24.主将と副主将の内緒話

「俺って爽やか?」
「なんだよいきなり」
「さっき及川に言われた」
「及川?話したのか?」
「うん」

なまえに先に行ってくれと言われたら頷くしかなかった。
今二人は何を話しているんだろう。
俺たちを待たせていることはわかっているから長話はしないだろうけれど、気にならないわけがない。
思わず投げかけた言葉に大地が首を傾げた。

「内心けっこうぐちゃぐちゃしてんだけどな」
「まぁ俺はスガのこと爽やかだと思ったことはないな」
「……そう言われるのもなんか微妙だけど」
「泥臭いとか根性とか、あと不撓不屈とか。そういう感じだろスガは」
「それ褒めてる?」
「すげー褒めてるよ」
「ならいいや」

乗り込んだバスの窓から会場の入り口を見ていることしかできなくて、ぞろぞろと青葉城西のジャージが出てきた中に及川を探すけれど見つからない。
あれだけ目立つのだから見落としているということはないと思うんだけど。
まだなまえと一緒にいるのだろうか。
レギュラー陣はいないし応援席にいた部員みたいだけれど、そろそろどの学校も体育館から出なければいけない時間だ。

「大地はさー」
「おう」
「中学の女子で仲良い子っていた?」
「なんだいきなり。今も親しいのは道宮くらいだな」

少し考え込むようにした大地の口からは女子バレー部主将で、中学も一緒だったという道宮の名前が出た。

「そんなもんだよなぁ」
「みょうじと及川のこと気にしてるのか?」
「気にするだろあれは」
「まぁ、ただの部活の主将とマネージャーって雰囲気でもないよな」

だよなぁ、と背もたれに身体を預ける。
座り心地が良いとは言えない学校所有のシャトルバスには今まで何度もお世話になった。
乗り込んだとたんに後輩たちはぐうすか寝息を立て始めて、いつもうるさい車内は俺と大地の話し声しかしない。
普段こんな話はしないけれど、大地は驚くことなく俺の話に付き合ってくれる。

「春高終わるまではこのままでいたいんだけどな」
「ってことは春高終わったら言うのか?」
「……どう思う?」

なまえのことを清水とは違う風に目で追ってしまっていたのは多分最初からだった。
仮入部の時からマネージャー志望だと部活に参加していたなまえは、あとから大地の勧誘で入った清水ともすぐに打ち解けていて先輩たちが「潤うな〜」と喜んでいたことを覚えている。
クラスの連中に「なんでバレー部ばっかり……」と言われて焦りとか優越感を顔に出さないように気を付けた。

いいな、と思った相手でもこれから三年間一緒に部活をするのに気まずくなりたくないとも思った俺はビビりだろうか。
例えばなまえからわかりやすく好意を向けてくれるなんてことがあったなら状況は違ったかもしれないけれど、なまえは部員みんなに等しく平らかに、要は平等に接していた。
あれ、これ全部同じ意味か。
澤村くんから大地に、東峰くんから旭に呼び方が変わった頃になまえのことも下の名前で呼ぶようになって、なまえは俺のことを菅原くんからスガ、と呼ぶようになった。

「菅原くんって長いなぁと思ってたんだよね、六文字だもん。二文字になって楽になった」
「なんだよそれ」


烏野バレー部は、俺が抱いていた理想よりも苦しい状況ではあった。
先輩達はどこか諦めたような目をしていてそれに引っ張られてしまいそうだったけれど、全国に行くという明確で高い目標を持った大地がいたおかげで俺も俺が描いていたような……それより少し厳しい練習にも励むことができたと思う。
バレーボールが好きだった。
一学年上の先輩が引退してようやく正セッターになった時、なまえは自分のことのように喜んでくれた。

「スーガ!」
「おーどした」
「どうしたってレギュラーだよ、正セッター!早く試合したいね」

俺たちの学年は部員が三人だけで、一つ下の代にもセッターがいなかった。
手に入れたというよりも収まったという表現のほうが正しくて繰り上がりでレギュラーになった俺にそんな風に声をかけてくれる。
多分その時ちょっと微妙な顔をしたのが伝わって、むっと唇をとがらせて背中をバシッと叩かれた。

