31.

頭下げんのとかマジでめちゃくちゃ嫌だけどやむを得ない場合というのがある、らしい。
なまえが兵頭と出かけていってから俺は至さんの部屋にいた。

みやげ買って来るから一緒に食おうっつったって、どこで食うつもりなんだ。
談話室ってわけにはいかねぇしバルコニーや中庭は座るところがあるけれど誰が通るかわからない。
兵頭と出掛けることに対しておもしろくないという態度を全面に出したからそんな提案をしてくれたのだろうけれど、詰めが甘いというかなんというか。

どーすっかなぁと少し考えて、本当ならあまり頼りたくない相手の顔しか浮かばなかったのだ。
頼めば快諾してくれるだろうけれど交換条件に何を言われることもわからないし絶対にからかわれる。
親しい仲だけに気恥ずかしさがあった。

はぁ、と大きく息を吐いて立ち上がり、自室で廃人ゲーマーという本業にいそしんでいるはずの至さんのもとへ向かったというわけだ。

「……っつーことで、部屋貸してほしいんすけど」
「えー俺見ての通り休日を満喫してるんだけど」
「レベル上げ手伝うんで」
「てかいいの?こんな汚い部屋で」
「背に腹はかえられ、」
「そんな苦肉の策みたいな言い方されてもね」
「至さんくらいしか頼む人いねぇんだって!」

俺となまえのことは至さん以外にも東さんには確実にバレているけれど、あいにく東さんは外出中だ。
いない人の部屋を無断で使うわけにはいかないし、連絡を取れても東さんの部屋とか俺も妙に緊張しそうだし。
ゲーオタ廃人の魔の部屋といえど、なまえは一度入ったことがあるから問題ないだろう。

「まぁいいけど。俺の部屋で変なことすんなよ」
「変なことってなんすか…」
「口に出していいわけ?」
「やめてください」

許可が下りたからひとまず締め切られていたカーテンを開けて窓も全開にした。
よどみまくった空気を入れ替えるためだけれど至さんが大げさに「まぶしい」「寒い」とうるさい。
春とはいえ風が吹くとまだまだ寒い。
目に見える範囲を部屋の主に怒られない程度に片付けてソファにファブリーズをしたら「そんなに換気だ除菌だってするなら自分の部屋呼べよ」と言われた。
それができたら苦労しない。

「兵頭と帰ってくるんすよ、そのまま俺らの部屋ってわけにもいかないっしょ」
「ふぅん。面倒なことしてるね」
「まーしばらくは仕方ないっすかね」

しばらくねぇ、と至さんが重たそうな腰を持ち上げて立ち上がる。

「彼女が他の男と出かけてるのに寛大じゃん」
「……おもしろくはねぇけど」
「健気な万里くんに免じて俺はシトロンの部屋にでも避難してあげよう」

猫背で部屋を出ていく至さんに礼を言うとゆるく手を振られた。
シトロンの部屋っつーことは何か違うゲームでもすんのか、咲也にガチャを引いてもらうのか。
どちらにしろありがたいことに変わりはない。
しょっちゅう入り浸っていて自分の定位置になっているソファに身を沈めるとさっき吹きかけたファブリーズのにおいがした。
……色気ねーな。
まぁいいけど。

(寮戻ったら至さんの部屋来て…と)

なまえに短く送ったLIMEはすぐには既読がつかない。
兵頭といることはわかっているからしょうがねぇという気持ちと、何を話しているんだろうかとモヤつく女々しい考えが混ざる。
前まではただ腹立たしいのだと思っていた感情が別の意味を持っていたなんて自分でも驚いた。
早く帰って来ねぇかなと時計を確認するけれどまだ二時半を過ぎたあたりだった。



コンコン、という控えめなノックに「どーぞ」と返すとなまえが顔を出した。

「おかえり」
「ただいま、です」

なまえが照れたように目を伏せるけれどこのやりとりは、まぁたしかに照れるかもしれない。
至さんの部屋に足を踏み入れたなまえがくるっと振り返ってやけに丁寧に扉を閉める。
こいつ、兵頭になんて言ってここに一人で来たんだろうか。
小さな歩幅でソファまで来たなまえがどこに座ろうか目線を泳がせているから隣に座れという意味をこめてぽんっと空いているスペースをたたく。
標準的な二人掛けのソファの端にちょこんと座ったなまえの体重で少しだけソファが沈む。
自分以外の誰かが隣にいる感覚に途端に落ち着かなくなる。

「いや、遠くね?」
「えっそうですか…?あの、これおみやげ買ってきました」
「おう、サンキュ」

ごまかされた感がすげーなと思いながらもなまえが持っていた紙袋から菓子と思われるものを出しておずおずと俺の手に乗せるのがなんかすげーかわいかったからそれ以上はツッコまずにいた。
乗せられたのはどら焼きってあたりがまたなんか、うん、かわいいと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。

