29.


談話室に向かう途中、手を繋ごうとしたら「誰かに会うかも」と拒否られた。
付き合って初日にいきなり拒否られるとかありえねぇと思うし今日はたまたま兵頭が部屋にいなかったけれど寮暮らしをしている限り二人になるタイミングはなかなかないだろうに、あっさり「談話室行きましょうか」と言われたのもおもしろくねぇ。
…がっついてると思われたくなくて大人しく頷いたけど。

「なまえ、次いつ寮来んの」
「決まってないですけど夏組公演の準備が始まったら、ですかね」
「ふーん…」

いやそれは俺だってわかってんだよ。
今までは用事がなければ寮に来ない、手伝い以外だと勉強会や誰かと約束をしている時…その誰かっつーのは兵頭が圧倒的に多い。
俺に会いに来るつもりはねーのかよ、とは言えなかった。



「あ、おかえりなさい!万里くん、なまえちゃん」
「ただいま」
「お邪魔します、片付け途中でごめんね」
「全然ッスよ〜!あ、なまえチャンの荷物そこにあるよ!

二人で談話室に入るとダイニングテーブルで話していた咲也と太一、兵頭に迎えられた。
ソファスペースにいる奴らもこっちを向いておかえりと声をかけてくる。

「なまえ、大丈夫だったか」
「十ちゃん?」

仏頂面をしていた兵頭が立ち上がってなまえに声をかけた。
俺はなまえの隣を譲る気がなくて一瞬空気がピリつく。

「じゅ、十ちゃん!おやつ食べた?臣さんが寮にも余ってるって言ってたシュークリーム!」
「いや、まだだ」
「えっ食べようよ。シュー生地って明日になると湿気ちゃうんじゃない?」
「そうなのか」
「わかんないけど多分?ほら座って。なんてそんなに怖い顔してるの?」

なまえが兵頭の肩をぐいぐい押して座らせて自分は冷蔵庫を開けシュークリームを取り出した。
台所には綴がいて何か作っているらしい。
花見で散々食ってたくせにまだ食うのか。

「なまえちゃんおかえり」
「綴さん、ただいまです。チャーハンですか?」
「うん。弁当あれだけ食べたのにまだ食い足りないらしくて。なまえちゃんも食う?」
「えっいいんですか?綴さんのご飯食べてみたかったんです!」
「伏見さんみたいにおしゃれなものじゃなくて悪いんだけど」
「でもみんな綴さんの作るご飯も美味しいって言ってますよ」

……冷蔵庫にあるシュークリームを取りに行っただけのくせに一向に戻って来ない。
台所は対面式になっているから綴となまえが話している様子が見える。
ダイニングテーブルのイスはまだ空きがあったからそこに座ってなまえたちのほうを見ていたら太一に肘でツン、とつつかれる。

「万チャン、今度こそ仲直りできたッスか?」
「あ?あー……まぁ、多分」
「マジッスか!よかったぁ〜ね、十座サン!」
「俺は別に」
「も〜みんな仲良く平和が一番じゃないッスか」
「摂津となまえは仲良くする必要ねぇだろ」
「んだと?」
「あぁ?なんか文句あんのか」

仲良くも何も、と言い返そうとしたらめちゃくちゃ視線を感じて振り向くと台所からなまえがこっちを見ていた。
まだ言うな、と目で訴えかけられているようでぐっと口をつぐむと兵頭が眉をひそめた。

「やんのかコラ」
「…何をだよ、やんねーよ何も」

チッと舌打ちをしてイスから立つ。
兵頭といるとやっぱり駄目だなとソファに移動するとローテーブルには臣が作ったのであろうピザやらチキンやらが広げられていた。
マジで二次会だなと思うけれど春組公演の慰労も兼ねているらしいからこれくらい盛大にするのも頷ける。

「万里さんおかえり」
「おーただいま」
「どこか寄ってたのか?遅かったな」
「いや別に」

ほぼ全員が花見に参加していたから、帰り道に誰がいて誰がいないかということは気付かない奴もいるだろうと思ったけれど仕事で参加していなかった天馬にそう聞かれて素知らぬ顔をした。
なのに、無害だと思った密さんがすんすんと鼻を動かしたかと思うとぼそ、とつぶやいた。

「……なまえのにおいがする」
「…は?」
「万里からなまえのにお、」

全部言われる前に密さんの口にマシュマロをぶち込んで阻止した。
抱えていたマシュマロの袋を奪ったらもぐもぐと口を動かしながらも手を俊敏に動かして来て渡すまいと応戦する。
言いかけた言葉は多分近くにいた天馬と至さん、それから東さんにしか聞こえてねぇと思うし天馬は意味がわかっていないようだ。

「密さんってマシュマロなくなったらどーなるんすか」
「電池切れみたいに動かなくなるかな」
「ふぅん?」
「うわ、万里の顔がゲスい」
「至さんこそゲームしてるときは大概っすよ」
「そんなこと言っていいわけ、今の俺聞こえちゃったけど。ね?東さん」
「そうだね。おまけに万里のここに何かついてることにも気付いちゃった」

