶれそうに痛いことも、なまえが相手なら悪くないと思えた。
安売りするもんでもねぇけど、黙っていてこじれるくらいならいくらでも言ってやる。
腹の中でずっとぐるぐると痛いくらいに暴れまわっていた感情の理由を、もう一度。

「好きだ」



何度か並んで歩いたこの道は通るたびに違う花が咲いていた。
この前まで咲いていた桜はもう散ってしまって、今は緑の葉が揺れている。
季節が変われば見える景色も香るにおいも変わる。
だけど夏のうだるような暑さの中でも、金木犀の香る出会った秋にも、寒さで身を寄せたくなるであろう冬も、また巡ってくる桜が咲く春にも。
この手を離さずにいたいと、俺に名前を呼ばれただけでとろけそうに微笑むなまえを見て思った。



(2021.04.11.)


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