10

…なんでこんなことに。



「おら、足出せ」
「いいって。自分で出来るよ」
「……」
「ちょ、痛い!痛いから!掴まないで!」
「はいはい、大人しく手当されてろ」


岩鳶高校の保健室に、なぜか宗介といます。






高校最後の岩鳶祭。
今年も体育祭では借り人競争に参加した。
一年生のときは真琴と走ったなぁ、なんて懐かしむ余裕すらある中、スタートの合図と同時に走り出す。


歓声のなかで掴んだ紙を手早く開くと、今年のお題は一昨年よりもずっと楽にクリアできそうなものだった。

「幼馴染?」

同じ組のお題は全て同じ、というのが岩鳶体育祭の伝統らしく、幼馴染と呼べる人なんていない、と狼狽えている子もいる。

そんな友人たちを尻目にわたしが思い浮かべたのはただ一人。
二年生の応援席まで走って行き、綺麗な赤茶色の髪の毛を探す。

「江ちゃん!」
「なまえちゃん?!頑張ってー!」
「そうじゃなくて、江ちゃん一緒に来てー!お題が幼馴染、なの!」

早く早く、と呼べば驚いたように後ろを振り向く。

後ろ?なんで?



「わたしよりお兄ちゃんか宗介くんのほうが足速いから!」

なんでここに来るまで気がつかなかったんだろう…わたしの目は節穴か?
江ちゃんのすぐ後ろには、凛と宗介が立っていた。


「なんでいるの?!」
「なまえちゃん、話はあとだよ!早く!」
「でも二人とも岩鳶の生徒じゃないよ!?」
「うちの生徒じゃなきゃいけないなんてルールないよー!」

たしかにそんなルールない。
でも、

「あーもうめんどくせぇからお前行けよ」

そう言ったのは心底面倒って顔をした凛で、宗介の背中を押しながらわたしに言う。

「とりあえずゴールすりゃ誰も文句言わねぇって」



宗介がグラウンドに出てきてしまったらもうなんかうだうだ断るのも違う気がしてそのまま一緒に走り出す、と、実況の人が余計なことを言い出した。


『先頭は三年一組のみょうじさん!謎のイケメンとゴールを目指しますが、二人とも手を繋いでゴールってルール忘れないでくださいねー!』

あ、なんかすごいデジャブ。


宗介がこっち見てるのがわかる。
どうしよう。

そんなふうに思ったのも本当一瞬で、気が付いたら宗介に手を引かれて全速力で走っていた。
わたしの躊躇なんて全く無視だ。
ぐいぐい引っ張られる右手は痛いくらいで、足は縺れそうになるし恥ずかしくて前が見れない。


下を見ながら走っていたのが悪かったのか宗介の速さに付いて行けなかったからか、(多分どっちもだ)ゴールしてすぐに膝から力が抜けてしまってそのまま転んだ。


痛い。


膝から転んだせいで血が滲む。
こんなことならハーフパンツじゃなくて長いジャージ履けばよかった。
結局三着っていう微妙な順位だったし、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

「おい、大丈夫か?」

そのまま立てずにいたら、右手をぐいっと引き上げられて、「誰のせいだと思ってんの?!」と勢いよく宗介を睨みつけようとしたら、宗介が思ってたより心配そうな表情をしていてその後の文句が続かなかった。

「…大丈夫。痛いけど」
「悪い。立てるか?」
「んー、ってちょっと、わぁ?!」

のろのろと立ち上がろうとしたら、急に体が浮いた。
視界がいつもよりも高い。

「何すんの?!おろ、おろして!」
「暴れると落ちるぞ」
「おろしてください…!」

お姫様抱っこなんてかわいいものではなくて、(いやお姫様抱っこも嫌だけど)荷物でも持つみたいに肩に担がれた、けれどすぐにおろされる。
担ぐときは突然だったのに、おろす動作は丁寧ですごくゆっくり。
一瞬宗介の顔が曇った気がしたけれど、気のせいだろうか。

「歩けるか?」
「ん、一人で歩ける」

順位の旗を持っていた体育委員に「ごめん、保健室行くね」と断りを入れて歩き出す。


本当は右の足首がじんじん熱を持ったみたいに痛い。
擦りむいた膝も痛い。


だけどいまは早くこの場から逃げたい気持ちが強くて宗介が支えてくれようとした手を「大丈夫だから」って制した。
たぶん膝を擦りむいた、くらいにしか思われてないし、保健室行ってくるね、と言えば凛たちのところに戻るだろうと思ったのに。
ひょこひょこ歩いていたら後ろから付いてくるから落ち着かない。