ここ、と言って東さんは自分の胸のあたりをトントンと手入れされた指でさした。
パーカーをつまんで見下ろすとたしかにうっすらとリップマーク。
前にもこんなことがあったけれどあの時は嫌がらせのつもりでしたハグだった。
さっきキスする前に抱きしめたからなと妙に冷静に納得していたら至さんと東さんが「やっとかぁ〜」「至くんは楽しんでたでしょ」「東さんこそ」と言い合っていて聞き捨てならない。
天馬は未だに状況を飲み込めていないようだ。

「密はマシュマロ食べてる間は何も話さないと思うよ」
「じゃーこれ返すんでさっき言ったことは忘れてください。足りなくなったら補充するんで」
「…わかった」

密さんにはマシュマロの袋を返して秘密協定を結んだ。
てか別に俺は言ってもいーんだけど、なまえがまだ言いたくねぇらしいから。

「若いっていいね」
「別に至さんが思ってるようなことは起きてないですよ」
「何?思ってることって」
「そのにやついた顔どうにかしてくれないっすか…」
「万里が葛藤してるのもかわいかったんだけどね」
「東さんまで」
「おい、なんの話だ」
「なんでもねーって」

その日の帰り、なまえのことを送ろうと思ったのに気付いたときにはいなくなっていて「十座くんが送りに行ったよ!」と咲也に曇りのない顔で言われた。
別にいつものことだし今更どうこう言うもんでもないとは思うけれど今日くらいは俺が送りたかったと思ってしまう。
最近は何かと理由をつけて兵頭からその役目を奪っていたことに多分気が付いている奴もいて。
生温かい目で見られるのは勘弁だったけれど一声くらいかけてから帰れよな。

「まぁまぁ、万里よ拗ねるでない。お兄さんがじっくり話を聞いてあげよう」
「なんすかその口調。至さんゲーム付き合ってほしいだけっしょ」
「そうとも言うね。というわけで今夜は寝かさないよ」
「マジかよ……」



「で?自覚がずいぶん遅かったこじらせ万里くんはなまえに告白したわけ?」
「……まぁ」
「うまくいったようで何より」
「俺なんも言ってないっすよ」
「じゃあフラれた?」
「………なまえがまだみんなに言うなって」
「へぇ。なんで?」
「兵頭が驚くからって」
「なまえの優先順位はお前より十座ってことね」
「はぁ?そーゆー問題じゃないと思う、んすけど」
「付き合っても気苦労が絶えなそうで同情するわ」
「別に気苦労とか」
「こんなの苦労でもなんでもないって?」
「まぁ、少なくともあいつが紬さんのこと好きだと思ってた時より断然マシっすね」
「それ。なんでそんな勘違いしてたわけ?」
「そう見えたんですよ」
「ふーん。どう見ても両想いだったけどね」
「……マジすか」
「うわ何その顔。にやけてる万里とか似合わな過ぎて鳥肌立った」
「失礼すぎねぇ?てかにやけてないっす」
「それにしても万里となまえがねぇ」
「まぁ本人たちが一番驚いてるかも」
「目合わせるところからみたいな感じだったけどけっこう初期から好きだったでしょ」
「…いや、」
「あぁごめんごめん、自覚したの最近か。いつ気付いたの?」
「なんで至さんにそんなこと言わなきゃいけないんすか」
「俺の部屋提供してやったのに」
「提供て」
「なんかあったんでしょ、あの日。いかがわしいことでもした?」
「……してないっすよ」
「何今の間は」
「あーうるせぇなキスしかしてねぇよ」
「えっ告白してすぐキスしたの、最近の高校生は手ぇ早いな」
「いや……」
「は?」
「告る前にしました」
「んん?」
「…そんで殴られて、しばらく目も合わず。告ったのは花見ん時」
「え、めっちゃタイムラグ。だから万里もなまえも挙動不審だったわけね」
「めちゃくちゃ避けられてましたね」
「万里死にそうな顔してたもんな」
「てかそうだ至さん。なまえに衣装のタイ結ばせてたっしょ」
「うん。自分でやるより綺麗にできるんだもん」
「普段からネクタイ結んでる人が何言ってるんすか」
「え〜だって上目遣いで結んでくれるなまえかわいかったから」
「人のもんにちょっかい出さないでくださいよ」
「付き合う前のこととやかく言うなんて女々しいね」
「どーとでも」
「で、いつなまえのこと好きって気付いたの?」
「そこに戻るんすか」
「だって気になるじゃん。若者の恋愛事情」
「おっさんかよ」
「取り戻せない青春が羨ましいわ」
「言わないっすよ」
「えー」
「まだなまえにも話してないのに至さんに先に言うのもなんかちげーじゃん」
「……万里って本当かわいいとこあるよね」



(2021.03.07)



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