30.

思えば自分から告白をしたのは初めてだった。
来るものを選びはしたけれど去るものは追わず、興味を持てず適当に相手をしていたら勝手にキレたり泣いたり、女ってめんどくせーなと思う。
そんな付き合い方しかしてこなかったもんだから、正直なまえとの距離の取り方がわからなかった。
今までは放っておいても連絡は来るし約束なんてしてねーのに俺のいる場所に会いに来られて引っ付かれるし、俺から何かするということはなかった。
なのに。
まぁなまえらしいと言えばなまえらしいとは思うけれど、あっちからろくに連絡が来ないというのはどういうことだ。
劇団員とのグループLIMEでは必要事項へのレスポンスは早い。
俺が連絡すればその返事もちゃんと来る。
だけどなまえから連絡が来たことはなかった。

花見の日の夜も俺から連絡をした。
個人的にLIMEを送るのは初めてだったけれど「よろしくな」「はい、よろしくお願いします」という短くなんの色気もねぇやりとりをした。
業務連絡かよ。
次に確実に寮に来るのは夏組の第二回公演準備だろうけれど、それまで会わないとかありえねぇからどっか誘ってみるか…と思っていた数日後、談話室に入ったらダイニングテーブルでなまえと紬さんが並んでいてデジャヴュかと思った。

「……」
「万里くん、おはよう」
「はよーございます」
「おはようございます」

顔をあげたなまえがパッと視線を俯けたのは照れているのだとわかったから別にいい。
耳が赤くなっていて俺と顔を合わせただけでそんな反応をされると、こいつ俺のこと好きなんだなと思う。

「勉強?テスト前でもねーのに」
「えっと、紬さんにたまに家庭教師お願いすることにしたんです」
「…へー。フラ学って大学もエスカレーターなんじゃねぇの」
「そうなんですけど、希望の学部に進むには成績良いにこしたことないので」
「まじめか」

ダイニングテーブルには前もあったように教科書とノートが広げられていて、分厚い辞書も置いてある。
こんなくそ重いもん持ち歩いてんのかよ。
電子辞書使えばいいのにと思うけれどうちの教師も紙の辞書を使えと言っていた気がする
冷蔵庫を開けると今日は臣の作ったワッフルがまだ残っていた。
皿に移してレンジで軽く温めたあとにトースターに入れる。
そうすると焼きたての美味さがよみがえるらしい。
焼いている間にコーヒーでもいれるかとマグカップを出して、紬さんのと来客用のカップも取り出した。
湯をわかしてドリップしているとぽこぽこと音がする。
台所から談話室のほうに目をやるとなまえと紬さんは勉強を再開させていて、前に同じシチュエーションだった時も感じたモヤつきがせりあがってくる。

……てか俺、なまえが紬さんのこと好きなのかと思ってたって言ったよな。
俺には連絡してこないのに紬さんとは連絡取ってんのかよ。
さっき微妙に気まずそうだった気がしたけれど、まずいと思うなら初めからやめろと思う。
まぁ紬さんにカテキョ頼んだのは多分けっこう前のことだし今更やっぱりやめますという話にもならないだろうけど。

コーヒーを三人分用意したのは深く考えたわけではなくて、自分が飲むついでにと思っただけだ。
だからなんてことねぇ顔をして二人の前にマグカップを置いたつもりだったのになまえがぎょっとしたように俺を見る。
紬さんは「わぁ、ありがとう」とのほほんと笑っている。
自分のコーヒーと温め直したワッフルの皿をダイニングテーブルに置くと、うかがうような表情でなまえに見上げられた。

「飯食うだけなんて気にせず続けてください」

紬さんに向けて言うと、なまえが「コーヒーいただきます」と小さい声で言った。



飯食うだけ、と言ってしまったし、食い終わってから理由もなくそこに座り続けるのも不自然な気がしてどうしようかとコーヒーを飲みながら携帯を無駄に眺めるけれど情報を目で追うだけで正直頭には入ってこない。
二人は変わらない様子で勉強を続けていて、なまえの前にあるノートに紬さんが手を伸ばして何か書き込もうとする。
書きやすいようになまえが紬さんのほうへノートを差し出して「ありがとう」「いえ」なんていうやりとりが自然に行われていて、家庭教師と生徒ならば普通の距離感だろうと自分に言い聞かせるのにも限界があった。
なまえが紬さんを好きだという疑念は晴れたのにおもしろくないもんはおもしろくない。

だけどなまえに付き合い始めたことは言うなと言われているし。
俺と付き合ってるからって紬さんに勉強を教わるなと言うのは理由が乱暴すぎるとは思うし。
…てか勉強くらい俺だって見てやれんだけど。