「…付いてこなくて大丈夫なのに」
「一人じゃ手当て出来ないだろ」

「ちょっと擦りむいただけだし、これでも保健委員だったんだよ。絶対宗介がやるよりマシだよ」
「おい、運動部なめんなよ」

水泳って擦りむいたり足捻ったりなんてしないでしょ…って言葉は呑み込む。
たぶん宗介にはなにを言っても無駄だ。
なんでわたしの周りにはこう心配性な男子が多いんだろう。

ノックをして保健室の扉を開くと誰もいなかった。
時計を見たらちょうどお昼の時間で、先生も委員の生徒もご飯を食べに行ってしまったのかもしれない。

溜息を我慢して消毒液やら湿布やらを出そうと思ったら、グイッと肩を押さえて丸椅子に座らせられた。

「座っとけ」
「でも、」
「救急箱どこだ?」

有無を言わさない言い方に苦笑するしかない。
他校の保健室だから当たり前だけど、どこになにがあるのか知らない宗介に座ったまま指示を出す。

コットンに消毒液を染み込ませてポンポン、と傷口に充てられる。
染みるんだけど、痛いんだけど、思ってたよりずっと宗介の手付きが優しくてなにも言えなかった。

わたしも宗介もなにも言わない。
沈黙が苦しいのに心地よくて、変な感じ。


大きな絆創膏を貼って終わり、かと思ったら宗介のゴツい手が足首に移る。

「おー腫れてんなぁ」

熱をもった部分に触れられて、瞬間的に足を引っ込めるようにして宗介から逃げた。

「おら、足出せ」
「いい!見た目ほど痛くないよ」
「……」
「ちょ、痛い!痛いから!掴まないで!」
「はいはい、大人しく手当されてろ」

だって、足首触られるって相当恥ずかしい。
膝まじまじ見られるのも嫌だったけど、熱をもった肌に触られるのはなんかすごく変な感じ。

普段滅多に見ることのない宗介のつむじを眺める。
心の中で悶々としていたら手際よく包帯を巻かれて固定されてあっという間に手当てが終わっていた。

「終わったぞ。今日はもう見学だな」
「え、はや…だよねぇ、最後の体育祭なのになぁー」
「大して戦力になんねぇんだから応援頑張れば」

優しくない言い方、だけどさっきまで触れられていた手がどうしようもなく優しかった。

跪いて手当してくれていた宗介が立ち上がって、慌てて立ち上がろうとしたらうまく足に力が入らなくてよろけそうになる。

「…危なっかしいとこ、変わってねーな」

支えるように腕を掴まれて、ごめんって顔をあげようとしたけどできなかった。
気付いたら宗介に寄りかかるような体勢になっていたから。

「、ごめん」
「…いや、悪い」
「手当ありがとね、わたしみんなのとこ戻るけど宗介は?」
「俺は凛と合流して帰るよ」
「え、帰っちゃうの?」
「おー部活あるからな」

帰るという宗介を校門まで送るよ、と言ったら怪我人だし昼飯食う時間なくなるぞって、なんだか優しいことを言われたから保健室の前でバイバイした。
逆に宗介に見送られて、足をひょこひょこ引きずりながら階段を上るうちに顔に熱が集まってきた。

さっきの、保健室でのやり取り。
手当してもらって、それだけでも罪悪感っていうか羞恥心があったのに。

抱き締められた?

よろけたところを抱き留めてくれただけかな?
腕を引かれたような気がしたのは気のせい?

なにもなかったみたいな顔をして、いつもみたいに接したつもりだけど、それが正解だったのかもわからない。

顔が熱い。
宗介に掴まれた腕が、挫いた足が、全部熱い。



「あ、なまえ。借り人競争惜しかったね」

教室に戻ったら真琴がいて、ハルがお弁当を食べていて思わず回れ右したくなった。
いつも水泳部のみんなと屋上で食べているからビックリしてしまった。

お疲れ様、といつもみたいに人の良い笑顔で話しかけられて、また罪悪感がぶり返す。

さっきまで宗介といたんだ。
ごめんね。

ごめん、なんて。
謝るほうがなんだか悪いことをしていたみたいで、違う気がするんだけど。

宗介と手を繋いで走っていたことに対して何も言わない真琴が何を思っているのかわからないけれど、たぶんわたしが真琴の立場だったらすごく嫌だ。
きっと足を引きずって保健室に行くところも見てたよね。
心配性の真琴が追いかけてこなかったのは、今更だけど気を遣われたのかもしれない。


悪いことなんてしていない。
疚しいことだってしていない、と思う。


だけど胸の隅っこが痛くて、声にならないごめんね、を笑顔の奥に押し込めた。


(2014.11.30.)


原作沿いのつもりで書いていないので凛と宗介が岩鳶祭に来ました。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -