26.宮城県大会決勝

春高バレー出場が決まった。
夢みたいだと思うけれど夢じゃないし、奇跡なんかでもない。
たしかに自分たちの手で掴み取った春高への出場権。
ずっと目指していた全国大会だ。
中学の頃から高く分厚い壁だった白鳥沢、牛島くんは最後まで強かった。

ボールがコートに落ちた後にやってきた一瞬の静寂のあと、会場が揺れているんじゃないかってくらいの歓声があがった。

一人では届かない場所にもみんなとだったら上っていけるし飛び越えることができるのだ。
応援席にいた仁花ちゃんや冴子さんと抱き合って泣いて、コートにいるみんなも同じように泣いていて。
この三年間の悔しかったりやるせなかったり、そういう涙をこらえたことはみんな少なからずあったと思う。
澤村たちがぼろぼろと涙をこぼしているところを見たらまた込み上げるものがあった。

今日の試合は男子の決勝が最後だったから、選手のみんなはコートでダウンをしている。
反対側のコートは白鳥沢の選手たちも同じようにストレッチをしていた。
まだ涙をこらえている選手、呆然としている選手、それぞれのバレーボールがここにあるのだと改めて思う。
中学三年間、決勝戦で負け続けたから気持ちはわかるつもりだ。

「なまえさん」
「飛雄ちゃん〜……」
「ちゃん付けやめてください」
「抱きしめてもいい?」
「っ!い、いいですけど」

片付けの手伝いをしようと仁花ちゃんと一緒にコートに下りたら、体育館に入ってすぐ飛雄に声をかけられた。
北一で一緒のチームにいたのは一年だけだったけれど、中学時代の気持ちがよみがえってくるようで、こみあげるものをごまかそうと飛雄の名前を呼んだら思いのほか情けない声が出てしまった。
本人の許可がおりたから遠慮なく大きくなった身体に腕を回すとまだ汗でしっとりしていてそれがなんだか愛おしい。
生意気な後輩なんて言われることが多いけれどわたしにはかわいくて頼もしい存在になっていた。
突然のハグに固まる飛雄になんだか笑えて来てしまう。

「やったねぇ、すごいね、おめでとう」
「おめでとうって。なまえさんも行くんですよ、春高」
「……うん、そうだね。わたしも行く」
「はい。一緒に」
「……とびお〜」
「おい!影山なになまえさんのこと泣かせてんだ!」
「泣かせてません!」
「飛雄にも田中にも泣かされてるんだよ、わたしは」
「なっなんと……!」

ここはまだ通過点だと言った飛雄の髪の毛をわしゃわしゃと撫でたらいつものように唇をとがらせて、だけど少し嬉しそうに目尻を染めていた。
飛雄から離れて田中の坊主頭を撫でまわしたらジョリジョリと気持ちのいい刈り込み具合でやっぱり汗で濡れていたから、田中が首からかけていたタオルで拭いたらちょっと傷付いたような顔をされた。
なんかごめん。

「なまえ」
「スガ!お疲れ様……やったね」
「うん。なんかさっきはわーって込み上げてきたけど今冷静になると信じられないな」
「わかる。一周まわってふわふわした気分」
「なー」

試合終盤、慣れない五セットマッチでみんな疲れがピークを越えたんじゃという頃合いにスガが飛雄に代わってコートに入った。
烏養さんに呼ばれた時のスガはいつも通り落ち着いている表情に見えたけれど自分の手を何度もさすり温めようとしていて、応援席から見ていたわたしは声をかけることもできなくて唇を噛んだ時。
潔子がスガの前に立って、きゅっとその手を両手で包んだ。
スガも烏野ベンチのみんなも大騒ぎだったけれど潔子の激励はしっかり効いたみたいだった。
いつもの空気が戻ったことが遠目にもわかってそれにものすごくホッとした。
選手だけじゃなくてコーチも監督も、マネージャーも一緒に戦っているんだと思えた。

「なまえ、俺には?」
「え?」
「ハグ?」

そう言ってスガはいつもみたいに笑って両手を広げた。
疑問形で首を傾げて言うのはずるいと思う。

「あ、あれは感極まってしまっただけで。スガにするのと飛雄にするのでは意味合いが変わってきてしまうというか」
「意味合い?」
「飛雄はかわいい後輩だけどスガはかわいくも後輩でもない」
「それ喜んでいいのか微妙なやつだなー」

じゃあ、とスガの胸のあたりに掲げられた手は大きくて、その手に自分の手を合わせたハイタッチはぱちんと小さな音がした。

「そういえばスガ、前にかわいいって言ったときは不満そうだったのに」
「あーうん。あったね、そんなこと」
「合宿、楽しかったね」
「きつかったけどな」
「きついだけのことはあったね」

梟谷グループの中で強豪に揉まれなければここまで来ることはできなかったかもしれない。
スガのほうを見て言うと、思い出しているのか「だな」と眉も目尻も下げて笑っていた。

表彰式で盾をもらってメダルをかけてもらうみんなのことを見たらさっきまで涙がこみあげてくるばかりだったのに気持ちが引き締まった。
ここがゴールじゃないことはみんなわかっている。
選手のみんなに大きく拍手を送っていたら、表彰式が終わったあとには手のひらがじんじんと熱くなってしまった。

「なまえ、この後このままおすわり移動するって」
「了解!荷物先にバスに積んじゃうね」
「お願い」

潔子に忘れ物の最終確認をお願いして、備品の入ったカバンを肩にかけ直した。
まだ人がたくさん残っている会場の廊下を抜けてバスに乗り込むと選手はうつらうつらと船をこいでいる人がほとんどだった。
それを見て頬がゆるむ。
夏のインハイ予選のときは重たくて仕方がない雰囲気で、おすわりで食べたご飯も正直味を覚えていない。
今日のご飯は美味しいだろうなぁ。
みんなが食べている時はお皿を下げたり出来上がったお料理を運んだり、多分忙しい。
少し落ち着いたら潔子と仁花ちゃんとゆっくり食べられるかな。

妙に静かなバスの中、ひとりで座席に座る。
わたしは一度も試合には出ていないけれど、こんな日が来るなんて嘘みたいだ。
一秒でも長く、一試合でも多く、大好きなチームで戦いたいと思う。
着ていた黒いジャージのファスナーを上まで閉めてふぅ……と細く吐いた息と一緒に込み上げた涙は誰にも見られることなく袖で拭った。



(2021.03.23.)



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