「何食ってきたの」
「白玉パフェです、写真見ますか?」
「おう」

部屋に入って来た時は少し緊張している様子だったけれど嬉しそうに顔をゆるめて携帯を操作している。
これです、と差し出された写真には確かにパフェが写っている。
写っているけれど。

「……」
「万里くん?」

パフェの向こう側に明らかに男のものだとわかる手も写り込んでいた。
手の主は間違いなく兵頭だし悪気もないのだろう。
こいつと兵頭がただのいとこだから二人で出掛けて他意なくこんな写真を見せるということもわかる。
だけど相手が誰であろうと心が狭いと言われようが腹が立つもんは立つ。
さっき至さんに言われた寛大という言葉にはかけらも納得できなかった。

「兵頭と二人でどんな話すんの。あいつ喋んねーだろ」
「お芝居の話とか、次に行きたいお店とか…十ちゃん口数多くはないですけど普通に話しますよ」

次行きたい店、と言われてまた腹の奥がふつふつと痛んだ。
出掛ける前にこれからも兵頭との付き合いは続けると言っていたし、そもそも親戚なんだから切ろうとして切れる間柄でもない。
そのことについてどうこう言うのはダサすぎると自分でも思う。

「劇団入ってからは前より楽しそうにいろんなこと話してくれます」
「ふぅん」

多分、椋と普段どんな話をしているのかと聞いても同じような返事が返ってくるのだと思う。
いとこだから、それ以上の何かがないことなんてわかっているのに。

この話ぶりだと俺とのことはまだ言ってねぇんだろーな。
タイミングを見てと言っていたけれど、いつならなまえの思う「良いタイミング」なのだろうか。
寮に住んでいるしなまえはそこに出入りをしていて、約束がなくても顔を合わせる機会はある。
だけどそれじゃ付き合う前と変わらない。
もっと会いたいし話をしたいと思うのは俺だけなんだろうか。

「……」
「あ、飲み物ないですね。お茶持ってきます」

なまえが立ち上がってソファのスプリングがきしむ。

「いらねーよ。てか台所行ったら誰かいんだろ」
「え?」
「その茶どーすんだって聞かれたらなんて言い訳すんの」
「言い訳って……」

最初不思議そうに首をかしげたけれど俺の言いたいことがわかったようでなまえの表情が曇った。

「隠したいなら考えて動かねぇとすぐにバレるぞ」

間違ったことは言っていないはずなのに、棘のある言い方になってしまった。
立ち上がったまま身動きをしないなまえに悪いことをしているような気分になる。

「……ごめんなさい」
「いや、別に」

俺はいーんだよ、バレたって。
むしろ言ってしまったほうが何かと都合がいいはずなのに、言いたくないのは俺と兵頭の関係性のせいだろうか。
だからってあいつと今更仲良しこよしなんてできるわけもないから面倒な相手に惚れたもんだと思う。

「座れば」
「……」

立ち尽くしているなまえの手を引いて座らせようとしたら至極弱い力で抵抗をされて眉間に力が入る。

「……十ちゃんには、」

ようやく発した第一声が兵頭の名前で、思わず小さな溜息が出た。
条件反射みたいなもんだしなまえはそれくらいでビビらないはずなのに、息をのんだような気配がして言葉の続きがいつまでもやってこない。
下から覗き込むようにして表情をうかがうと丸い瞳に涙の膜ができていた。

「…なんで泣くんだよ」
「だって、怒ってますよね」
「怒ってねぇよ」

むかついているのは確かだったけれどそれをこいつに正直に言っちゃいけねぇことくらいわかる。
できているかは別として、態度に出すべきではないとも思う。
お互いの空気が張り詰めたものに変わって、なまえの自分の手に持っていた紙袋を机に置いた。

「これ、全部あげます」
「…は?」
「やっぱりお腹いっぱいで食べられそうになくて。今日はもう帰ります」

わたしから言ったのにごめんなさい、と俺の顔を見ることなく言ったなまえは部屋を出て行ってしまった。
あんな泣きそうな面でどこに行くつもりなんだろうかと思うけれど追いかけることができない。
追いかけた先に兵頭がいたら今度こそキレてしまう気がした。



会いたいと思っていた。
会えたら二人で話して、名前を呼んで、手を繋いで、改めて考えると恥ずかしいそんなことを考えていた。
付き合いたてだというのになぜケンカまがいの険悪なムードになってしまったんだ、俺のせいか。
誰かに執着したことなんてなかったし上手く立ち回れないことなんてなかったのに。

渡された菓子を手に持ったままソファの背もたれに沈みこんだらファブリーズのにおいがした。



(2021.03.27.)



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