28.

「摂津さんって子供みたいなところありますよね」
「はぁ?」

ぼろぼろとこぼれる涙が止まるまでしばらくそのままでいた。
ぐす、と鼻をすすったなまえの瞳がこっちを向いたかと思うと一拍置いてかわいげのかけらもないことを言われる。
さっきまでのしおらしさはどうした。

「至さんに言われて確かになぁと思ったんですけど、さっきも好きって言ってくれたのになんか怒ってるし」
「怒ってねぇよ。てかお前が鈍いからだろ」
「鈍くないです」
「じゃーわかった?」
「…もうわかりました」
「ん。てかさっきまでぴーぴー泣いてた奴に言われたくねぇ」
「ぴーぴー…」
「泣き止んだか」

顔を覗き込むと下瞼がほんのり赤い。
てか告白した直後に至さんの名前を出されてまたイラっとするとか、こういうところがガキなのかもしれない。
俺が顔を寄せたらなまえはきゅっと唇を引き結んだ。

「…大体なんでわたしが紬さんのこと好きって勘違いするんですか」
「うるせぇな、紛らわしいんだよ」
「紛らわしいことした覚えが全くないです」

冬組公演を観たあとの反応とかバレンタインとか、言いたいことはあったけれど飲み込んだ。
チッと舌打ちをしたら「好きな子にも舌打ちするんだ…」と言われるけれどこれは多分照れ隠しみたいなものが含まれている。

「太一たちに先帰っとけってLIMEしとくわ」
「戻らないんですか?」
「お前目赤いし、泣きましたっつー顔で戻りたいならいいけど」
「…いちいち言い方がいじわる」

顔を見れず、目を合わさず、話もろくにしなかった数週間が嘘のようだった。
ぽんぽんと交わされる言葉にホッとするとからしくねぇ。
左手でなまえの手を握り込んだまま、空いている右手で携帯を操作して太一に連絡をすると「わかったッス!」という返事がすぐに来た。
「なまえチャンの荷物どうする?寮に持って行っちゃって良いッスか?」という質問が来て、トーク画面をなまえに見せると「大丈夫です」と頷いた。

「十ちゃん心配してるかな」
「あー…まぁ大丈夫だろ」
「適当ですね」
「だってまだ二人でいてぇし」
「……」
「急に黙んな」
「摂津さんこそ急に態度変わるのやめてください、ずるい」
「はぁ?」

間をあけて座っていたベンチで肩を寄せる。
四月も半ばとはいえ夜が近付いて来ると寒い。

「…そーいえば」
「はい」
「もう兵頭にアウターとかTシャツ借りるのやめろよ、椋のも」
「……なんでですか?」
「お前わかってて聞いてるだろ」

ふふ、と笑った顔が俺に対して見せたことないような顔でその頬に手を伸ばしたくなる。

「わからないです」
「他の男のもん着てるのむかつくからやめろ」

ぜってーわかってるくせに言わされて腹が立つような愛おしいようなよくわからない感情がわく。
なまえは目をきゅっと細めて俺を見上げて油断してるみたいな表情をしているからグッと近寄ると驚いたように身体を離された。

「いやなんでだよ」
「だって恥ずかしいし、わたしは摂津さんと違って慣れてないので」
「俺だって別に慣れてるわけじゃねーよ…」

普通に傷付くわ、と言ったら口元を緩めるから心臓がくすぐってぇ。

「十ちゃんのも椋のも借りないです」
「…おー」
「いづみさんの借りようかな」
「はぁ?」
「だって前に監督ちゃんの借りろみたいに言ってましたよね」
「……前はな。今度から俺のでいいだろ」

これは独占欲なのだろうか。
監督ちゃんは女だしなまえも慕っているから二人が親しくするのはなんの問題もないはずだけれど何かあったら一番に自分を頼ってほしいと思う。

「けど摂津さんがいなかったらどうしよう」
「クローゼットから適当に持ってきゃいいだろ」
「めちゃくちゃ高い服着てても怒りませんか?」
「汚さなければ」

きゅっと繋いでいる手に力をこめる。
手ぇちいせえな。
別に服が少しくらい汚されたっていい、他の男の服を着られるよりマシだ。
まさかこいつにこんな感情を抱くようになるなんて自分が一番驚いているかもしれない。
そんなことを思っていたら「前にTシャツ汚しちゃったとき怒らなかったじゃないですか」と言われた。



「そろそろ戻りましょうか」

既に一度引き留めていたからそれ以上言うこともできず重い腰をあげた。
花見客のほとんどは親子連れから大人だけの団体に変わっていて、あんまり遅くなると寮にいる奴らも変に勘繰りそうだ。
公園から寮までの道をできるだけゆっくり歩いた。
歩幅の狭いなまえがどう思っているのかはわかんねぇけど俺はわりとせっかちだしこんな風に誰かと手を繋いでそいつの歩幅に合わせて歩くことなんて今までしたことがない。
手と手が触れているだけなのに腕から全身まで熱が回るような感覚になったことだって、今までなかった。
ガラじゃねぇなぁなんてこっちは浸っていたというのに、寮に戻るまで繋いだままだった手は玄関に入る前にパッと離されてしまった。

