11.伝えられやしないや

映画の撮影で地方に泊まり込むこと三週間。
今回の作品はほとんどのシーンを地方ロケで撮ることになっていたから滞在はもう少し長い。
もちろん東京での仕事があるときは新幹線で戻ることになっているから、日によってはタイトなスケジュールなこともあった。
環境は整っているとはいえ、ホテルに三週間も泊まることってそうそうないから正直家のベッドが恋しいなんて思う。
俺はベッドだけれど、ハルだったら浴槽問題が深刻だろうなぁとホテルの広いとはいえない湯船につかりながら一人で笑ってしまった。
大浴場があるホテルならいいかもしれないけれど、職業柄気軽に遣うこともできないだろうし。
部屋に露天風呂でもある旅館…って撮影の長期滞在でそんな豪華な宿を用意してもらえることなんてまずないか。

東京にちょこちょこ帰っているけれど、仕事のためだからまろんにも行けずにいた。
撮影に入る前は、今回の役作りのためになまえちゃんにコーヒーの淹れ方を教わりに通っていてかなりの頻度で顔を合わせていたから急に会わなくなってなんだか変な感じだ。

(なまえちゃん、元気かなぁ……)

撮影に入る前に練習は今日で最後であることも、しばらくロケで地方に泊まり込みだということも伝えてあった。
…伝えなくたって、俺が三週間行かないくらいでなまえちゃんが寂しく思うことなんてないだろうけれど、俺はちょっと寂しい。
寂しいっていうのはなまえちゃんだけに抱いている感情ではない、多分。
まろんのコーヒーが飲みたいしカレーが食べたい。
STYLE FIVEのメンバーには仕事で会えているけれど旭たちには会えていない。
月紫くんだって、赤ちゃんはすぐに大きくなるからなぁ。
会いたいと思う対象は、なまえちゃんだけでではないんだと半ば言い聞かせるように思う。



「えっこのコーヒー本当に橘さんがいれてるんですか?」
「うん。撮影入る前に練習して…」
「へぇ〜!すごいですね、おいしいです!」

今回、映像作品での共演は初めてだけれど歌番組で何度か一緒になったことのある北野さんがすごく褒めてくれて照れてしまう。
本業がアイドルで、女優もやっている北野さんとは年齢が近いことと、一緒の撮影シーンが多いこともあって話す機会が多い。
俺よりも年下だけどしっかりしていて、それでいて「橘さん、うちの兄と同い年だからお兄ちゃんみたい」なんて懐いてくれて、地元にいる妹の蘭のことを思い出してしまう。

「ラテアートも簡単なのならできるよ。あんまり上手じゃないけど」
「え?!見たいです!」

だから、つい蘭と接するようなつもりで撮影の時や空き時間にも他の出演者さんより親しくしていたかもしれない。
スタッフさんにも「仲良しだね」なんて微笑まし気に言われたし、取材に来ていた顔見知りのライターさんにも「二人って前から面識あったんだっけ?」と聞かれた。
公式のSNSにアップするからと撮影された写真は北野さんとの写真が多くて、多分そういう少しずつの小さな積み重ねが、人には大きなイメージを与えることになる。
それが正しいのか間違っているのかなんて大抵の人には関係がなくて、ありもしないことを事実かのように噂されることがあるのだと、身をもって知ることになるなんて思っていなかった。



「真琴くん、ちょっといい?」

無事に地方での撮影を終えて、あとは都内のスタジオでの撮影に切り替わった頃にマネージャーの西村さんに呼ばれた。
西村さんはいつものように穏やかな表情を浮かべているけれど、呼ばれて向かった事務所の会議室には西村さんの上司であるチーフマネージャーが待っていて何事かと思う。

「あぁ、真琴くん。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「突然悪いね、ちょっと話が合って」

そう言うと、机に置かれていた茶色い封筒から何枚か書類と写真を取り出す。
嫌な予感がした。
何も悪いことなんてしていないし、やましいこともしていない。
だけどこの状況、マネージャーさんたちの表情と重たい空気に背筋に嫌な汗が伝う。

「何もないってことはわかっているんだけど。こういう写真を並べると、どう見えるかわかる?」

机に並べられたのは、俺が北野さんと話している写真。
それも一日だけのワンカットではなくて複数日だということが服装や天候からわかる。
連日一緒に撮影をしていたのだから当然といえば当然だし、外での撮影も多かったからこういう写真を撮るチャンスは、週刊誌の記者さんでも一般の通りかかった人でもあったのだろう。
親し気に見える…というか実際に仲は良い方だった。
あくまでも共演者という枠組みの中でのつもりだったけれど、俺の「つもり」なんて言い訳でしかない。

「あとこれは本当に偶然というか運が悪いとしか言えないんだが…」

そう言って裏返しにされていた二枚の写真を表に返すと、同じマンションのロビーから俺と北野さんがそれぞれ別のタイミングで出てきたことがわかる写真だった。

「え、これって…」
「北野さんの知り合いがここに住んでいるらしい。本宅ではないそうだが」
「……」
「だけどこれだけを見せられたら、事情を知らない人は真琴くんと北野さんの関係を疑う」

返事が、できなかった。

「北野さんの事務所にも同じように写真が届いたそうなんだが、黙秘を貫いてほしいと言われてしまってね」
「え?!どうしてですが……?」
「その北野さんの知り合いというのがまた相手が悪くて」

チーフマネージャーから出てきた名前は、今回俺たちが共演した映画で主演を務めている、北野さんよりも二十歳年上のベテラン俳優さんだった。
たしか妻子持ちだったはずなのに、どうして。

「それって…」
「不倫、だろうな。詳しくは教えてもらえなかったが」

とんとん、とマネージャーさんの指が机を叩く。
この話が俺のところに下りて来るまで、俺と北野さんの事務所同士で話し合いが行われていたなんて全く気が付かなかった。
現役アイドルのスキャンダル、しかも相手は妻子持ちの俳優で男性側は未成年と関係を持ったことになる。
もしも本当のことが世間にバレたら双方かなりのイメージダウンになるだろうし、映画への影響も少なくはないだろう。

「否定も、しちゃいけないんですか」
「……良いお友達です、くらいにしてくれと頼まれてしまってなぁ」

はぁ…と深い溜息を吐いて眉間をほぐすように言われてしまって、俺もこれ以上なんて言えばいいのかわからなくなってしまった。
一枚一枚の写真には力がなくても、集まればひとつの事柄を捏造してしまえる。
写真は明後日発売の週刊誌に載るらしい。
俺はやましいことなんてないのに否定することもできないなんて、ファンのみんなはどう思うだろうか。
相手側の事情はわかる、映画の製作サイドからしたら俺と北野さんのスキャンダルにしたほうが話題になっていいのかもしれない。
だけど。
ファンの人を裏切ったと思われたくない。
「良いお友達」なんて、事実ではないことを認めたように思われてしまう。
メンバーにも迷惑をかけるだろうし、なまえちゃんだって。
自分の不注意だったと悔いることしかできないけれど、なまえちゃんにも「違うんだ」と伝えられないのか。
俺が苦しいだけならいくらでも耐えるけれど、応援してくれている人を傷付けてしまうことだけはしたくなかった。

放心状態のまま西村さんに自宅のマンションまで送ってもらった。
近々ここは引っ越すことになったから、荷造りをしないといけないなとあんまり回らない頭で思う。
靴を脱いだ玄関に、ロケ先でなまえちゃんに買ったおみやげの袋を置いていた。
明日まろんに行って渡そう。
週刊誌が発売された後は、しばらく自由に外出もできないだろうから。



(2021.2.07.)



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -