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「じゃあみんな、明日は八時半に鮫柄前集合で」

金曜日の部活終わり、真琴がみんなに言う。
明日は鮫柄との合同練習の日だ。
我が校の屋外プールが解禁されて、練習場所に困らなくなってからも定期的に行われているのです。

合同練習かぁ。
三年生になってからは初めてだな。

宗介がいる鮫柄に行くって、ちょっと緊張してしまう。

…なんて意識するからいけないんだ。
宗介が手当てしてくれた足首もだいぶよくなって、ガチガチに固めていたテーピングは取れて湿布だけ。
痛みもないし、いつも通りマネージャー業をしっかりこなせばあっという間に練習は終わる。
不自然じゃない程度に宗介とは話さないようにしよう。

「なまえ」

心の中で気合を入れたところで、タイミング良く真琴に肩をポンっと叩かれる。

「うち今日すき焼きなんだけど、なまえもよかったら食べに来ない?」
「え、今からってこと?」

それはちょっと急すぎませんか、真琴さん。

「行きたいけど、お母さんご飯用意してると思う…」
「そうだよね…蘭と蓮がなまえに会いたがってて。あと母さんもこの前、留守の時来てくれたお礼にって…」

蘭ちゃんと蓮くんだけでもウッとなるのに、お母さんを引き合いに出されたら断りにくいことこの上ない。
真琴のこういうところは天然なんだろうけど、ずるいなぁって思う。

「…うーん、ちょっと家に電話してみてもいい?」
「もちろん!」

伺うように見上げれば、パッと表情が明るくなって嬉しそうに笑うから本当にずるい。

携帯を取り出して自宅の電話番号をタップする。
呼び出し音はすぐに途切れて「はい、みょうじです」と母親の声。

「お母さん?わたし、うん、え?!えー…困ったね、そっか。今日直らないの?」

チラッと真琴のほうを見るとキョトンと不思議そうにしている。
他のみんなは先に歩き出してしまっていた。

「あー電話したのはね、真琴の家でご飯食べないかって言われてて。うん、あ、そうだったんだ?じゃあそうする。…え?!いや、さすがにそれは、ないでしょ…うん、帰るときまた連絡する、じゃあね」

電話を切って思わず溜息をはいたら真琴が心配そうに「どうしたの?」と聞いてくれる。

「…家のお風呂が壊れたらしくて、」

修理業者さんに来てもらったけど今日は直せないこと、さっきまで業者さんがいたからまだ夜ご飯の用意は出来ていなかったことを話せば、困ったように眉毛を下げながら「うち来てくれるのは嬉しいけど素直に喜べないね」と苦笑する。

「うん、そういうわけだからお邪魔させてください」

予想外の展開だけれど、ご飯のお誘いを断らずに済んだのはよかったかな。

電話を切る間際に「真琴くんのお家でお風呂入って来ちゃえば?」なんて言われたことはさすがに言えなかったけど。






「なまえちゃんだー!」
「お兄ちゃんもおかえりー!」

毎度恒例というか、なんというか。
橘家の玄関扉を開けたらバタバタという足音と共に蘭ちゃん蓮くんが飛びついて来た。

「こんばんは、お邪魔します」
「なまえちゃんご飯食べたらゲームしよー!」
「駄目だよ、今日は遅くなれないからゲームは今度ね」

真琴が先に断ってくれて、なおも「えぇー今度ね、絶対だよ!」と言ってくれる蘭ちゃんと蓮くんは今日もかわいすぎる。
またすぐ来るからねって頭を撫でたら腰のあたりにぎゅーって抱きつかれてしまった。

そんなやりとりを玄関でしていたら、パタパタとスリッパを鳴らして真琴のお母さんが顔を出した。

「なまえちゃん、いらっしゃい」
「あ、お邪魔してます。挨拶もしないですみません…!」
「いいのいいの。蘭と蓮がごめんなさいね」

お兄ちゃんと一緒でなまえちゃんのこと大好きみたい、と笑う顔が真琴にそっくりで、さすが親子だなぁ。

「ちょっと母さん…」
「だって本当のことでしょ?」

真琴の耳が少し赤い。
男子高校生が自宅に彼女を招くって、普通照れてあんまりなさそうな気がするんだけど、橘家はそういうところはオープンらしい。
付き合う前からハルと遊びに来てたからっていうのはあるかもしれないけれど。

