25.準決勝後と翌日とこれからのこと

前だけを向くって難しいな。
後ろ髪を引かれるって、きっとこういうことを言うんだ。
引かれるほど後ろの髪の毛長くないけど。
会場の廊下を俺と反対方向に歩き出した小さな背中を目で追いながらそんなことを考える。
真っ黒なジャージの背中に書かれた学校名が憎たらしかった。

高校最後の春高予選、宿敵の相手との対戦を前に俺たち青葉城西は敗退した。
試合会場では不思議なほどに頭がすっと冴えていて、身体の力は抜けているのに心臓だけがどくどくと暴れそうに熱くて痛かった。
涙も出ない。
後輩たちのほうが悔しそうに唇を噛んでぼろぼろと泣きじゃくっていた。
見送る側のほうがしんどいということもあるのかもしれない。
試合が終わった後は対戦校のベンチに挨拶に行くということは慣例で、インハイ予選の時ももちろんあった。
ただその時とは逆の立場。
俺が負けて、なまえのいる烏野が勝った。
ぎゅっと何かを耐えるような表情で俯いているなまえと目が合って、どうしてなまえが泣きそうなんだよと思う。



「あー……悔しいな」
「……おう」

悔しい。
あの一球を拾えていたら、サーブが入っていたら、あぁしていれば、こうしていればと思うことだらけだ。
入畑監督がおごってくれたご飯はひたすら涙の味がした。
悲しくても悔しくても飯は食える。
いつも行っていたラーメン屋にも三年生だけで行って替え玉まで食べた。
何回来たかわからない店のおばちゃんもおじちゃんも、俺たちの顔を見て「お疲れ様」と顔のシワを深くして言ってくれるものだからおかわりしないとなって思ったんだ。
はちきれそうな腹で最後にしたミニゲームは全然ミニじゃなくて本気で、食べたラーメンが全部出そうなくらいしんどかったけど、みんなは最後まで俺のことを「馬鹿だ」と言ってきたけれど、ありがとうくらい言わせてほしい。
「三年間ありがとう」と伝えたら怒られるって、理不尽すぎない?



「岩ちゃん、俺さぁバレー続けるよ」
「何を今更」
「うん、ちょっと悩んでたんだけどさ」
「お前のは悩んでるフリだろ」
「……さすが岩ちゃん」
「及川からバレー取ったら馬鹿しか残んねぇ」
「え?!ひどい!けどなまえも同じようなこと言ってた!」
「わかってんな、あいつ」

学校の体育館を出て、岩ちゃんと並んで歩く帰り道はいつもと変わらない会話のテンポで落ち着く。
自然となまえの名前を出してしまって、何をしていても誰といてもこんな風にふとした時に頭に浮かんでしまうのだ。
なまえが烏野に進学すると言った時、もしかしたら俺はなまえに牛島みたいなことを言ったかもしれない。
口には出さなくてもあるいは態度で「どうして青城じゃなくて、俺と同じチームじゃなくて、強豪でもない烏野に行くんだ」と言ってしまったような気がする。
俺が全国に連れて行きたかった。
それなのに牛島を倒すこともできなくて、高校最後の大会はなまえのいるチームに負けるなんて。

「バレーの神様に嫌われてるのかな」
「頭でも打ったか、気持ち悪ぃな」
「うんー」
「嫌われてたらどうなんだよ」

岩ちゃんが一瞬驚いたように目を見開いた後に、いつもの少し軽蔑を含んだような目になったかと思ったら妙に静かな口調で言った。

「お前がバレーを好きで、努力し続けることには変わりねぇだろ」
「……そうだね」
「それでもジジイになるまで嫌われ続けてたら哀れんでやるよ」

ひどいなぁ、と俺もいつもの調子で返した。
バレーの神様に嫌われていたとしても、なまえには呆れられることがないよう頑張ろうと思う。
沈みかけの夕陽が目に沁みた。



「……どっちが勝ってもむかつくから来ねぇって言ってたのに来たんか」

どうしようか散々悩んだけれど、烏野対白鳥沢の県予選決勝の会場に足が向いていた。
会場の一番後ろの席で誰にも気付かれないようにメガネなんてかけてひっそり見ていたつもりだったのに試合途中で岩ちゃんに声をかけられて縮こまってしまった。

「どっちが勝ってもどっちかの負け面は拝めるからね」
「うんこ野郎だな。今日はなまえも応援席なんだな」
「昨日ベンチにいたからね。三年のマネージャーもう一人いるし交代なんじゃない?」
「なんで三年のマネがもう一人いるって知ってんだよ」
「えーだって烏野のメガネちゃん美人だって有名だもん」
「なまえに及川がそう言ってたって伝えとくわ」
「ちょっと!やめてよ!」

試合は第五セットまでもつれこんだ。
経験値の低い烏野はよく食らいついていると思うけれど白鳥沢が優勢、このまま今年も代表は白鳥沢だろう。
そんな空気の中、飛雄がベンチに下がって二番の爽やか君……菅原くんと交代するらしくアップを始めていた。
応援席にいるなまえを見たのはもう無意識で、祈るように両手を胸の前で握りしめて菅原くん…というよりも烏野ベンチとコートを見ているようだった。
菅原くんに目線を移すと必死に手をあたためているようで、この状況で白鳥沢戦に出るとなったら仕方がないだろう。
試合に出られる喜び、同時に強豪の前に放り出される緊張感、自分が台無しにするわけにはいかないという重圧。
全部理解できる。
他人事だからこそ冷静に見ていられるなんて思った時に、さっき岩ちゃんとの話題にあがった烏野のベンチマネージャーが菅原くんの両手を自分の手で包み込んだ。
烏野ベンチがぎゃあぎゃあと一気に騒がしくなって、結果的に菅原くんもみんなも緊張がほくれたようだ。
……メガネちゃんも菅原くんのこと、とかないよね?
そしたら三角関係じゃん、とまたなまえを見ると特に変わった様子はなくジッとコートを見下ろしていた。
全国行きを賭けた試合でそんな浮ついたことを考える余裕はないだろう。

どっちも負けろと思っていた。
どっちが勝ってもむかつくからだ。
だけど俺のそんな子供じみた願いなんて届くはずもなく、試合終了の笛が鳴った。
大番狂わせだ。
会場にいるほとんどの人がそう思っただろうけれど天才と呼ばれる生意気な後輩が最強の武器と仲間を手に入れたのだからなんら驚くことではなかった。
牛島ざまぁみろだ。
応援席の向こう側で後輩マネージャーと思われる子と抱き合っているなまえは泣いていた。
わんわん泣いているのがここからでもわかって、嬉し涙を流しているところは多分初めて見た。
俺の前でも泣いてほしいなんてことは思わないけれど、一番近くで喜びを分かち合える関係でありたかったとは未だに思ってしまう。

「おい、帰んねぇのか」
「……帰るよ。表彰式なんて見ても仕方ないしね」

俺が何に視線を向けていたのか気付いていないはずはないのに岩ちゃんのこういう容赦ないところが一緒にいて楽だ。



インハイ予選の時のように試合後に連絡を取ることはしなかった。
暗い部屋で電気を消して、布団を肩までずりあげて携帯を眺めるけれどなんて言えばいいのかわからなかった。
おめでとうと伝えても心からの言葉にはならないし、お疲れと言うのも違う気がする。
春高頑張ってなんて悔しくて言いたくない。
浮かんでくる言葉を違う、これも違うと打ち消して、やっぱり残るのは会いたいとか好きとか、そういう気持ちなのだ。



(2021.03.23.)



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