「正セッターで副主将の菅原孝支くん」
「お、おう」
「ふざけてることも多いけど後輩の面倒見が良くてみんなのコンディション誰より気にかけてるの知ってるよ。無自覚かもしれないけど」
「……」
「それでもそんな顔するんだったら認められてここにいるんだって胸張れるくらい練習しよ」

自主練ならいくらでも付き合うよ、と上目遣いで瞳を覗き込まれた。
そっちこそ無自覚かもしれないけどそういうことされると意識しないように努力していることが無に帰りそうになる。

「……自信ないとかじゃないけど」
「そっか」
「自主練は付き合ってほしい」
「うん、もちろん」

新しく渡されたユニフォームを握りしめながらそんな会話をした。

学年が上がって新入部員が入ってきた時に、「飛雄」と一人を下の名前で呼んでいたことに驚いた。
しかもそれが北川第一中という強豪校でコート上の王様なんて異名をつけられている天才セッターと噂の選手だったから尚更だ。
ぐらぐらと自分の足元が揺れているような感じ。
影山飛雄はすごい奴だった。
天才と言われるのも頷ける、俺にないものを持っていてそのうえ人一倍努力をしていて、それを当たり前と思っているような奴。
握りしめた手のひらの中で、やすりで削っているはずの爪が食い込んで痛かった時、その手を包んでくれたのもなまえだった。

日ごと大きくなる想いに気付かないフリをするのはかなり前から諦めていた。
だって好きなんだ。
毎日のように顔を合わせているのに毎日会いたいと思ってしまう。
なまえの特別になるにはどうしたいいのか、三年生になった今でもわからなかったけれど。


「なまえ!」

他校との練習試合で、知らない声で呼ばれる名前と知らない表情で声の主を見上げるなまえを見てしまった。
等しく平らかだったなまえの態度が、その時少しだけ違うとなんとなくだけど思った。
中学三年間を共に過ごした部活仲間だという及川徹がなまえを見る目も纏う空気も特別な気がして二人が並んで歩く背中から目をそらす。
握り込んだ手を緩めてくれる人は、今はいない。



「及川はみょうじのこと好きだって言ってたよな」
「あれやっぱそういう意味だよな」
「多分。みょうじの反応的にも」
「だよなぁ」

あんな男に好意を寄せられて揺るがない女子がいるんだろうか。
今日の試合会場でもアイドルかよってくらい声援があがっていて本人もそれを甘んじて受けているように見えた。
俺の知る限り、なまえは高校に入ってから彼氏はいないはずだけれど、青葉城西との試合が終わった今ならその好意を受け入れる可能性だってある。

「お似合いだって思うけどな、スガとみょうじ」
「……慰められてる?」
「俺何回か聞かれたことあるし。菅原とみょうじは付き合ってんのかって」
「えっマジで?」
「マジで」
「えー…ってかそんなん聞いて来るってことはその聞いてきた奴もなまえのこと好きじゃん……」
「そこまで聞かなかったけど。まぁ興味本位っぽかったぞ」
「大地の恋愛に関する情報はアテになんない」
「なんでだよ!そっちが相談してきたんだろ!」

だって道宮のわかりやすすぎる態度に全く気付いてないだろ、とはさすがに言わなかったけれど不服そうにしている大地に「ありがとな」と言ったタイミングでなまえが会場から出てきた。

「お待たせしました……!すみません、武田先生、烏養さん」
「用事は済んだのか?」
「はい。みんな寝ちゃってますね」
「さすがに強豪との二連戦は疲れたみたいですね。みょうじさんも座ってください」

はい、と空いている席を探すなまえと目が合う。

「スガ、さっきごめんね」
「いや、全然」

全然ってなんだ、内心めちゃくちゃ気になってる。
表情を見ただけでは及川との会話の内容なんてわかるわけもないし今なまえが何を考えているのかだってわからない。
なまえはいつだって俺の考えていることがわかっているみたいに声をかけてくれるのに。



(2021.03.06.)



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