20.最終予選二日目

春高最終予選の第一試合、条善寺高校に勝利して二日目の一回戦は和久谷南高校が相手だった。
この試合に勝てば次は今日のうちに準決勝だ。
一日に強豪校との二連戦なんてハードだけれど条件はどこも同じ。
手を抜いて勝てるような相手ではないから、目の前の一戦一戦に集中して臨むしかない。

「うわぁ、応援席すごいですね」
「本当だね。最終予選ともなるとどこも気合入ってるなぁ」

今日のベンチマネは潔子で、わたしと仁花ちゃんは応援席にいた。
相手が強豪になるとそれだけ応援席も人が増えて、ベンチに入れなかった選手やOB、保護者、それから学校をあげて応援に来るところもある。
烏野の応援席は人がまばらだけれど、向かい側には和久南の中島さんの家族だという団体が横断幕を掲げていてそっくりな弟さんがかわいい。
中島さんは身長が高いほうではないもののテクニックを活かして高いブロックを利用するプレーが上手い。
ブロックアウトを狙われると正直うちとしてはやりにくいけれど、小さな巨人に憧れる日向くんが中島さんを見てギラギラと闘志を燃やしている姿は頼もしいなと思う。

烏野の目立った武器は、日向くんと飛雄の変人速攻と呼ばれるトスとスパイクだろう。
初めて見る人たちはみんな一様に目を丸くして「何あれ!」と驚いて応援席もざわつく。
西谷のスーパーレシーブや東峰の気迫あるスパイク、田中の常に周りを鼓舞するプレーも、守備レベルを確実に引きあげた月島くんのブロックも、全部が合わさって烏野の強さ。
それと、今も浮足立つ一年生のフォローに入った澤村。
普段はちゃんと高校生らしく友達とふざけて先生に怒られるなんて場面もあるのに、バレー部キャプテンの顔をしている澤村は本当に心強い。
よく烏養さんも「敵わねぇな」とこぼしているくらいだ。

今は控えているスガたちだって全員で戦っていて、層が薄いと言われることもあるけれどそれもひっくるめて烏野だ。
一人だって欠けることが考えられないチーム。
応援席の手すりを掴む手に力が入るのも仕方ない、だってこのチームで行くんだ、春高に。



コートの右奥に落ちそうになったボールを田中が飛び込みながら上げた。
それを西谷が拾って、繋がったプレーに会場が沸いた一瞬後。
聞いたことがないような、重たいものが地面に落ちたみたいな鈍い音がした。

え、と脳が理解するよりも早く、コートにいるみんなが倒れている澤村の名前を呼んだ。
全身の血の気が引くような感覚がする。
何が起きたのかすぐにはわからなかったけれど、武田先生や烏養さんもコートに入って澤村の意識がしっかりしているのか確認を取っているようだった。
ざわつく応援席のあちこちから「ぶつかったの?」「坊主の子とあの短髪の子が」「頭打ったんじゃない?」と聞こえてくる。

「ひ、仁花ちゃん、」
「っはい…!」
「澤村、医務室に行くことになると思う。わたし一緒に行って来るから、ここ、一人で大丈夫?」
「はい!」

一人、と言っても今日は烏野商店街のみなさんが一緒だ。
嶋田さんたちにも視線をやると、ぐっとひとつ頷いてくれてそれに少しだけ安心する。
もう一度コートを見ると澤村が支えられながら立ち上がるところで、急いで応援席の階段を駆け上がる。
階段を上って、二階の廊下に出て、そこから一階に下りて。
何度も来たことのある会場だし難しい道順ではないのにどうしたらいいのか途端にわからなくなりそうだった。
足が地面についていないような気がして、急ごうと思うのに震えてうまく力が入らない。
階段を上り切ったところで方向転換をしようとしたら人にぶつかりそうになって横から腕を掴まれてぐいっと引かれた。

「なまえ!」
「っ、お、及川……」
「気持ちはわかるけどそんなんじゃなまえまで怪我するよ」

聞き慣れた声に名前を呼ばれたと思ったら応援席で次の試合に備えていた及川で、わたしの腕を掴んでいるのも及川の手だ。
我に返ってぶつかりそうになってしまった人にはちゃんと「すみません」と謝る。
わたしまで怪我をして、観客に怪我をさせた……なんてことになったらシャレにならないところだった。