ここにいてもやることがないどころかイラつくだけどな、と無言で立ち上がる。
自分の皿とマグカップを洗って部屋に戻ろうと談話室の扉に手をかけて、思い直して振り向く。

「…なまえ」
「えっは、はい」
「カテキョって何時まで」
「え…あと一時間くらいです」
「終わったら教えて。部屋にいっから」

なまえも紬さんも目をこれでもかってくらい開けて驚いたような表情をしていて、ソファスペースにいた幸と監督ちゃんまでこっちを見ていた。
「どういうことだ」と騒ぐ奴らがいなくてよかった。



部屋で雑誌を読んでいたらコンコン、と控えめなノックの音がした。
返事もそこそこに立ち上がって扉を開けると案の定なまえが眉を下げて立っている。

「あーお疲れ」
「はい、あの…何か用でしたか?」
「は?」
「だって、部屋来いって」
「……用がなきゃ呼んじゃいけねーのかよ」

そういうわけじゃないです、ともごついたなまえの顔がじわりと赤くなる。

「この後なんか予定あんの」

予定があると言われたら駅まで送ろうと思っていたし、ないと言われたら「じゃあここにいろ」と言うつもりでいた。
だけどなまえから返ってきた返事は最悪のものだった。
想定できなかったわけじゃねぇのに全く頭になかったんだから俺も少し浮かれていたのかもしれない。

「この後は、十ちゃんとカフェに行こうって約束を…」

ピキ、と自分のこめかみがひくつくのがわかる。
同時になまえもさっきまで赤らめていた顔を青ざめさせた。

「あの…前から約束してて」
「前っていつ」
「えっと、たしか先週」

先週って。
花見があったのはもう少し前だ。
付き合う前ならまだいい。
こいつと兵頭がやたら仲が良いことは知っているし、二人でカフェとか勝手にやってろと前は思っていた。
だけど俺とはろくに連絡も取ってねーのに異性のいとこと二人きりで出掛けるってどういうことだ。

「摂津さん、あの、」
「呼び方も戻ってるし」

俺の機嫌がみるみる悪くなっていくのに気が付いたらしく、おろおろしているのがわかる。
どんなに俺が不機嫌そうに振舞ってもしれっとした態度だったことを思えば、関係が変わったことによる変化だろうけれど。

「ば、んりくん」
「ん」
「怒ってますか?」
「何に」
「紬さんに勉強見てもらってたのと、十ちゃんと出かけるの?」
「……おもしろくはねーな」

部屋の前で話し込む内容でもないからなまえの手を引いて部屋の扉を閉めた。
兵頭と出掛けるらしいけれど俺が起きたときには兵頭はもう寮内にいなかった。
どこかで待ち合わせているんだろうか。
部屋の中央にあるラグに座り、膝と膝がつく距離で対面に座るとそれだけで少し顔を赤くさせたなまえは口をつぐむ。

「今日もなんか甘いもん食いに行くん?」
「はい、今日は甘味屋さんに」
「ふーん……」
「…万里くんも行きますか?」
「三人で?行くわけねーだろ」

ふに、となまえの頬を弱い力でつねって言うと「ですよね」と、眉を下げた。

「あの、十ちゃんと出掛けるのはもう恒例っていうか、今更なくせないっていうか」
「……兵頭と出掛けんなって言ってるわけじゃねーよ」
「…はい。紬さんの勉強も、前からお願いしてて」

兵頭となまえに親戚以上の感情がないことはわかっている。
だけどやっぱりおもしろくねーもんはおもしろくねぇ。

「嫌な思いさせたならごめんなさい」
「いや……うん」

頭を撫でて、そのまま毛先まで手を滑らせる。
ゆるく巻かれた髪の毛を一束すくって指先で遊んでいたらなまえが一瞬目を伏せてから口を開いた。

「万里くんは今日何か予定ないんですか?」
「特には」
「じゃあ、おみやげ買って来るので寮戻ってきたら一緒に食べませんか?」

顔色をうかがうみたいに上目遣いで見られて、そんなことを言われたら頷かないわけがないのに余計な一言をつけてしまうあたり俺ってやっぱりガキなのかもしれない。

「…店でも食って帰って来ても食うのかよ」
「夜ご飯いらないかもですね」
「みやげって、他の奴にも買ってくんの」
「え?万里くんと二人で食べようと思ったんですけど、そっか、みんなの分も買ったほうがいいですよね…」

なまえが首を傾げながら二人で食べようと思った、と言っただけで満足とかだせぇな。

「いや、俺とお前の分だけでいーだろ」
「はい」

目尻を下げてはにかむように返事をしたなまえの髪をくしゃりと撫でた。

「兵頭と何時に待ち合わせ?」
「えっと、二時です」
「じゃー三時には帰って来いよ」

それはさすがに、と言いかけたなまえの口を俺の口でふさいだ。

「……万里くんってキス魔」
「は?なんでだよ」

キス魔なんて言われるほどまだしてねぇだろ、と一瞬で赤く染まった頬をむにむにとつまみながら聞き返したら「気が付いたらそういう雰囲気になってる…」と恥ずかしそうに目を伏せた。



(2021.03.19.)



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