「…なぁ、帰り急いでる?」

談話室に向かおうとするなまえを引き留める。

「いえ、特には」
「じゃーちょっと来て」

花見を終えた後の片付けは終わったのか、談話室からは賑やかな話し声が聞こえてきていた。
寮にいる奴らで二次会的なことをしているんだろうか。
時間は大丈夫だというなまえと手を繋ぎ直すと少しぎょっとしたような反応をされた。
どーせ寮の中ではやめろとか思っているんだろうけど何か言われる前にさっさと歩き出して自分の部屋に向かう。
自室だから普段ならノックなんてしないのに、一応コンコンと二回扉を雑に叩いて部屋の中からなんの返事もないことを確認した。

「十ちゃんいないですか?談話室かな」
「いーんだよいなくて」

え?と不思議そうにしているなまえの手を引いて部屋の電気をつける。
…つけなくてもよかったかもしれない。

「どうかしたんですか?」

扉を閉めてなまえのほうに向き直るとまっすぐ見上げられる。
ジッと見つめ返すとじわじわ顔が赤くなっていって目をそらすまいとしているのがわかっておもしろいけれど俺も正直けっこう緊張している。
繋いでいなかったほうの手も取って「なまえ」と呼ぶと今度は「え、」と戸惑ったような表情で瞳に涙が滲んで来て少し焦る。

「なんで泣きそうになんだよ」
「だって、名前。初めて呼ばれました」
「…そーだっけ」
「そうです。いっつもお前とか、おい、とか。そんなでした」

どう考えても順番が違う。
好きだと言う前にキスをして、名前を呼ぶ前に告白をしたらしい。
悪いと謝ると首を横に振ってくれる。
噛みしめるように「なまえ」と呼ぶとじわじわと頬が染まってきゅっと唇が引き結ばれた。

「あのさ、この前の。やり直しさせてくんね?」
「やり直し……?」
「ん」
「この前のって、」
「キス、やり直しさせて」

両手を引いて華奢な身体を腕の中に閉じ込めた。
自分の心臓がうるさいくらいに早く鳴っていて強く抱きしめたいけれど小さな手が俺の脇腹と背中をいったりきたりしているのがわかって、手のやり場に困っているらしいなまえがかわいく思えて少し待ってしまう。

「……」
「…あの、」
「うん」
「ど、どうぞ…」

そう言ったなまえがきゅっと俺のパーカーを摘まんだ。
そっと身体を離すと俯いていて表情がわからない。

「なまえ、こっち向いて」

できるだけ優しく言って上を向いたなまえの頬を右手で包む。
心臓がうるさい。
親指で何度か頬を撫でるとくすぐったそうに涙をためた目を細めて唇をほころばせる。
かがむようにして顔を近付けて首を傾けた。
唇と唇を合わせるとなまえが俺の服を掴む力が強くなって、身体中の神経がいつもより研ぎ澄まされているのではないかと思う。
がっつきそうになるところを堪えて、触れ合わせただけで離れる。
なまえの表情を見ると初めてキスをした時の驚きと困惑が混ざったような表情とは違うもので、ホッとするというよりも心臓が握られたのではないかと思うくらい苦しい。

「…摂津さん、」
「万里」
「え?」
「俺だけ名字なの気に食わねぇって言っただろ」
「…万里さん?」
「さんいらねぇよ」
「……万里、くん」
「まぁいいけど」
「この前、叩いてごめんなさい」
「いや…俺が悪かったから」
「じゃあ、おあいこですね」

おあいこって。
なまえのは正当防衛みたいなもんだろと思うけれど許してくれたということだと思うからこれ以上言うのもしつこいかとやめた。

「他の奴らに言わねーとな」
「何をですか?」
「何って。付き合うことになったって」
「……」
「なんだよ」
「付き合うんですね、わたしたち」

何をすっとぼけたこと言ってんだと思うけれど、好きだとは伝えたけれど付き合ってくれとは言っていなかった。
嫌なのだろうかと一瞬思ったけれどどうやら実感がないらしい。
他人事みたいに「付き合うんですね」と言われて眉間に力が入りそうだったけれどさすがにまずいと平静を装った。

「俺はそのつもりだったけど」
「…はい、よろしくお願いします」
「おう。よろしくな」

頷いたなまえが目尻を下げて笑って、その顔を見たら嫌なのかなんて考えは吹っ飛んだ。
好意を向けられるのには慣れているつもりだったけれど、好きな女から向けられるものなら言葉も体温も全部丸ごと抱きしめたくなるらしい。
もう一度ぎゅうと腕に力を籠めると今度はなまえの手が背中に回って弱く抱きしめ返された。

「あの…だけど、みんなにはまだ言わなくてもいいですか?」
「は?」
「十ちゃんとか、絶対ビックリするので…タイミング見てわたしから話そうかなと」
「……お前がそうしたいなら」

本当はめちゃくちゃ不本意だけどなまえがそうしたいと言うなら無理に自分の考えを通すつもりもない。
なまえが俺を好きだと言うなら劇団内で牽制しなくちゃいけない相手もいねぇだろうし、多分。
二人だけの秘密にしましょう、と言ったなまえがかわいかったからっつーのも、まぁないとは言えなかった。



(2021.02.27)



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