リビングにはお父さんもいて、「なまえちゃん久しぶり」と快く招き入れてくれた。

ご飯の間はそれはもう凄まじくて。
食べ盛りで部活終わりの真琴はよく食べるし、蘭ちゃんと蓮くんもお兄ちゃんに負けじとよく食べよく喋る。
話題は主に小学校であった出来事で、お父さんとお母さんはそれをニコニコ笑いながら聞いている。

「なまえちゃんもたくさん食べてね」
「はい」

…なんかいいなぁ、こういうの。
橘家に溶け込んでいるって言ったらおこがましいけど、夕食に呼んでもらえて、家族の会話に混ぜてもらえて、温かいなぁ。

「そういえば、なまえ今日お風呂どうするの?」

例のごとく帰宅早々にシャワーを済ませてサッパリしている真琴が思い出したように聞いてくる。

「あぁ、江ちゃんのお家にでも借りに行こうかなーって。あとで電話してみる」

松岡家とは徒歩数分で、うちの近くは銭湯とかがないから借りるならそこだなって。
きょとんとしている橘家の方々に我が家のお風呂が壊れてしまったと事情を説明すると、

「え、お風呂壊れちゃったの?」と蓮くん。
「じゃあうちで入って行きなよ!蘭と一緒に入ろうー」と蘭ちゃん。

本当にかわいいなぁ、と感動しながらも、まさか彼氏の家でご飯だけでなくお風呂までお世話になるわけにはいかない。

蘭ちゃんを傷付けないよう断らねば、と思ったら「そうね、なんなら泊まっていっちゃえば?」と言ったのは真琴のお母さんだ。

「えぇ?!」と声をあげたのはわたしではなく真琴。

「ちょっと母さんなに言ってるの?!」
「だって明日も部活あるでしょ?うちから一緒に行けばいいじゃない」
「いやいや、そこまでお世話になるわけには…」
「なまえちゃんのお家にはおばさんから連絡入れるし大丈夫よ」

ご飯が終わったら電話かけてみるわね、と朗らかに笑われたらもうなにも言えなかった。




「ごめん、母さんが急に」

リビングで食後のお茶をいただいて、蘭ちゃんと蓮くんがゲームをしているのを眺めながら真琴が言う。
真琴のお母さんはみょうじ家に電話をかけている最中だ。

「こんばんは、ご無沙汰しておりますー。いえいえ、なまえちゃんがいると蘭も蓮も嬉しそうですし大歓迎ですよ」

自分の目の前で彼氏のお母さんが自分のお母さんと電話をしているって、なんだかすごく恥ずかしい。

「それで、お風呂が壊れてしまったと聞いて。良かったら泊まって行ってほしいなぁと思っているんです」

しかもお泊りの許可を取るためにって、橘家は本当にオープンだ。
真琴のほうをチラッと盗み見ると目が合ってしまって、二人で苦笑いをする。

「いえいえ、本当にこちらはぜひぜひ!という感じなので。はい、なまえちゃんに替わりますか?」

自分の名前が出てきて、真琴のお母さんのほうを見たらお母さんが左手でオッケーと親指と人差し指で丸を作る。

「なまえのお母さん大丈夫みたいだね」
「うん、そんなあっさり許可していいのかって感じだけど」

お風呂借りてくればっては言われたんだけど、という言葉は飲みこんだ。

「リビングで蘭と蓮と四人で寝ようか。もうタオルケットだけでも寒くないと思うし」

さすがに俺の部屋はね、と言うと眉毛が下がる。
そうだね、と返したら蘭ちゃんと蓮くんが「なまえちゃん泊まれることになったの?!」と飛び跳ねた。

「蘭も蓮も、その前にお風呂入って来ちゃいなさいね」

いつのまにやら電話を切っていたお母さんが柔らかく笑って言うと、素直な双子は元気にはーい!と返事をしてから自分たちの部屋にパジャマを取りに走って行った。



(2015.01.11.)


橘家は幸せ家族計画!って感じがします



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