「ごめん、ありがとう」
「うん。医務室行くんでしょ?澤村くん、足取りはしっかりしてたからなまえも慌てないで。危ないよ」
「うん……」

ぽんっと掴まれていた二の腕を軽く叩かれる。

「ほら深呼吸して」

吸って、吐いて、それだけで肩に入っていた力が抜けるみたいだった

「……ありがとう」
「いーえ。落ち着いたなら行きな」

目を細めて笑う及川の顔を見たらなぜか泣きたくなった。
それがバレてしまう前に踵を返して、今度は一歩ずつ確かめるようにして足を動かす。
気が急いてしまうのは変わらないけれどさっきよりもずっと息がしやすかった。



「澤村!」
「みょうじ、」
「大丈夫?じゃないよね……医務室の先生には話してあるから行けばすぐ診てもらえるよ」
「あぁ、ありがとう」

一人で医務室に駆け込んだらまだ誰もいなくて、待機していた先生と看護師さんを驚かせてしまった。
「今から選手同士でぶつかった一人が来る、意識はしっかりしていそうだった」とだけ伝えてから医務室を飛び出して、体育館の入り口に向かう途中で澤村に合流できた。
澤村には烏養さんが付き添っていて、状況説明と診断が終わるまでは一緒にいてくれた。
問題はないだろうけれど安静に、という先生の言葉に安堵すればいいのかわからないけれど、膝の上で手を握りしめている澤村に「寝てろ」と言った烏養さんは体育館に戻って行った。

「澤村、飲み物足りてる?」
「あぁ、新しいボトルもらったから大丈夫だ」
「そっか。じゃあ水分もとって、ちゃんと寝て。わたしここにいるから何かあったら言ってね」
「わかった。ありがとな」

澤村がベッドに横になったのを確認して、医務室内のソファに座らせてもらった。
ふぅ……と息をはいて両手で顔を覆う。
ただここにいることしかできないなんて情けなくて、引っ込んでいた涙がまた込み上げそうだった。

「マネージャーさん?」
「え、はい……」
「ビックリしたわよね、チームメイト同士がぶつかったなんて」
「……はい」
「さっき先生も言っていたけれど、大丈夫だから。そんな顔しないで」

澤村の顔や足の擦り傷の処置をしてくれた看護師さんが柔らかく笑ってそう声をかけてくれる。
大丈夫、というのは澤村の怪我の程度のことで命に別状があるような怪我ではなくて安心したけれど、今試合はどうなっているんだろう。

代わりに入るのは多分縁下くん。
誰だって試合に出るのは緊張するだろうにこんな場面で。
田中も、いつも通り動けているだろうか。

ぎゅっと自分の手を握りしめる。
カーテンで仕切られたベッドの向こうからは寝息なんて聞こえてこなくて、横になっている澤村も眠りにはつけていないみたいだった。
さっき及川に言われたことを思い出して大きく息を吸って吐く。
大丈夫、うちのみんなは強い。



試合の最後は、澤村と一緒に体育館の入り口から見ていた。

「……心配なかったな」
「ん、そうだね」

肩からかけていたジャージを羽織り直した澤村がほっとしたようにこぼした言葉に短く返す。

「みょうじもビックリしたよな、ごめんな」
「澤村が謝ることじゃないでしょ。大事にならなくてよかった、顔すごい痛そうだけど」

体育館の中では試合が終わって和久南の選手が俯いて涙をこらえている様子が見えた。
誰だって勝ちたくて、次に進みたくてここにいる。
わたしたちが勝つということは誰かが負けること、至極当然のことをまた突き付けられる。
それと、全員が万全な状態で戦い抜けることは当たり前ではないということも。

「……本当に大丈夫?」
「大丈夫だって、痛み止めももらったし」

出入り口に立っていたら邪魔になるから、選手陣が引き上げてくるまで横にズレていようと澤村と近くのベンチに行こうとしていたら後ろからガラガラとボールの入ったカゴを動かしている音がした。
次の試合の学校が体育館でのアップのために移動してきたのだ。
白地にミントグリーンが爽やかなジャージを羽織った集団。

「みょうじ先輩、こんにちは」
「国見ちゃん、お疲れ様。試合頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。烏野勝ちましたよ」
「うん。観てたよ」

きょろ、と目線が泳いでしまった自覚はあったけれど、それにすぐ気付かれてしまったのは相手が国見ちゃんだったからだろうか。
意外と周りをよく見ている子だなと思う。

「及川さんなら、もう少し後で来ると思います」
「そっか」

さっきちゃんとお礼を言えたのかも覚えていないくらい気が動転していたから、もう一度ちゃんとありがとうと伝えたかったんだけどな。
伊達工業と青城の試合後だと話せないだろうから今の時間しかなかったけれど仕方ない。

続々と体育館に入って行く他の選手たちにも軽く挨拶や会釈をしている間に入れ替わるようにして烏野みんなが出て来て、澤村の姿を見てホッとしたように空気があたたまった。



(2021.01.11.)



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